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「3分で30万円だ」

 その薄暗く広い部屋の中には無数のコンピューターと計測器、そして床には無数のケーブルが敷かれていた。


 計器は素人目にも1台数百万円は下らないと思える物ばかりであり、その計器の中でも機器の中央に鎮座する巨大な円筒は、その前に立つ2人の男の片方に期待、もう片方に不安を感じさせたのだった。


「なぁ、三上…本当にこれに入るの?それに、何で俺?俺は、"いいバイト紹介する"って言われたからここに来ただけだぞ?」


「安心しろよ、ターキー。こいつは俺が作ったんだぞ?」


 不安の言葉を漏らす男は、黒く切りそろえられたスポーツ刈りに背丈が170㎝であり、モミアゲと繋がりかかった不精髭に明るい茶色の瞳を除けば、その見た目はどこにでもいるような風貌のおっさんである。


 ターキーと呼ばれたその男の直ぐ近くでは、少し長めの銀髪の男が片手のノートパソコンを操作しながら彼に対して笑みを浮かべて励ます様に語り掛けた。ターキーに三上と呼ばれたその男は、身長が彼より20㎝程高かった。堀の深い彼の顔は日本人名と反して外国人やヨーロピアンにしか見えなかった。


「それが余計におっかないんだ。なによりだ!4日前に実験バイトの連絡受けてから、俺はちゃんと"そのバイトをやる"って言ってない!なのに、俺を玄関先で拉致って神奈川の奥地の母校の研究室に連れ込んで……何も説明せずにやれ"この装置に入れ"だ?いくら幼馴染みでもおかしいだろ?!」


「だって、なぁ?我らがターキッシュの"考えておくから、後で連絡する"は"連絡しないしする気もない"って事じゃん?ならさ、いつも通り拉致らなきゃ!」


「はぁ……激しい人権侵害だ……」


 パソコンと見詰め合う三上の旋毛を人差し指で捻り押しながら、ターキッシュは負の感情が籠った声で文句をひたすらに垂れ流した。その行動に、三上は懐かしむ様な笑みを浮かべながら彼の手を払い、立ち上がるとターキッシュの眉間を仕返しとばかりに突っつくのだった。


 理不尽な三上の発言に肩を落としてため息をつくターキッシュは、実験器具であろう円筒の元へ歩く彼に呆れるように呟くのだった。


「ところでターキー、俺の大学の専攻、憶えてる?」


「遺伝子工学とクローン技術だろ。理科の教員免許を持ってる俺より遥かに凄いよな」


 円筒近くの台にパソコンを置くと、三上は隣に立つターキーの頭を肘置きにしながら自分を指差し尋ねた。彼に肘置きにされた事を不服に思いつつ、三上をジト目で睨み上げながらターキッシュは露骨に不服を込めて答えたのだった。


 その回答に反応するように指を鳴らしながら、三上は笑顔を浮かべてターキッシュの眉間を指差した。


「流石にハーフだ。クローンの発音が良いな」


「うるさいな、俺は日本人だ。ハーフじゃない。それで、この個人用バスタブが遺伝子工学やクローン技術と何の関係があるの?」


「個人用バスタブって…お前なぁ、俺の研究成果をなぁ」


 三上の腕をゆっくりと払いながら、ターキッシュは彼の茶化す言葉に反応しつつ目の前の円筒について尋ねた。


 尋ねられた三上は、ターキッシュの皮肉に顔をしかめてながらも自慢気に腰に手を当て、胸を張ると右手で軽く咳払いをしたのだった。


「クローンはさ、遺伝レベルで同じ生物を作れる。だがな、遺伝レベルには同じでも生物的に全く同じ…つまりは、行動も思考も同じ生物は作れないって事だ」


「"ハンバーガー・ターキッシュ"って感じ?」


「ハンバーガーばっか食べていたら、クローンにも"友人を思う心"が溢れるかもな?」


「ぬかせ……」


 三上の説明に軽口を返したターキッシュへ、彼も同様に軽口を言った。2人は一瞬静かになると、ほぼ同時に吹き出して笑った。


「ハハハハ!ホントに、なんでこうも俺はお前にブンブン振り回せるんだか!それで、これは何なんなのよ?」


「くくくっ……つ、つまりだ……この"個人用バスタブ"だの言われてるこのカプセルは、生物の記憶をコピーする装置とでも考えればいい。こいつを使えば、クローン人間は本物に成れるって訳だ」


「クローンを本物って…いやいや、そんな人体実験に親友を参加させるか?」


 笑い続けながら説明する三上と対称的に、少し前まで笑っていたターキッシュは冷めた表情で彼を見た。その表情はただ呆れているだけでなく、更なる不安と疑いが混じっていた。


「クローンの実験ってのは、結構面倒なんだ。最近は特に政府が…まぁだから、関係者は少なく信用出来る奴だけにしたい。高校からの仲だろ?」


「お互いもう35だ。そういう大切な事はしっかりしなきゃ駄目だろ?お前は俺と違ってちっとは有名だし。それに、他人に記憶を見られるとか…無理だ」


「店で女抱きまくってる所は見ないから」


「ばっ、バカ野郎!人を性欲魔神みたいに言うな!そういう記憶じゃ…帰るぞ!」


 頼む三上の言葉に難色を示すターキッシュに、彼は肩を組むと耳に口を寄せた。三上の耳打ちの内容に顔を真っ赤にすると、ターキッシュは部屋の扉の方向へ向くと言い放ったのだった。


 そんなターキッシュの背中を見詰める三上は、腕を組むとカプセルに寄りかかり上面のガラスで出来た蓋から中身を覗くのだった。


「第一だ!大学教授が大学に黙って秘密の研究か?お前は何処ぞの死神な博士か?そんなんバレたら逮捕だろ?それに俺の彼女の会社は新燃料エンジン開発の資金不足だが軌道に乗った。今の話は何も聞かな…」


「3分で30万円。なんなら銀座で朝まで飲もうや、俺の奢りで」


「"やります!僕が乗ります"」


「下手な物真似」


 三上への心配と不安を述べるターキッシュに、破格の給料におまけを付けて彼が文句を封殺した。彼の言葉を耳にしたターキッシュは踵を返し物真似しながらポットの前まで速足で来ると、三上は満面の笑みで感想を述べたのだった。


 ターキッシュの同意を得た三上は、部屋の片隅に埃を被っていたロッカーから用意していた患者衣と紙を1枚を取り出すと彼に渡した。


「同意書なんて書くの?」


「ただのスキャナーだが、それっぽくて格好良いだろ?」


 患者衣に着替え、三上の用意した同意書に感想を述べつつサインするターキッシュは、彼の言った理由に頭を抱えつつポットへ寝そべった。


「伝達液を入れるから、その酸素マスクはしっかり着けろよ。直ぐに終わるから」


「へいへい…これって手術用の喉の奥まで入る奴じゃ…」


 三上の言葉を受けて、枕の近くに置かれた黒い袋の中に入っているマスクを取り出したターキッシュは彼に文句をつけようとした。


 だが、それより早くポットの蓋が閉じられると、その中に半透明な赤い液体が流れ込んできた。ターキッシュはその液体が肌に触れると痺れを感じ、慌てて瞳を閉じると意を決して酸素マスクのチューブを喉の奥に押し込んだ。


「夢の国っぽくいくか……"それじゃ、行ってらっしゃい!" 」

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