弥白宇宙の初めての代行会談
「今回の会談は、マオル国のヘリオシアンにおけるカースト順位についてです。 本来ヘリオシアンではカースト制度など取り入れていないのですが」
「上下関係というのは当人たちが勝手に始めてしまうものです。 仕方ないですよ」
「そう、ですね……コホ、コホ」
「すみません、少し休んでいてください。 お帰りなさい、ユリイエ殿」
「あ、あぁ」
「本を読みながらでもよければ、こうなった経緯をお話ししますよ」
ボレミアというおっさんを応接室へ送る役は、ユリイエというあの時俺のことを助けてくれた青年が受けてくれたようだった。
そのユリイエが戻ってきた部屋では、俺は二百ページはあるであろう厚い本を読みながら、俺からの質問に答えている姫様の声を聴いていた。
「時間がないので同時進行していました。 とりあえずイーリス国と相手国のマオル国については本を読みながら、今回の会談については姫様から口頭で聞いていました」
「そんなことが出来るのか」
「特技ですから」
「覚えきれるのか」
「それに関しては生まれつきです」
勝手に身についた特技。いなくなった兄の代わりを務めるために、俺は足りていない知識をすべて叩き込まれた。
俺に容赦なく叩き込んでいったことには理由がある。小さい頃から兄に唯一勝っていたこと、それが記憶力だった。
一度見たり聞いたりしたことは、忘れることはなかった。
その記憶力に頼って知識を吸収していったら、脳に負担がかかりすぎて一度倒れたことがあった。その時に自分を守るために身に着けたのが、同時進行で記憶していくことだった。
俺の場合、記憶力は長時間使用することで負担になっているということが分かった。ならば短時間で覚えきってしまおうと、見聞きを同時進行するようになった。
「こちらからも聞いてもいいですか、ユリイエ殿」
「なんだ」
「今回の会談の内容は姫様から聞きました、相手国のことも」
「ああ」
「ユリイエ殿はどう思いますか」
「俺は姫が決めたことであれば、どんなことであっても反対しない」
「姫様も悩んでおられました、だからこそこの会談を先延ばしにしていたのですよね」
「……俺は」
ユリイエに連れられ長い廊下を歩く。会談は何も初めてのことではない、いつも同じようなことをyっていた。
いつもと同じ、代理。
「お願いいたします、ヤシロ殿」
「……」
同じではない。いつものように、自分を偽っているわけではない。
「一つお願いがあります」
「何でしょうか」
「最後まで見ていてください。 どんなに腹が立っても、剣を抜かないでください」
俺に初めて敬語を使い、敬称をつけ、頭を下げた。
俺にはできない行為、理解できない思考。心からあの姫様を慕っているのだろうか。
どのような関係を築けば、どのような時間を過ごせばそのようになるのだろうか。
そんなにも信頼されている主から引き継いだ、この仕事。
俺が初めて弥白宇宙としてする仕事だ。
「お待たせいたしました」
会議室に到着し扉が開けば、そこは俺の得意な会場だ。
ボレミアの周りは武装した護衛が固めていた。本当に相手と対話しようという気を起こさせない人だ。
ちなみにこちらの護衛はユリイエのみ。
「病弱な姫様も心配でしょう、すぐに終わらせましょう」
「そうですね、そちらの主張からどうぞ」
「マオル国では商業に力を入れております。 最近では応用回復魔法により、薬の大量生産に成功しております」
「自国の産業で自国の経済を回すというのは、素晴らしいことだと思います」
「えぇ、その通りですよ! 所詮、支配下にあるユピトアル国からの支援で成り立っているサツリナス国などよりも、カーストが低いというのは全く理解できない。 後はあなたの国からの口添えがあれば、マオル国のカースト三位は間違いない! その暁には、薬の流通などももちろん優遇いたしますよ」
饒舌に話し、途中で賛同されたことに余程気を良くしたのか、満足げだった。
横にいるユリイエから、苦い顔をして視線を送られていることに気付いた。恐らくこうなることをある程度予感していたのだろう。
確かにあの病弱な姫様なら、論破され切ってしまいそうだ。
「では、いくつか質問してもよろしいですか」
「……何でしょう」
まさか、質問されるとは思っていなかったのだろう。少し驚いた素振りを見せたが、すぐに真剣な顔つきになる。さすが、国を代表して送られている使者なだけはある。
しかし、こちらも黙ったままでいるわけにはいかない。じっと耐えているユリイエのためにもだ。
「マオル国の次魔法国はヴィーナ国でしたね」
「そうだが」
「あなたはマオル国が何故サツリナス国よりもカーストが低いか、考えたことはありますか」
「何だと」
「次魔法国から我が国イーリス国に流れてくる、移住者の数ですよ。自国の産業で自国の経済を回しているとおっしゃっていましたが、本当ですか。 本当ならば何故、あなたの国から民が移住してくるのでしょうか」
「移住者……」
「はい。 マオル国からの移住者の数は、サツリナス国からの移住者の数のおよそ五倍です。 自国で経済が回っているならば、その国から移住しようとする人など滅多にいないと思うのですが」
「しょ、所詮っ! ヴィーナ国は次魔法国だっ! だからっ」
「だから、なんでしょうか。 まさか、ヴィーナ国はマオル国の言う自国に入っていないなんて事はありませんよね。 先程おっしゃっていた応用回復魔法による薬は、主な製作国はマオル国ではなくヴィーナ国ですよね。 ヴィーナ国がマオル国に属さないのであれば、薬は自国の産業ではないのでは?」
「……」
ユリイエからの視線を感じなくなった。代わりに次は、隠そうともしない視線が目の前から飛んでくるが。
「あぁ、ちなみに」
ここからは、俺の個人的な仕返し。
「カースト順位の上下は、正当な文書をヘリオシアン国王へ持参し、認められることで成立しますね。 おそらくはイーリス国の姫様に口添えしてもらおうと思っていたのでしょう。 つまりあなた自身も、このまま国王のもとへ文書を提出しても承認されないことを分かっていたんですよね」
「……」
「まぁ、その文書をどう思っていたはこの際置いておきましょう。 とにかく、今回姫様と直接会談出来ないことが決まった時点で、あなたには帰るという選択肢もありました。 私も深く考えずにその提案をしましたから。 つまり、あの時帰るという選択をしなかったのは、私のことを舐めていたんですよね?」
「っ!!」
「初めて見たこんな若造ならば、押せば勝てるのではないか。 私が会談すると言ったのが、口から出まかせでまた次の機会とこちら側が言えば、それに便乗してより一層押し切れます」
「……」
「考えなかったんですよね? 私に論破されることなど」
もうボレミアには、黙るという手段しか取れないようだ。
「そのような考えだから、そもそもを論破されるような文書しか作れないんですよ」
今日初めて会った人物に、このようなこと言われるなど最大の屈辱だろう。
これに懲りたなら、次はもう少し張り合いのあるものにしてくれ。
「ユリイエ、お客様を玄関までお送りしてください」
「は、はい。 わかりました」
出ていくときに随分睨まれた気がしたが、気にしないことにした。
全員を見送りに行ってもらったユリイエがこの部屋を出れば、残るのは俺一人。
『どのように断ったとしても、次魔法国が何かの被害にあう可能性は避けたいのです』
『被害者側が、権力にものを言わせた加害者にさらなる被害を被るならば、我らの国が被害を被る方がよい』
二人の考えがほぼ一緒で驚いた。その考えを、俺は論破するという形で代弁しただけに過ぎない。俺はこの国に何の思い入れもないからだ。
そしてその役割を、今日初めて会った俺に任せてくれた。
全くの第三者へ、無条件で配慮を行う。
全くの第三者に、全ての信頼を寄せる。
お金も権力も絡まずに。
「……理解できね」
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