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「さて、これぐらいで落ちないで下さいよ…」

 シベリアの森林は、雪が積もった為に辺り一面が真っ白に染まり白以外の色を許さない世界となっていた。


 その白色に染まる森林の中に、薄っすらと灰色を見せるバトルドレスが蹲っていた。その機体は関節以外の装甲を真っ白に染め、関節には白色のシーリングが施され耐寒仕様であった。


「ファルコ〜ン…」


「マチルダさん、警戒任務中ですよ」


「なんでだぁ!なんで1秒間も待てんのさ〜!」


 青い瞳を輝かせるサメの様な頭に、生産性を優先した直線的でスパルタンな印象を与える機体の中で1人の女が叫んだ。女はコックピットのシートに小柄な体を体育座りで寄りかからせ、白髪の長い三つ編みを指で遊ばせながらゲーム機のコントローラーを操作していた。深紅の瞳に反射させるコックピットの機器へ固定したゲーム画面では、彼女の操作するキャラクターがステージ外へ吹き飛ばされていた。


「あ~ん、もう!これだから格ゲーも警戒任務も嫌なんだ。待ちとかフレームで戦うのは勘弁なんだよ…」


 マチルダと呼ばれた女は、集中を途切れさせた無線に文句を言うと、子供体型の短い腕でコントローラーを乱雑にコックピットの端に自作したと見えるラックに置いた。ゲームに白熱している間にずれた眼鏡を掛け直し、そのまま彼女は大きく背伸びをして首をならすと、大きな身振りでシートに座り直した


「しかし…まだ来ないのかね、例の"黒い悪魔"君は?というか、悪魔と言えば白じゃないの?どうよ、白服ちゃん達?」


 シートの上での肩を回して関節を鳴らす女は、コックピットの操縦グリップに付いたスイッチを操作し、機体の頭を下に向けさせた。下を向いた機体の前方モニターには、女の乗る機体の足元やその周辺で作業をする冬季迷彩を施したボディアーマーを着て銃を持つ歩兵達が作業を行っていた。


「マチルダさん、何を言いたいのか解りかねます」


「いやさ、"連邦の白い…まぁ、良いや。君達は赤服だ青服になるので必死だもんね。そもそも白服じゃアニメなんて観れないもんね」


「マチルダさん。旧時代の映像娯楽の閲覧は赤服の方々でも規制されています。勝手に持ち込んでるゲームのソフトだって殆ど規制の掛かった品でしょ?」


「形骸化されてる規則に縛られてるから、君達は偉くなれないんだよ。必要なのは心の余裕さ」


「はぁ〜…男なんて獣の出てくる物を見て何も感じない貴方の根性は、見習いますよ」


 機体の足元近くに止まっていた装甲車の砲塔から身を出し警戒する兵士は、ヘルメットの前面装甲を上げながら機体の頭部へ顔を向けて言った。そのヘルメットの中には、年端もいかない少女であった。


 そんなゲームへの集中を削いだ張本人に、マチルダは諭す様な穏やかな口調で話したが、彼女の話の内容に対して少女は眉をしかめた。呆れる様な口調でマチルダへ指摘した少女に、彼女はのらりくらりと言い返した。マチルダの言葉に、少女は溜息をつきながら前面装甲を戻して再び警戒に戻った。


「あぁ、素晴らしきフェミアン。ホント、パラノイアみたいだ…皆は素晴らしいみたいだけど…」


 通信を切った上での呟いたマチルダは、辟易とした表情で再び視界を動かし上空へ向けた。


「こうも青空ばかり見てると、何か歌いたくなるな…I can't stop this feeling!」


「こちら第2小隊、例の悪魔だ!総員戦闘配置!」


 青い空がモニターいっぱいに広がる中で歌い始めたマチルダは、突然無線に響いた女の声に不満な表情をした。


「盛り上がり始めた時に、何時もこれだから…まぁ、良いけど」


「第3小隊のスナイパー、聞こえているのか!返事をしろ!」


「はいはい!聞こえてますし、見えましたよ…」


 愚痴るマチルダの耳に無線から怒鳴る女の低い声が響くと、彼女は淡々とした口調で返事をした。


 その後に少し呟くと、マチルダは着ているパイロットスーツの手足や背中に付いているコネクターをコックピットの接続部に繋げた。


「エンジェル・ハート起動」


 マチルダの言葉に呼応して機体は微細な振動を起こし、モニターに起動を知らせるメッセージが浮かんだ。


「パイロットと機体操縦システム接続。総合チェックシステムC起動…異状なし」


 手に握ったグリップを操作し機体をチェックしたマチルダは、自身の腕を少し動かし乗機に背中へ懸架された大型のライフルを取り出させた。


「さて…それじゃあ、お仕事しますか」


 呟いたマチルダは、ジャーマンスタイルの座射狙撃の姿勢を取った。その動作に連動して彼女の乗る機体の額に付いたバイザーが顔を覆うと、六角形の頂点と中央に設置されたカメラが光った。


「第2小隊、こちら…」


「聞こえている、Ⅲ-Ft453511。Ⅳ-Ag154426だ。例のアンノウンはお前の後方高度11482フィートを降下している。何度か森に紛れたから衛星も見失ったんだろうな。たが、今度の降下は着陸する為の降下だ。」


 高圧的な口調でマチルダに話し掛ける女の言葉に、彼女は不満を主張するように鼻から荒く息を吐いた。


「あのさ…その呼び方やめてくれない?」


 頭を抱えて横に振りながら、マチルダは無線でⅣ-Ag154426と名乗った女へ言った。


「何故だ?これが私達の名前であり、製造番号だ。問題無いだろう?」


「味気ないじゃん?そんなのさ…」


「私達新人類が、旧人類の習慣やら文化を引き継ぐ謂れは無いだろう」


「新しいとは言え、人類は人類だ。学ぶべき事もあるでしょ?」


 マチルダへ否定的な口調で指摘するⅣ-Ag154426に、彼女は多少苛立ちを含んだ口調で反論した。


 マチルダの反論にスピーカーの向こうから大きな舌打ちが響くと、彼女は大きく溜息を付いて頬を掻こうとした。その動きが乗り込んでいる機体に連動している事に気付くと、マチルダは溜息をついた。


「ホント…気が滅入るよな…」


「貴様の腕を信用している訳ではない。3年間もタチバナを取り逃がしているんだから…だが、お前は一応エーススナイパーだ。滅入るのは終わってからにしてくれ。」


「いきなりデレるなよ…目標高度、2130フィート。見た目こそシュヴァルツェ・ビーネだが、別物だな」


 ひっそりとした呟きを拾ったⅣ-Ag154426に、マチルダは苦笑いを浮かべながら正面モニターに映る機体を見た。広げた翼からアフターバーナーを吹かす漆黒の機体は、密林の暗がりならまだしも青空の中では一際目立っていた。


 その機体の見た目に感想を漏らしたマチルダは、深く深呼吸すると首を鳴らした。


「スナイピングバイザー、セット。第2小隊は私の狙撃と目標の沈黙まではその場で…」


「Ⅲ-Ft453511、私達は第2小隊だ。貴様からの指示は受けん。狙撃が失敗した場合は即座に戦域へ突入する」


「バカ!混戦でのダイレクトサポートなんて…あんた等みたいな下手クソ4機の軌道なんて予測出来るか!」


「ならば撃ったら奥に引っ込んでいろ。お前はともかく、議長のお気に入りで専用機を貰う第3小隊にばかり戦果を取らせものかよ」


「その専用機持ちのお嬢さん達がやられたって…」


「Ⅲ-Ft453511、目標が降りるぞ!」


「あぁん、もう!第2小隊は好きにしろ!全機無線封鎖!」


 マチルダの指示に反論したⅣ-Ag154426の急かすよな大声に、彼女は1番深い溜息をつくとコックピットで頭に狙撃用のバイザーを固定した。コックピットに連動し、機体のサメの様な頭部の額に備え付けられていた水中用のゴーグルに似た装置が機体の目元へ下りて覆うと、そのバイザーのモニターに黒い機体が映った。


 コックピットのマチルダは視界に幅跳びの着地の様な姿勢をする漆黒の機体に口をへの字に曲げると、そのバイザーに映る風向きや地磁気の数値を確認した。


「南西の風に地磁気5321か…しかし、予定と大きく異なったなぁ。こっちに来るなんて聞いてないよ。誰が入れ知恵した事か…」


 コックピットで呟くマチルダは、漆黒の機体の肩を掠めるように狙いを付けた。


「出力40%で誤差修正。頼むぞ変に動くなよ」


 マチルダの指示に、バイザーに映る出力の数値が変化し機体が手に持つライフルの銃身が2つに分かれ隙間から青白い電流が迸った。すると、バイザーに映る照準が少し移動し黒い機体の肩上までずれた。


「照準誤差修正よし。さて、これぐらいで落ちないで下さいよ…」


 グリップを握るトリガーに力を込めたマチルダは、呟きなが照準を直し歯を食いしばった。


 その瞬間、黒い機体はマチルダの方向へ振り返り姿勢を崩した。その突然の行動に照準修正か追いつかなかった彼女はそのままトリガーを引き、ライフルは銃身の隙間から猛烈な電流を流すと砲弾を黒い機体に対して撃ち放った。その砲弾は目標の肩の少し上を流れると、黒い機体は驚いた様に手足をバタつかせると高度を一気に落とした。


「気づかれた!勘がいい奴っちゃなぁ…まぁ、この際良かったけど」


 高度を落とす黒い機体に対して、マチルダは安心したように呟いた。その頬には薄っすらと笑みさえ浮かんでおり、グリップのトリガーに掛けた指からは力が抜けていた。


 だが、そのバイザーの映像に黒い機体の遥か前方に巻き上がる雪と友軍機の識別映像が浮かぶと、マチルダは慌てて指をトリガーに掛けた。


「ばっ、馬鹿!マジですか、本当に出てくるのね。お前さんも頭を取られるなよ、早く上昇せいや!」


 黒い機体に襲いかかろうと現れた第2小隊に苦言を漏らしたマチルダは、第2小隊の登場に驚く黒い機体の足元へ狙いをずらした。


「出力20%。地磁気の…えぇい!どうとでもなれ!」


 地磁気による照準の誤差を修正せずに放たれたレールガンの砲弾は、狙いを付けた足元ではなく黒い機体の左脹脛に直撃した。


 その直撃に顔を青くしたマチルダだったが、機体の無傷を確認すると安堵の息をつきながら機体を膝立ちさせつつバイザーを上げた。


「おっどろいた…20%でもトーラスの装甲ぐらいは凹むってのに、あれまぁ、無傷ですかい…」


 驚くマチルダは、自分の射撃によって慌てて上昇する黒い機体を見ると狙撃用バイザーを外して呟いた。正面モニターに映る黒い機体と、それに対峙する様に接近する第2小隊の大型機体であるゲシュペンスト4機を見た彼女は自身の機体を立ち上がらせるとライフルの銃身を戻し背中へマウントした。


「白服さん達!こっからはバトルドレス同士の戦闘だから、対装甲装備無い人は退却。持ってる人は少し離れて待機」


 立ち上がるマチルダの機体から離れる歩兵達に、彼女はスピーカーで指示を出すと足元に気を付けながら森林の中を歩き出した。


「了解、それでは予定地点で待機します。マチルダさん、ご武運を」


「はいはい、気を付けてね〜」


 多くの兵士達がマチルダの指示と機体が手を振った事で後退し、装甲車の砲塔の少女が敬礼をして励ましの言葉と共に走っていった。


 そんな兵士達の後ろ姿を見ながら、マチルダは頭の後ろで手を組みながら森林の中を歩き出した。


「まぁ、あんな鈍足4機相手に遅れを取るようじゃ先は無いしな…せいぜい"見せてもらおうか、新しいタチバナの性能とやらを"ってやつ?」


 マチルダがコックピットで呟き、頭の後ろで手を組んだ鋼鉄の巨人が森の中を数歩進むと、雪を巻き上げる風と共にその姿が消えた。

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