世界の現実
「お疲れさまでした、ユリイエ殿」
「それはこちらのセリフです」
「最後、呼び捨ててしまって申し訳ありません」
「あの状況なら、あの呼び方の方が正しいと思います」
「私に敬語など使わなくても良いですよ」
ボレミアを見送った後、部屋に戻ってきたユリイエと姫様の元へ向かっていた。
「次は私のことですね」
「……そうだな」
何だか色々あって忘れそうになったが、今の一番の問題は間違いなく俺自身だ。
この世界の知識を入れていたあの時間の中で、ある程度予想がついていた。
聞いたことのない国名、見たことのない魔法という存在。
そして、ところどころ聞いたことのある名詞。
「ただいま戻りました、姫様」
「ユリイエ、お疲れさまでした。 ヤシロ様、本当にありがとうございます」
「いえ、元はと言えば私のせいのような所もありますから」
あんな所で寝ていなければ、こんな大騒動にはならなかっただろう。だが、俺にも何が何だか分かっていなかった。
休養をとり回復したのか、姫様はだいぶ元気になっていた。
「お礼をさせて頂きたいのですが、何かご要望の物はございますか」
「お礼、ですか」
「はい。 お住いの場所が異国であれば、もちろんそちらまでお送りいたします。 ヤシロ様の洋服の文化は見た事がないのですが、どこかの非魔法国の方でしょうか」
俺が着ているのはただのスーツだ。地球上でこの服を見たことない人は、限りなく少ないだろう。
少なくとも、この家のような格式の高い家の人物が見たことないはずがない。
「一つお聞きしてもよろしいですか」
「何でしょうか」
「皆さんは、地球という場所をご存じですか」
ここが日本ではないことは簡単に想像できた。顔つきも建物の様式も、日本のそれとはかけ離れている。
ただ日本を知っているかという質問にしなかったのは、自分の身に起こるあり得ない様々な現実が、俺の中でその可能性を大きくしていったから。
「もちろんです、地球は私たちの祖先の星ですから」
「……」
「ヤシロ様?」
その可能性とは、ここが全くの違う世界であるということ。思い返してみれば、俺は刺されていたはずだ。もしかして死んだのかと思ったりもしたが、その割には随分と痛みなどを鮮明に感じる。
わざわざ治療したのにその後は見知らぬ土地に放置、なんて面倒なことはしないだろうということで地球ではない。死後の世界でもない、ならば残る可能性は異世界であるということだ。
それならば魔法が使えることにも、無理やりだが納得も行く。
彼女たちが地球を知らなければの話だが。
「ここは地球の未来の姿ということですか」
「いえ、少し違います。 二千年ほど前に地球は消滅しましたから」
「……」
駄目だ。色々な非現実が現実として頭に飛び込みすぎている。情報処理は得意な方だが、それは常識的な範囲ならばということだ。
「今、姫様がおっしゃったことはこの世界の当然の歴史だ。 ヤシロ殿がそのような教養のない身分のようには見えないのだが」
地球消滅、この星の始まり、当然の歴史。
「姫様、ユリイエ殿」
「はい」
ここまでくれば、俺も現実として受け入れなければならないだろう。
「信じてもらえないかもしれませんが、私はその二千年ほど前に消滅した地球からやって来た者です」
「……何を言っているんだ」
「今の暦を教えていただいても?」
「ヘリオシアン暦は2000年だ」
「地球暦も入れると4100年になります」
ここは異世界というよりは、未来の世界。
「私は、おそらくその地球暦の2020年からやって来たんです」
俺もこのような世界観の本を読んだことはある。
ただ、そこは地球の歴史などに干渉された世界ではなかった。
こんなにも放置された形で始まったりしなかった。
必要であると召喚された様子もない、転生したいと死んだわけでもない。
なるほど。
地球でも不要になり、神にも見放されたのか。
「ヤシロ様、大丈夫ですか?」
「お礼、お願いしてもよろしいですか」
「えっ! あ、はい」
「この世界のことを教えて頂きたいです、先ほども話した通り私はこの世界のことを何も知らないので」
「もちろんです」
「後は成功報酬で、この世界の通貨となる物を頂けたら」
なるほど。そこまで俺のことを不要にするならば、なおのこと生きてやる。
せっかく手に入れた弥白宇宙としての自由。この世界に俺を送ったのが誰かなど知るつもりもないが、俺を消したいのならばそのまま殺せばよかったと後悔させてやる。
「わかりました。 教えることはいつでもできるので、ヤシロ様が休まれてからにいたしますか」
「いえ。 私は大丈夫ですので、出来ればすぐに始めたいのですが」
地理的知識が全くない世界に、夜、飛び出すのは出来れば避けたい。
姫様は何冊かの本を持ってきて机に置き、向かいの椅子に俺に座るよう促した。
「特に知りたいことなどはありますか」
「そうですね。 この世界の始まり、地球との繋がり、国の成り立ち方、後は魔法についてなどでしょうか」
「では、この世界の歴史から話していきますね。 と言っても昔の歴史なので、全てが真実と言い切れるわけではないので」
「歴史とはそういうものなので構いませんよ」
「今から二千年ほど前、地球は太陽の巨大な爆発によって消滅の危機に瀕しました。 その際に地球にいた五人の地球人が、主と呼ばれる方々と契約したことによって滅亡の危機を免れたと言われています。 契約内容に関しては伝承されていないのですが、その五人の契約者様によって地球に住まう人々は新しい星、ここヘリオシアンに移住することが出来ました」
「ここは地球から離れた場所ということですか」
「そうですね。 地球が消滅してしまったので正確な距離などは分かりませんが、【海と天の間】と私たちには伝わっています」
【海と天の間】、何かの比喩か。
「ヘリオシアンが誕生し、次は国が出来上がります。 国は当初から六つと変わっていないと言われています。 主からは魔法国と現在で呼ばれている国名と、人類が生き残るための力・魔法を契約者様と他関係者に与えられ、それを使って契約者様が各国を発展させていきました」
「その時にはカースト制度は」
「カースト制度はここ百年で、突然出来上がったものですから……。 恐らくなかったかと思いますが、当時から次魔法国というのは存在しました。 そもそも次魔法国というのは、契約者様の近しいものが主の補佐であった方と契約することで、協力関係を結ぶことが目的だったのだと言われております」
「時代の中で協力関係が、上下関係になっていったのですね」
「はい。 当時は魔法国と次魔法国だけだった国の形も、次第に魔法を使うことが出来ない人々のための非魔法国の三つで、一つの国と呼ばれています。 例外もありますが」
つまり、今日の会談したボレミアの国・マオル国が魔法国と呼ばれており、その中にヴィーナ国という次魔法国があるということか。
「ここイーリス国がその例外の国の一つです」
「そうなのですか」
「イーリス国は唯一、次魔法国の中で魔法国と同等の権限を与えられている国になります」
「本来ならどこかに属しているということですか」
「カイルス国という国の次魔法国です。 ただ、詳しいことは誰にも分かっておりません。 ヘリオシアンが出来た時の功績だと言われていますが、何のことだかは全く……」
ボレミアがイーリス国に、国王陛下への口添えを頼んでくるわけだ。
イーリス国は特例が認められている国、そこからの意見を完全に無視することは出来ない。
だが、立場としては次魔法国。 魔法国である自国が意見すれば、反論されないと思ったのか。
「後は魔法のことですね」
「そうですね。 ですが私は魔法は使えませんので、魔法に関する規則だけ教えて頂ければ大丈夫です」
地球に住んでいた俺が魔法を使えるのは、むしろ自分の身体が心配になる。簡単な魔法でも使えるようになれたら面白そうと思ったが、この世界の人でも使えない人がいるのならば誰にでも出来る事ではないのだろう。
「ヤシロ様」
「はい」
「余計なことでしたら申し訳ないのですが、ヤシロ様の体内には魔力が見えるので使えるとは思いますが」
「はい?」
魔法を使える、……俺が?
「混乱させてしまったなら申し訳ありません」
「いえ、生まれてから使った事が無いので」
「では魔法の使用方法に関しては、書物をご用意しますね」
「ありがとうございます」
使えるかもわからない力の説明を受けても、実感が湧かないだろうしな。
「魔法に関して注意していただきたいことは、とりあえず、魔力のない者や少ないものに対しての魔法の使用は禁止という規則があるということです」
「それであの時、ボレミア殿は何か言っていたのですね」
思い出されるのは、あの庭での出来事。
今の話によれば、あの時の行使は正当ではないだろう。
「その規則には、身を守る場合・双方に合意の意思がある場合・やむを得ない場合はこれに限らないと続きます」
「なるほど。 私がこの家の関係者であれば、丸く収められそうですね」
「ヤシロ様にはご迷惑をおかけしました」
「いえ、お礼も頂きましたので気になさらないでください」
あの会談の時間はすごく楽しかった。
初めて、成り代わらずに出来た会談だったのだから。
そして、この世界で新しく生きていく機会に繋がったのだから。
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