「大丈夫…私が貴方を護るから…」
ターキッシュは、目の前の巨大な人型機械の言うことが理解出来なかった。
それは、ターキッシュが人型機械のスピーカーから聞える英語が理解出来ないという事ではなかった。彼は日本生まれであってもハーフであるために、父親からは過剰に英語を学ぶよう言い付けられ、母親のネイティブな英語を聞いていたのである。
バイリンガルのターキッシュには、目の前の人型機械の言った事は理解出来た。だが、目の前の物が言った" 天誅" という点が、彼には納得できなかった。
「いやっ…天誅って、どういう事?そもそもストーリーを…」
「惚けるな!もう面倒だ、ここで処理する!」
人型機械の右腕に装備されたガトリング砲の銃身が回転し始めると、ターキッシュの背筋は凍り猛烈な恐怖が彼を襲った。
だが、そのガトリング砲が火を吹く前に、天井から白い煙を曳く何かが3つ、人型機械の背中に向けて降ってきた。その何かは人型機械の背中に当たると、赤黒い爆炎を上げて炸裂した。突然の爆発と衝撃に人型機械は床に前のめりになり態勢を崩したのだった。
「嘘だろ!うわっ!」
だが、その爆風は人型機械だけでなくターキッシュにも衝撃を与えると、彼は人型機械の膝をつく衝撃も合わさり距離を空ける様に吹き飛ばされた。
「糞がっ!まだ生きていたか、第3世代型!」
「タチバナ様!早く逃げて!」
崩れた態勢を立ち上がる事で無理矢理立て直した人型機械は、怒りに叫び上方を見上げようとした。
その機械が振り返り天井の穴を見る直前、そこから人影が飛び降りるのをターキッシュは見た。その人影は長く赤い髪を1つに纏め、流れるような凛々しくも鋭い深紅の瞳に長身の少女であった。
天井の穴から飛び降りた少女の見た目はまさに美少女であったが、ターキッシュはそれ以外の点にしか意識が向かなかった。その少女は青く光る線が全身に伸び、胸元や関節にプロテクターの付いた首まで覆う全身ボディスーツを着ていた。女性として整った腰のくびれやその華奢なボディラインをよく見せるスーツの少女の手には、回転チャンバー型のグレネードランチャーを持っていたのである。
その姿は控えめに言ってコスプレの類にしか見えなかったが、ターキッシュにはそのグレネードランチャーだけは本物と直ぐにわかり、そこに意識が集中していたのだった。
天井の穴から降下しながらも人型機械にグレネードを撃ち続ける少女は、その反作用で円を描くように降りていた。その規則的な落下の仕方に、ターキッシュは少女がワイヤー降下をしていると解った。
「ウジ虫ごときが、猪口才な!」
「大きい的のくせに!」
頭部を執拗に狙う少女のグレネードに、人型機械は左腕で庇いつつ右手のガトリング砲を少女に向けて放った。その砲火が赤髪の少女を襲う直前、彼女は太股に付いているナイフを抜くと、腰に装着されているワイヤーを切った。
すると少女は重力に従い真っ直ぐに下へ落ち、彼女が弧を描きながら降下していた場所を人型機械のガトリング砲が凪ぎ払った。
轟音が広い部屋に響き渡ると、ターキッシュは空薬莢を恐れて身を庇い、耳をふさいで口を開けた。だが、その轟音が火薬の爆発音とは異なっている事に気付くと、彼は人型機械を見た。
着地して床を必死に走る赤髪の少女をなぞるように放たれる弾丸は、着弾しても大きく炸裂せずに壁や床を貫通していた。それだけだは無く、弾丸が乱射される中で部屋には硝煙と僅かにオゾン臭の混ざる独特の臭いが広がっていた。
現実とアニメの知識を合わせて考えたターキッシュが人型機械が特殊な実弾兵器を使用していると理解した時、赤髪の少女はまき散らされる空薬莢を避けながら人型機械の股下をスライディングするとターキッシュの前に立った。
弾切れによって途中で捨てたのか、少女はグレネードランチャーからブルバップ式の近代的で直線的なデザインをしたライフルに持ち替えており、素早く給弾すると目の前の人型機械に銃口を向けて構えた。
「タチバナ様!ここは私が時間を稼ぎます!お早く!」
「えっ!いやっ、それより状況が…」
「良いから行って!」
赤髪の少女が低めの声で叫びながら人型機械に発砲し始めると、その銃声に耳を塞ぎ尋ねる
ターキッシュは少女に歩み寄った。だが、ターキッシュの言葉を無視するように少女は彼の肩を掴むと、足を払い部屋の自動扉まで彼を投げた。
華奢な少女の腕力とは思えない程の力で投げられたターキッシュは、途中で床を転げ回りながらも扉の前に投げられた。
「ぐっは!痛って~~!何すんだよ!」
部屋に銃声が響く中、受け身をとったターキッシュは全身に響く痛みに呻きながら叫んだ。
だが、転げ回った事で目眩のする彼が立ち上がる頃に、少女の悲鳴が響いた。
「はっ!離せ、化け物!」
「何を言うか…男に与する貴様の方がよっぽど化け物だ」
「そんな物を使ってまで争いを続けようとする…お前達が化け物でなくて何だと言うんだ!」
「正義の使者だよ!獣め!」
顔を上げたターキッシュの瞳には、人型機械の巨大な左手に赤髪の少女が握られているのが写った。彼女は額から血こそ流していたが、人型機械と言い争える程度にはまだ無事であった。
奇跡的に自由だった両手で必死に指を抉じ開けようとする少女は、力の差の前に脱出を諦めると人型機械の顔にライフルを撃ち込み叫んだ。
だが、数発の弾丸は全て人型機械の頭に当たっても装甲で弾かれ、ライフルは弾切れを主張するようにチャンバーを開いた。
「無駄弾が過ぎた様だな、ん?バトルドレス相手に、ただの弾丸が効いて堪るものですか!えぇ!」
「まっ、まだだ…」
跳弾が赤髪の少女の頬を掠めると、三角錐頭からは響く優越感に満ちた声が響いた。それを聞くと、赤髪の少女は抵抗を続けようと呻きながら太股に付けた予備弾倉に手を伸ばした。だが、彼女を握る人型機械の太く大きな手はそれを遮り、伸ばされた少女の手は空を切るだけだった。
「"離せ"と…言っているだろうが!」
少女はやけくそとばかりに叫ぶと、ライフルの銃床で自分を握る人型機械の手を殴りつけた。だが彼女の渾身の一撃を前にしても、その手はびくともせずむしろ銃床の樹脂が無惨にも砕けたのだった。
「"愚かさは水をやらなくても成長する"か…いや、より一層間抜けになるなら劣化が正しいか?どうだよ、第3世代型?」
「何年も…うぅ、タチバナ様を取り逃がし続けたのは…どこの第5世代だよ?」
少女の必死の抵抗を人型機械は嘲笑い、ゆっくりと赤髪の少女を握る手の握力を強めた。
だが、その圧迫に耐えながら少女が侮蔑の言葉を言い放つと、人型機械はその手にさらに力を込めた。
「こんのぉ…欠陥品がぁ!」
「あぐっ…うぁ!…えぐっ…うわああぁぁあぁあ!」
いたぶるような握力と人型機械の怒りの叫びを前に、少女は胴体を猛烈に圧迫されるとその口から苦痛に歪む呻き声が漏れだした。骨が軋みながら砕ける音が人型機械の指から鳴るモーター音に混ざって響くと、少女の口からは血さえも漏れだした。
それだけにとどまらず、人型機械は赤髪の少女の左肩へ親指を載せると指の間で容赦なく握り潰した。少女が両目を見開きその激痛から絶叫をあげると、人型機械指の隙間から猛烈な勢いで血が噴き出していた。
「タチ…タチバナ様…お願い…です…」
目の前で繰り広げられる惨劇に呆然とするターキッシュだったが、彼の目に皮膚を破りへし折れた左鎖骨や粉砕させられた骨を露出させる少女が、激痛に歪む表情で右手を動かしているのが写った。その手は部屋の扉を指差しており、今にも消えそうな声で彼女はターキッシュへと声をかけた。
「憐れだな…所詮は第3世代の旧式…いま楽にしてやる!」
「逃げて!」
殺意と喜びに満ちた人型機械の声が響き、少女の絶叫が響いた。その瞬間、ターキッシュの視界に映る少女の体は2つに千切れた。
力無く人型機械の手の上に残る少女の胸から上の残骸は、猛烈な圧力によって両目は眼窩から飛び出し、視神経と共に噴き出した脳組織と共にぶら下がっていた。茶褐色の脳や血が掛かっていても苦悶と判る表情の口からは、肺や心臓、胃袋の一部などの赤黒い内蔵を吹き出し、ふくよかな胸元に全てが吐き出されていた。
人型機械の拳の隙間からは、止めどなく血が染み出していた。その光景にターキッシュの脳裏には、何故か素手でリンゴを握りつぶす映像が過った。
そして人型機械の手の下には、少女のものだった腰から下が内蔵を剥き出しにして倒れていた。その下半身は完全に胴体と分離した訳ではなく、人型機械の手に向かって腸のような白く血をまとった臓器が一本伸びていたのだった。
少女の無惨すぎる死体を前に、部屋の扉の前で立ち尽くしていたターキッシュの喉に不快な感覚が込み上げてきた。必死に堪えようとした彼だったが、床の上の下半身がわずかに痙攣して足を動かすと、それに堪えられなくなったターキッシュはその場に踞ると胃の中身をその場で吐き出した。
口に溢れる胃液の味と突然見せられた年頃の美少女の無惨で凄惨な死に、ターキッシュはいよいよ思考が止まり始めた。
だが、そんなターキッシュの思考に再びアクセルをいれる様に、人型機械は音を立てて立ち上がると左手に残る少女の上半身の残骸を彼の近くの壁に投げ棄てた。
肉の潰れる音に恐怖したターキッシュは、吐瀉物に汚れた口元を拭いつつ自分の頬を撫でた。その手を見たターキッシュは、真っ赤に染まった自分の手を見て恐怖より怒りの感情が湧き出すのだった。
圧倒的に強い恐怖感に身を竦ませたターキッシュだったが、迫り来る人型機械の三角錐の頭をなんとか睨み付けた。
「何で…そんな酷い事を!」
「裏切り者が裏切り者に同情か?人でなしにもまだ感情があるとは、笑えるな…」
「"人でなし"って何だよ…人でなしって何だよ!第一な、俺はあの子と今まで1度だって会った事は無いんだよ!何が"同情"だよ、何が"感情" だよ!」
「仲間…いや、駒使いを失って激情か?その割に笑みを浮かべて…それなら成る程、"同情"と言うのは間違いだな?はっはっは!」
「ふざけるなよ!」
ターキッシュは金属の擦れる足音を響かせた人型機械を睨み叫んだ。その叫びに、人型機械は呆れる様に声を出すと、手を振ってまだ残る肉の残骸を払いながら嘲笑う様に言い放った。
その人型機械の楽し気な言葉に、何故自分の周りでこの様な状態が起きているのか解らなかったターキッシュは、無意識に薄っすらと笑みを浮かべながらも床に拳を叩きつけながら叫び立ち上がった。
「一体何がどうなってるんだよ!大体、何だよ?俺が何したって言うんだよ!何が"裏切り者"だよ!俺は三上のバカ野郎とか根本のヤツ以外に酷い事した記憶は無いぞ!」
ターキッシュは肉塊となった少女へ感じたグロテスクさや、目の前の人型機械に対する恐怖によって叫んだ。その叫び声は裏返り、露骨に混乱している事がわかるほどだった。
そんなターキッシュの叫びに、人型機械は態とらしく肩を竦めると右腕のガトリング砲を再び彼へ構え直したのだった。
「まだ惚けて…まぁ、いい。そんなに"事情"が解らないなら、良く知っているさっきの奴に聞くのだな!私が会わせてやる!」
「殺れるもんなら殺ってみろ!良いか、舌先が回る奴はホラー映画じゃ死なないんだよ!」
「ホラー映画?はっ、気が狂ったか…」
「こんな訳解らん状況で、おかしくならない奴は居ないだろ!」
目の前で高速回転するガトリング砲の銃身に、ターキッシュは死を覚悟した。彼の叫びに呆れた人型機械が右拳を握り締めた時、ターキッシュは叫び力強く目蓋を閉じた。
だが、ターキッシュの耳に響いた音は無慈悲な発砲音ではなかった。モーター音と金属の擦れる音が響きターキッシュが目を開くと、人型機械は天井の穴へ振り向いてその右腕を構えていた。
「8年前の死に損ないが!また邪魔立てするか!」
三角錐頭の人型機械が絶叫と共に天井の穴に向けて発砲を始めると、ターキッシュは閉じた瞼を開いてそれを呆然と眺めた。
高速回転するモーター音と銃口から閃光が放たれ轟音が部屋を包み、無数の深紅の光弾が天井の穴に吸い込まれた。
その穴にターキッシュは4つの輝きを見たとき、天井から飛来する4つの緑の閃光が三角錐頭の人型機械を襲った。その光は三角錐頭の左肩に左太股を貫通し、右足首を掠めた。そして最後の光が右腕のガトリング砲の銃身回転部の中央に貫通すると、赤色に溶けた三角錐頭の右腕は猛烈な爆発に包まれたのだった。
「しっ、死に損ないの癖に!」
爆発によって右前腕消失と脚部関節を熔解させられた三角錐頭の人型機械は、大きく態勢を崩した。腕の爆風によって機体が左に大きく傾く中、三角錐頭は床に勢いよく倒れながら怒りを込めて叫んだのだった。
爆発による金属の焼ける臭いと猛烈なオゾン臭、爆風と人型機械の倒れる衝撃を前にターキッシュは身を守ろうとした。だが、身を屈めて両手で頭を庇うターキッシュは何時までも爆風や爆発の衝撃に襲われなかった。
「今度は何だよ…」
目まぐるしく変わる状況に混乱するターキッシュがゆっくりと目を開くと、彼は自分の目の前に大きな影か庇うように存在する事に気付いた。その影をなぞりながら視線を上げると、そこには別の人型機械が身を盾にするように屈んでいたのだった。
その機体は三角錐頭の人型機械とは対極と言える構造をしていた。華奢に見える細長い長方形のブロックのような脚は、太ももにあたる部位に大きな球状の姿勢制御装置があり、膝から下の細い足には足首にあたる構造がなかった。そんな細い脚を覆うように、腰には左右2機ずつ白い煙とオゾン臭を放つ花弁の様な装置が接続されてあった。
肩はチューリップを横に倒した様な形の装甲を着けていたが、そこから伸びる腕はまるで茎のように細く板の様に薄かった。
その細い手足に反して、曲線的で胸部中央が張り出した逆三角形状装甲を持つ胴体は頑丈というイメージを与えていた。
その頑丈そうな胴体背面に装備された蛇腹のような推進装着に沿うように、昆虫の羽の様な構造が左右会わせ8枚生えていた。
頭部はバイクのフルフェイスヘルメットに近いデザインで、人間の耳に当たる部分の左右から後方に巨大な角の様な装飾があった。鋭く赤いバイザーは三角錐頭の機体より不気味に輝き、往年のライバルロボットといった見た目であった。
全て漆黒に塗装されているその人型機械に、ターキッシュは理由が解らないものの不思議と
自分の味方に感じられたのだった。
「右腕と左足の破損に、左肩と右足首の機能低下。これ以上の交戦は不利です」
「第5世代なのだぞ、私は…お前より優れているのだ…」
「撤退か友軍との合流を優先すべきです。交戦の意思があれば機体を破壊します」
「黙れ、裏切り者だろうが!ここで逃げるくらいなら、貴様を何としても叩き潰す!」
「冷静な判断ではありません」
起き上がろうと上手く動かない手足を必死に床へ突こうとする三角錐頭に対して、漆黒の機体から静かな声が響いた。その声は静かと言うよりは感情なく、淡々としているとも感じられる口調だった。
2機の会話から、ターキッシュは漆黒の機体から響く声質の高い声が明らかに若い女性のものである事とお互いが敵対している事を理解した。それでもターキッシュは、まるでシステム音声のようなその声に人型機械が有人なのか疑うのだった。その証明の様に、三角錐頭の機体がもがきながら怒りの声を上げて威嚇しても、漆黒の機体は全く気にせずに淡々と感情なく反論したのだった。
「冷静じゃないだと…ただの生体装置が…」
漆黒の機体の言葉に反応すると、三角錐頭は若干ふらつきながらも立ち上がり左手を前に腰を深く落とした。その機体から響く声には怒りと憎しみが混ざり、ターキッシュはその圧に不思議と恐怖するのだった。
「貴様が…言うな!」
「遅い!」
苦々しく三角錐頭は叫ぶと、背中の推進装置のノズルに火を吹かせ漆黒の機体へ一直線に突撃した。動かない右腕を揺らしながら破損した左肩で突進をかける三角錐頭に、漆黒の機体は即座に腰のビーム兵器4門を全て前方に向けて発砲しようとした。
だが、花弁のような形のビーム兵器は冷却装置のスリットから白い煙を吹き出すだけで、何も反応する事無く沈黙したままだった。
「8年前の旧式機体が!私の"ケンプファー"に敵うものか!」
ビームで応戦しようとした漆黒の機体は、ケンプファーと名乗った三角錐頭の機体の突撃を避けたが、その勢いで体勢を崩した。それによりケンプファーは漆黒の機体へ勢い良く組み付こうとしたのだった。
組み付こうと振り下ろされたケンプファーの片手を自身の両手で押さえた漆黒の機体だったが、ケンプファーとの馬力には大きく差があるようだった。片腕というハンデがありながら、漆黒の機体はケンプファーの巨大な剛腕を前に関節に火花を散らしながら膝を付いたのだった。
「はっ!子機の居ない"シュバルツェ・ビーネ"など、小賢しい雑魚同然だ!」
「そうですか」
力負けするシュバルツェ・ビーネと呼ばれた漆黒の機体を挑発するケンプファーは、さらにその左手をシュバルツェ・ビーネへ押し付けたのだった。猛烈な出力差を前に機体の関節が火花を上げると、少女の無感情な声が響きシュバルツェ・ビーネは突然ケンプファー左腕を押さえる両手を振り払い胴体にしがみついたのだった。
「なっ!何を!」
「端から戦う気なんてありません」
シュバルツェ・ビーネの唐突な行動にケンプファーは驚く声を上げると、その声にシュバルツェ・ビーネは静に答えながら必死に振り払おうとする豪腕に耐えた。
ケンプファーが豪腕を何度も組み付いたシュバルツェ・ビーネの背中へ叩きつける中、突然シュバルツェ・ビーネの頭部から首もとが爆発した。それをまるで戦闘機の脱出装着の様であるとターキッシュが思った瞬間、その爆発の煙の中から人影が彼の元へ向けて飛び出してきたのだった。
「この機械、無人じゃないのか!」
思わず驚きの表情を浮かべてターキッシュが叫ぶと、彼の横にシュバルツェ・ビーネから飛び出した人影が見事に3点着地をしたのだった。
その人物はターキッシュの予想通り女性であり少女であった。少女は自称170㎝のターキッシュより20㎝程低い身長に金髪のボブカットに、白い肌に映える赤い瞳のはっきりとした目元、その顔の右側を伸びた前髪で隠す美少女だった。
服装は先に現れケンプファーに握り潰された少女と似た全身ボディスーツだが、肩甲骨付近に増設されたプロテクターがあり、胸と腹部に白いワンポイントのあるものだった。その胸元はボディスーツの布に若干のシワが出来る程の大きさであり、ターキッシュの脳裏にロリ巨乳という言葉が過った。
[機密保持の自爆装置が作動しました。友軍は付近から退避して下さい。10…9…]
危機的状況で邪な考えを過らせたターキッシュは、ケンプファーに組み付いたシュバルツェ・ビーネから響いた合成音声の内容にただ黙って驚いた。その驚きはケンプファーも同様であったらしく、音声が続けるカウントダウンに焦る様にその腕を振り下ろしたのだった。
「ふざけるな!こんな整備不足の旧式に!」
[5…4…]
「まっ!待て!待て、マク…」
[3…2…]
喚きながらも格闘を続けるケンプファーを前に、金髪の少女は驚くターキッシュの手を掴むと部屋の扉へ引っ張った。彼は少女の行動に対してもたつきながらも続くカウントダウンに急かされると、手を引く彼女の後へ付いて走った。
足はターキッシュの方が速かったのか、部屋の自動扉へ向かう2人並走し、最終的にはターキッシュが少女を抱きかかえて走った。カウントダウンの終わりが迫る中、未だにシュバルツェ・ビーネを振り払えないケンプファーは叫び、扉へ向けて走る二人に向けてその手を伸ばすのだった。だがその手は宙を切り、叫び声やカウントダウンは少女に閉められた自動扉に掻き消された。
カウントダウンがゼロになる頃には自動扉越しに爆発音が響き、ターキッシュと金髪の少女がそばに立つ扉が若干歪む程の衝撃が訪れたのだった。
「おいっ、君…」
「エレベーターへ向かって下さい」
「いや、それよりこの状況は…」
「お早く」
歪む扉に言葉を失うターキッシュは、暫くすると抱えた金髪少女の存在を思い出して床に下ろし事情を聞こうとした。だが、お姫様抱っこをされる少女は彼の言葉を遮り廊下の先のエレベーターを指差し、彼へ語り掛けた。その言葉にターキッシュは更に疑問を述べようとしたが、少女はそれさえも遮り彼を急かしたのだった。
「あぁん、もう!判ったよ!」
少女の急かす言葉に彼女を下ろすタイミングを失ったターキッシュは、苛立ちを飲み込みながら呟くと廊下の先のエレベーターへ走った。
ターキッシュが息を切らしてエレベーターまで辿り着くと、少女は彼に抱えられたまま慣れた手付きで下への呼び出しボタンを押した。だが、ボタンの呼び出しランプこそ付いてもエレベーターの現在地を示すランプは1階のままだった。
諦めた様に少女が首を振ると、ターキッシュの腕から飛び降りた彼女はエレベーターの呼び出しボタンの上下を同時に押した。するとエレベーターの扉が開き、その向こうには何もなくただ暗い空間が広がっていたのだった。
「おい!君、これは一体どういう事なんだよ!」
エレベーターの扉から昇降路の上下を覗き込んで確認する少女に、痺れを切らしたターキッシュは近寄ると尋ねた。その口調が若干荒くなった事で、彼はうっすらと自己嫌悪の表情を見せた。その表情に、金髪の少女は無表情でエレベーターからターキッシュに歩み寄った。だが、何故かターキッシュは不思議と彼女が安心していると理解でき、自分がどうしてそう思うのか解らず困惑し始めるのだった。
そんなターキッシュの頬に両手を伸ばすと、金髪の少女は無表情ながら左目だけでなくうっすらと覗く右目にも涙を一筋流した。
「なっ、なんで泣いて…」
「大丈夫、私が貴方を護るから」
突然放たれた金髪少女の言葉に、ターキッシュは一層状況が解らなくなった。
だが、そんな混乱する彼を無視して少女は彼を唐突に抱きかかえると、エレベーターの昇降路脇に設置された梯子に手を掛け一気に下まで滑り降りたのだった。
「えっ…うぁあぁ~!」
昇降路には金属と布の擦れる音と、ターキッシュの悲鳴しか響かなかった。




