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ヤシロソラになった日

「本当に行ってしまわれるのですか」

「はい、長くここにお世話になるわけにもいきませんので」


 姫様から一通り話を聞き終わった俺は、休む間もなく支度をしていた。

 姫様にどこかに行くつもりなのですかと言われた時には、さすがに驚いた。だが、せっかく自由になったのだから色々な所に行ってみたかった。


「何かありましたら、何時でもいらしてください」

「ありがとうございます。 私もできることがあれば協力いたします」


 さんざん俺のことを痛めつけた護衛の人たちも、全員で謝りに来た。正しい対処方法だったと思うので、あまり気にしていなかったのだが。


「もう一つのお礼です、ユリイエ」

「こちらをどうぞ」


 ユリイエから、チェーンの先に銀のペンダントがついたものを渡された。


「これは」

「ペンダントにあるその紋様は、イーリス国のものです。 これは見せるだけで、イーリス国とカイルス国の通貨替わりになります」

「……そのような貴重なもの頂いてもよろしいのですか」

「ヤシロ様にはそれほどの御恩がありますので」


 外に出たらお金を稼がなくてはと思っていたが、とても便利なものをもらえたようだ。


「通貨は共通なので、イーリス国で使われている通貨は他の国でも使えます。 そちらのペンダントは特定の場所に限りますので注意してください」


 久しぶりにそういう気持ちが、素直に心から湧きあがった。


「色々とありがとうございました」


 どんな知識も通用しない異世界に突然飛ばされ、何もわからない自分を信じ、様々なことを教えてくれた。

 人からの好意を真っ直ぐ受け寄れない。人を信じて裏切られたことの方が多い。

 それなのに、彼女からもらう好意だけは素直に受け取ることが出来た。


「い、いえっ!」

「……それでは」


 俺の顔を見て恐れる人はいても、顔を赤くした人は初めて見た。


「あのっ!」

「はい?」

「お、お名前……を、教えて頂いてもよろしいですか」


 そうか。いつも使っている下の名前は、俺の名前じゃない。苗字を名乗ることが癖になっていたのか。

 でもここでは違う。俺は蒼汰ではない。


「そら。 弥白宇宙が俺の名前です」


 姫様は俺の名前を小さな声で呟いていた。


「ソラ様、今回は本当にありがとうございました。 イーリス国長、イーリス・レイ・アリシアが心からお礼申し上げ、またソラ様のこれからが幸せなものであることを祈っております」


 姫様、アシリア様からの激励を受けて、歩き出した。

 その名前で激励されることが、とても懐かしかった。



「それで、あなたは何時までついて来るのでしょうか」

「この建物から出るまで見送ることが、俺の仕事だ」

「広いですからね」


 一人で歩き出したわけではなく、ユリイエがついてきていた。確かに、入り口まで異様に遠いからな。


「お前には感謝している」

「……はい?」

「その気持ちに偽りはない」

「ありがとうございます?」

「その上で聞く、お前の本性はどれだ」

「どういうことでしょうか」

「初めてお前を見たあの庭であった時のお前と、俺たちと話しているときのお前。 人格がまるで違う」

「人と対応するときで口調を変えることは、自然なことなのでは」

「お前の場合は口調じゃない、雰囲気だ。 初めて見た時のお前の方が、お前の素のような気がした。 むしろ今は偽りのお前と話しているみたいだ」


 驚いた。一日もない一緒にいた時間。見せたのはあの一瞬だけ。

 それだけで、俺が人格を偽っているということを見抜く事ですら驚きなのに、今見せているのが偽物の方だとまで言い切った。


「後、最後」

「最後?」

「姫様の前で俺って言っただろ」

「……言いました?」

「絶対言った」


 気を抜いていたわけがない。という事は、自然に出ていたのか。


「……すごいですね」

「ヤシロ殿?」

「いいですよ、ソラで。 俺もユリイエと呼びますから」

「!?」

「そんなに驚かなくても」

「今のお前に驚いているわけではない。 今までの笑顔が、全て嘘だったのだという事に驚いている」

「あなたが言い当てたじゃないですか」

「ここまで違うとは思っていなかった」


 作り笑いも人格を偽るのも最早、癖なんてものではない。それが俺の中で普通だったのだ。

 それを見破るどころか、壊しに来るとは。


「出来ればどこかで会ったときに、正体を暴くなんて事をしないで頂けると嬉しいですね」

「笑わないよう努力する」


 そんなことを話しているうちに、出口まで来た。


「これ、持っていけ」

「……発信機でもついているんですか」

「まだ偽ってんのか!」

「偽っていないから素直に聞いているんですよ、普通なら自分で調べるか捨てます」

「ついてないから捨てるな!」


 ユリイエに渡されたのは剣だった、おそらくそんなに安い物じゃない。ユリイエが手入れしていたのだろうか、ガードの部分の青い宝石が輝いていた。


「使いづらかったら使わなくてもいい。 お前が持っていた方がいい気がする」

「ではお言葉に甘えて、頂きますね」


 剣など扱ったことはないが、手に持つと何故かしっくりきた。


「お前ではなくソラですからね、ユリイエ」

「最初に名前を聞かれて上の名前を教えたやつに、名前に関しては言われたくないな」


 ソラと呼ばれても反応できないのだ、今の俺には。

 だからといって、蒼汰を名乗ることもしたくなかった。


「光栄に思ってくださいね、俺の名前を知っているのはとても貴重ですよ」


 そう言ってその家の敷地を出た。

 宇宙の名前を名乗る機会なんて、ほとんどなかった。俺はいつでも蒼汰だった。



「ありがとうございました。 また会いましょう、ユリイエ」


 今日は珍しい日だ。

 心からのお礼を二人にもするなんて。


 俺はこの日、弥白宇宙あらため


 【ヤシロ・ソラ】として生まれた気がした。

読んでいただきありがとうございます。

短いときは、早く投稿できるように頑張ります。

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