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「天誅だ!裏切り者!」

 生温い感覚と身を揺さぶる振動。そしてくぐもった音と共に、ターキッシュは目覚めた。


「ぐっ…ごっ…ごぐっ…うっぷ…」


 だが、目覚めたターキッシュは喉の奥に押し込んでいた酸素チューブによってまともに話せる状態ではなかった。さらに伝達液を恐れて目を瞑っていた彼は、伝達液が完全に流れ出るまで瞼を強く閉じていた。その伝達液が完全に流れきると、ターキッシュは瞼を開き光をやたらと眩しく感じたのだった。


 視覚の異常な過敏さに違和感を覚えたターキッシュは、伝達液の引いた額からみるみると肌に冷たさを感じた。そして、その冷たさに意識の覚醒が促されると、ターキッシュは喉の奥に押し込んだ酸素マスクのゴム管に堪えられなくなり吐き出したのだった。


「うぉうぇ…えっほ…うぇぇぅ…何だ…こんなポットの中でうたた寝ってよ…」


 違和感を取り払うために無理矢理に管を引き抜きながら、ターキッシュは喉の不快感と嗚咽によってカプセル内でのたうち回り、涙の流れる目を擦り呟きながら起き上がろうとした。


「三上も三上だ、何で起こして…痛たっ!」


 だが、ターキッシュは硬い何かに額を打ち付けるとその痛覚に再び倒れた。カプセル内のベッドの上でゴム管を投げ棄てようとしたその手が硬い曲面に触れると、彼はカプセルの蓋がまだ閉じられている事に気付いた。


 そして、ターキッシュは先程ぶつけた額から鈍痛を覚え、その感覚が彼の曇った思考を一気に晴れさせたのだった。


「やっべ…これこんな頑丈なのかよ…」


 ポッドに頭をぶつけた文句を独り言で呟いた時、ターキッシュは突然猛烈な振動に襲われた。そしてその振動は、自分の寝そべっている直ぐ下から起きている事を理解した。


「うわっ!これ…こんな機能有ったのか」


 自身に掛かる重力が斜めになると、寝そべった状態のカプセルしか見た事の無かったターキッシュは、自分がカプセルと共に起き上がっているという事を理解したのだった。


「おいおい…数分でいきなり改装かよ…」


 背中に感じた重力が足の裏に掛かり、ようやくターキッシュの瞳が世界を映し出すとそこは彼の知っている部屋ではなかった。


 部屋中に設置されていた機器の数々は壁の中に内蔵され、配線によって足の踏み場が無かったタイル張りの床は、金属板を溶接して出来たものとなっていた。


「まさか…良い歳こいたおっさんが、おっさん相手にドッキリするかね…」


 ポッドのカバーがゆっくりと開くと、ターキッシュは中から出て部屋全体を見回した。


 ターキッシュが最初に入った大学の研究室は、タイル張りの床に白い壁紙の貼られた縦5mに横7m、天井が2.5m程の比較的に小さな部屋だった。その壁に機器があるため、その部屋は間取より圧倒的に小さくかつ混沌として見えたのだった。


 だが、ターキッシュの今いる部屋は元の部屋の倍以上の広大さであり、天井さえどれだけ高いか解らない程になっていた。


 その天井には電灯が少なかったが、壁に取り付けられた機器のパネルやLED で薄暗い程度には明るかった。


 周りを見渡して、ターキッシュは部屋にSFホラー映画の様なサイバーパンクの様な印象を懐いた。その事から、ポッドのある壁の反対側の壁に宇宙服の様な気密服が数着見えた事で、ターキッシュは自分のいる場所が危険な場所ではないかと思えたのだった。


「まるで、酸の血液の宇宙生物映画じゃん…ネタの時代が古いぞ…」


 部屋の中を観察しながら壁のパネルとキーボードに近付いたターキッシュは、緑色のパネルに昔見た映画を思い出した。その映画もターキッシュの周りにはきちんと三部作全てを見た者は三上と数人以外に居なかった。


 突然変わった施設の状態に悪態を付いたターキッシュは、壁のパネルとセットになったキーボードを操作してみた。だが、どのキーボードを押してもパネルは反応せず、ターキッシュへ意味の解らない数字の羅列を表示していたのだった。


「駄目だ…プログラミングはさっぱり解らん…大学の講義以来だから…何年ぶりだ?」


 そんなパネルとキーボードとの格闘に数分を費やしたターキッシュは、緑色のモニターから視線を外すと悪態をつきつつ顎を撫でて呟きながら部屋の端にある扉に向けた。


 だが、扉を観察する前にターキッシュは自分の顎を触った手の感触に驚いたのだった。


「あの野郎…何が伝達液だ。髭が溶ける様な酸性液体を人体実験に使うかバカ野郎…」


 消失した自分の無精髭に思いを馳せたターキッシュは、そのまま消失しているであろう眉と睫毛を触った。しかし、そこにはきちんと眉と睫毛が生えており、彼は更に現状へ困惑したのだった。


 自身の身に起きた違和感が気になったターキッシュだったが、自分で考えるよりもこの状況を作り出した張本人を探し出す方が優先だった。


「三上!三上、どこだ!三上!返事をしろ!」


 大声を上げて叫んだターキッシュだったが、部屋に響くほどの大声を上げても三上の声は聞こえず自分の声が反響するだけだった。


「全く…何で人たらしのアイツは友達多いのに、事ある毎に俺ばっかり呼び出すのかね…しかも、こういう面倒なのばっかり…まぁ、これも6年ぶりだしな」


 ターキッシュは、度々面倒事や厄介事を運び込みゴタゴタに巻き込む昔からの友人に溜め息をつきながらも、懐かしい高校や大学時代を思い出した。人とあまり打ち解け難かったターキッシュの人格を良い意味で柔らかくし、社交的にしたのは三上の影響であった。そうしてそれなりの友人が出来たターキッシュも、三上はどれだけ年齢を重ねても切っても切れない腐れ縁となっていた。


 だからこそ、ターキッシュはこれまで付き合わされた散々な出来事のおかげで、唐突な異常事態にもあまり驚かずとにかく三上を探そうとしたのであった。


「自動扉なのに、何でスイッチの1つも無いんだ…」


 機器以外に気密服しかない部屋の探索を諦めたターキッシュは、薄暗い部屋から出ようと先程見つけた扉の前に立った。


 その扉はスライド式の自動扉だったが、開閉の為のセンサーも無ければスイッチの類いも無かった。また扉は部屋全体と同じように金属で出来ており、扉の中央には円形の磨りガラスが嵌め込まれていた。


 そこでターキッシュは、ようやく自分のいた部屋が窓の1つもなく外の様子が全く見えない事に気付いたのだった。


「嘘だろ…完全密室に閉じ込めとか…」


 改めて部屋を見回したターキッシュは、部屋の天井に換気扇さえ無いことに気付くとぼやきながら自動扉に寄りかかろうとした。


 すると、換気扇が無いにも関わらず。冷たい感触が下着だけの肌に寒さを感じた。


「あっ、風?…えっ、パンツ…だけ?」


 ターキッシュは自動扉の隙間から吹く風を感じて俯くと、患者衣であった自分が何時の間にかパンツ1枚の裸体になっている事にようやく気付いた。


 一度気付いたターキッシュの疑問はそれに留まらず、そこまで過剰に筋肉質でなかった体つきが屈強に変化していることに気付いたのだった。


「三上…勝手に筋トレパッドとは良い度胸だ…俺がデブってか?」


 まんざらでもなさそうにぼやいたターキッシュは、自分の体の観察のために自動扉に寄りかかると、その扉は突然に開いた。


 寄りかかった瞬間に背中に磨りガラスの冷たさを感じた為、ターキッシュ背中から倒れそうになった重心を起こしながら自動扉のセンサーが磨りガラスにある事を理解したのだった。


「凝った造りだな…アイツ、ドッキリにしてはちょっと金積み過ぎだろ。後で言ってやらないとな…」


 ようやく廊下を見る事が出来たターキッシュは、自動扉の先を敷居越しに観察し始めた。


 廊下は部屋と同様に金属で出来ている以外は至って普通の廊下の壁であり、幅は1m半に高さ2m半程のものであった。


 覚悟を決めて扉の壁に手を掛け廊下を覗き込むと、ターキッシュの視界に長い廊下が見えた。その廊下の長さはかなりのものであり、彼にはどれ程の長さなのか検討もつかない程だった。


 その長い廊下の途中には自分の部屋と全く同じ形の自動扉が長い間隔で3つと、1番奥にエレベーターが見えた。


 そのエレベーターは幾つかの階層が呼び出しボタンの上に付いていたが、その階層は1階以外全て地下しかなかった。最上階1階から最下層地下8階までの施設という設定に、ターキッシュは三上という人物への印象を変えるべきかと考えるのだった。


「ホラー映画の観すぎだろ…いや、俺のせいか…」


 そう呟いたターキッシュは、エレベーターの呼び出しボタンが上下とも揃っている事に気付いた。


「ここ…地下の途中って設定かよ…」


 エレベーターの現在地を示すランプが1階で輝いている事から、ターキッシュは完全に自分が地下何階に居るのか解らなくなった。更にターキッシュは、三上へ見せたホラー映画に地下だけでなく海底が舞台の映画もあった事を思い出すと、自分のいる場所への恐怖感を感じ始めた。


 とは言え、この状況を友人三上のいたずらと考えるターキッシュは、彼の設定への凝り方の驚きだけでなく、自分が今何階に居る設定なのかが気になりだした。


 少なからず" 自分が地面より下に居るなら、どれだけ離れているのか判った方がリアクションもしやすい" 等と考えたターキッシュは、仕掛人の三上の事を考えながら廊下に出ようと敷居を跨ごうとした。


 だが、ターキッシュが足を上げた直後に、彼は微かな揺れを感じた。その揺れは片足立ちの彼がほんの少し揺れる程に大きいものだった。


 何より、ターキッシュにとって問題は揺れの震度ではなく震源だった。ゆっくりとターキッシュは天井を見上げ、自分を揺らした微かな揺れが確実に上から来た事を察知したのだった。


「はぁ…三上め、流石にこれはやり過ぎだろ…」


 ハーフであっても日本生まれの日本育ちのターキッシュは、日本人に備わる地震への耐性がきちんとあった。その感覚が明確に地震の揺れではないと脳に教えると、ターキッシュのドッキリのリアクション等というどうでもいい考えが吹き飛び、三上への文句を呟くのだった。


「"好奇心は猫も殺す"って母さんが言ってたし…当分ここに居るかな…」


 突然の揺れに好奇心より不安や恐怖が先行したターキッシュは、扉に背を向けると再び部屋の中央へ歩き出した。


 そんなターキッシュは、あと数歩で部屋の中央という所で再び激しい揺れに襲われた。その揺れは先程のものより圧倒的に強く、ターキッシュの体を強く揺らす程だった。


 大きな揺れに体勢を崩されたターキッシュは、膝を突くと連続で襲ってくる揺れに両手さえもついたのだった、彼は天井を見上げ、今起きている揺れの震源が明確に自分の居る地下階層へ近付いており、その強さもみるみる増加している事に気付いたの立った。


「おいおい!爆発は流石に手が込んで…やり過ぎだろ!」


 ターキッシュがリアクションとして叫ぼうとした時、彼の居る部屋の天井にヒビが入ると煙を上げて砕け落ちた。目と鼻の先に落ちて行く天井の破片と衝撃に、ターキッシュは慌てて伏せつつ顔や体を庇うように体を丸めた。だが、その衝撃にはターキッシュでも耐えられず、質量のある金属の塊の落下に吹き飛ばされたのだった。


「うぐぅ!おっ、俺を何だと思ってんだ、あいつは!」


 突然の衝撃を前に、ターキッシュは元凶と考えた三上へ怒鳴る事しか出来なかった。


 数回床を転がったターキッシュは、あまりの衝撃に十数秒意識を失った。それでも、歪む意識を持ち直すと彼は立ち上がり、目の前の惨状を見詰めた。


「三上の奴…俺はスタントマンじゃないんだぞ!」


 叫んだターキッシュの視線には、崩れた天井とそこから見える上の階の一室が見え、床と天井の間に張られた配線が火花を上げていた。そこから視線を下げた彼は、目の前の残骸にふとした違和感を覚えた。


 その残骸は明らかに部屋に使われている金属材質とは異なった金属であり、壁内構造であるにも関わらず水色と青と紺のスプリッター迷彩がされていた。不自然な点はそれだけでは無く、その金属塊は左右を表す緑と赤のナビゲーションライトが所々に輝いていたのだった。


「なっ…バーチャルリアリティーか…」


 いきなりの急展開に、ターキッシュは混乱する思考で思わず呟いた。


 だが、呟いた本人でさえバーチャルリアリティーには専用ゴーグルが必要であるという事と、空間に投影出来る立体映像が実用化されていない事実を知っていた。


 それでも、ターキッシュは目の前で重低音を響かせる鉄の塊が手足の様なものを床に突き、その背中や腿の裏から青白い炎を吹き出し立ち上がる姿を見たことでその考えをひたすらに信じたくなった。


 何時の間にか、ターキッシュの前に立ち上がった鉄の塊は人の形をしていた。頭部は三角錐を横に倒した様な形をしており、頂点には青く光るカメラの様な物が1つ付いていた。東部側面には戦闘機の機首に描かれる様なシャークマウスが描かれ、その人型に不気味さを持たせていた。


 胴体は細身であり、四角いブロック状の胸と腰は分割され、その間は四角い体軸と胸部を支えるように配置され腰へ斜めに繋げられた油圧シリンダーで接続されていた。その細身な胴体は、不思議と見た目に対して決して脆弱さを感じさせなかった。


 そんなコンパクトな胴体と打って変わって、手足は豪腕豪脚そのものといった大きく太いものであった。肩から指先まで全てのパーツが長方形を繋ぎ合わせた様なその腕は、無骨ものであり、その頑丈さが外観から判る程だった。足も同様にブロック状の鉄塊をモーター関節で繋げた様な無骨なものだった。


 手足と胴体に大きなギャップを持つ人型機械は、その9m程の巨体でターキッシュの前に不気味に輝くカメラを揺らめかせながら立ち上がった。


 その立ち上がった人型機械は、右膝立ちになるとターキッシュへ拳を握った右腕を突きだした。その腕の装甲の中央に隙間が出来ると、上部を斜め上に開き中から巨大な3銃身のガトリング砲を現したのだった。


「やっと…8年越しにやっとだ…」


 ターキッシュは、突然人に向けるには余りにも威力のありすぎる凶器を向けられ理解が追い付かなかった。さらに、その凶器を向ける機体から調子が悪いのか所々音の割れるスピーカー越しに声が唐突に響いたのだった。


 その声は、多少加工された上に調子の悪いスピーカーから流れるため、ターキッシュには英語である事と話の内容しか解らなかった。


「はっ…8年?三上がそんな設定厨だったとは…」


「そんな体を使ってまで生き残って…黙れ、ゴキブリ!」


 仕掛人であろう人物に声をかけたターキッシュだったが、その言葉は人型機械の左腕が床に打ち付けられた衝撃や叫び声で遮られた。


 その衝撃に、ターキッシュは自分の目の前の光景が空想でも妄想でも無い現実と理解した。それと同時に目の前の巨大な人型機械が現実の品だと判った途端に、彼は身を竦み上がらせながら後ろに数歩たじろいだ。


 そんなターキッシュを嘲笑う様に肩を竦めた人型機械は、改めて右手のガトリング砲を彼へと構えた。


「天誅だ!裏切り者!」

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