二、トキメキトキス
「主役に歌える子を探している?」
「そうなの。美琴の知り合いに居たら助かるんだけど……」
「うーん……」
そう言われて美琴の脳裏に浮かんだのは、先日知り合ったばかりのバンドマンの青年だった。
(いや、でも高校生だしなぁ。流石に昼間は出ないか?)
ダメ元で、交換した連絡先に掛けてみると、ツーコールで低く掠れた低音が『はい、』と応答した。
「あ、ケイくん? 柊木です。覚えているかな? この前、一緒に焼肉に行った――」
ゴン。
鈍い音がスマホの向こうで響く。
「今、すごい音したけど、大丈夫? どこかぶつけてない?!」
『だ、大丈夫っス。すんません、寝惚けてて……。姉ちゃんと間違えました』
姉ちゃん。お姉さんが居るのか。
それでちょっと甘え上手なところあるのかな、と美琴が瞬きをしていると、遠慮がちな声で『な、何か用があったんじゃ、』と言われて、本来の用件を思い出す。
「あー、えっとね。今度放映の決まったアニメなんだけど、主人公に歌える人を起用したいらしくて……。出来れば新人さんを使いたいってのが先方の依頼なんだけど、ケイくんが良かったらオーディションに出てみない?」
『……出ます』
「お、おう。即答ね。あ、でもオーディションは来月の半ばだし、バンドの活動もあるだろうから、ゆっくり悩んで決めてね」
『あの』
「んー?」
『美琴さんは出るんですか?』
低くて、甘い声が耳朶を撫でる。
背筋を撫でられたような錯覚に、美琴はきゅっと唇を噛み締めた。
「本当はまだ言っちゃいけないんだけど、ヒロイン役で出させてもらうの。知り合いも何人か参加するし、それならケイくんもどうかな、と思って誘ったんだ。まあ、結果はプロデューサーや監督たちが決めるから、何とも言えないんだけど……」
――ケイくんならきっと受かるよ。
次からは絶対二度寝しない。
圭一は心にそう誓うと、早速バンドメンバーの一人である幼馴染の淳の家に突撃した。
「あっくん!!」
「……てめえはよ、何度言えばベランダから不法侵入するの止めるんだ」
「と、言いつつ、窓の鍵をかけない優しいあっくんなのであった」
「暑いから開けてただけだ。エアコン壊れてんだよ」
はあ、と長いため息を吐き出した淳は、ブツブツと文句を垂れながらもリビングに行って、冷えた麦茶を持ってきてくれた。
「へへ〜ありがと〜」
「ったく、締まりのない顔だなァ。何だ? 何か良いことでもあった?」
「実はさ〜」
先程掛かってきた電話の内容を淳に伝えると、彼は一瞬だけ驚いたような顔をしたが、圭一の夢が何かを思い出すと、僅かに肩を竦めて苦笑を浮かべた。
「いいんじゃね。もともと、俺の趣味に誘ったようなもんだし、お前がやりたいことすれば」
「あっくん!」
「ただし、お前の声は俺らにも必要だってこと、忘れんな。それがきっかけで売れても、バンドと声優の両立はしろよ」
「あっくんんん!! わーん、大好きだよぉ〜!!」
「うっわ、汚ねえ。おい、鼻水擦りつけんな。ぶっ飛ばすぞ!」
ぐすぐすと年甲斐もなく泣き喚く二つ下の幼馴染に、淳はそっと目を細めた。
引っ込み思案で、根暗だなんだ、と虐められていた彼の声に惹かれたのは淳の方だった。
中学生になる頃には、完全な引きこもりと化した彼を無理やりバンドに誘ってギターを持たせてみれば、あら不思議。
甘い低音で奏でられるメロディはあっという間に周りの人間を虜にしてみせたのだ。
「ほんと、この天然人タラシめ」
「え、何? 何か言った?」
「んでも、ねーよ」
こつん、と彼の額を軽く小突く。
痛いよ、と文句を言いながら笑った圭一の顔は、初めてのライブが成功した夜と同じ顔だった。
「じゃあ、次の方。どうぞ」
「はい。よろしくお願いします」
そこに立っているだけで目立つ赤い髪が、汗で額に張り付いているのが、ここからでもよく見えた。
「知り合いなんでしょ? 中に入ってあげればいいのに」
「いや、私のファンって言っていたからさ。入ったら余計緊張させるかなって」
「あー確かに。みこりんに見られていると思うと身が引き締まる感じするもん」
「えー? そんな風には見えないけど?」
「するって。今も若干してるからね?」
「どういう意味よ、それ〜」
冷花と笑い合いながら、美琴は視線を部屋の中に移した。
小さな窓越しに見える圭一の姿はガチガチに緊張している。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました!」
最終選考に残ったのは圭一を入れて五人。
応募人数から考えるとこれでも絞った方だ、とは選考した監督と今回プロデューサーを務める先輩声優の言である。
「……ケーイくん」
「うっわ!? びっくりしたぁ! 美琴さん!! お疲れ様です!!」
「どう? 手応えあった??」
「わ、分かんないです。俺なりにやってみたつもりですけど、絵と声を合わせるのがあんなに難しいとは……。美琴さんたち声優さんってマジですごいんスね」
へにゃりと眉を下げる笑い方は癖なのか、妙に様になっている。
「結果は来週発表されるらしいんだけど、私は結構ケイくんの演技、良かったと思うよ?」
「うえ、ま、マジっすか?」
「マジマジ」
嬉しそうに破顔した圭一につられて、美琴も口元に弧を描いていると、不意に肩へと誰かの腕が回った。
「おやおや〜? 天下の柊木美琴が褒めるとは珍しい。さてはこの子が噂のキスマークくん??」
にやり、と人の悪い笑みで圭一の頰を冷花が突き回す。
「キ!? ち、違います!! く、口紅でサイン書いてもらっただけで!」
「ちょっとれいちゃん!! 変なこと言わないでよ! この子まだ未成年なんだからね!!」
二人して、頰を薄っすらと染めながら反論すれば、冷花は唇を尖らせて「はーい」と美琴の拘束を解いた。
「なぁんだ。未成年か。残念ね、みこりん? みこりん好みの低くて甘い声だったのに」
「れいちゃん? いい加減にしないと怒るわよ??」
「げげっ。お仕事行ってきまーす!!」
脱兎の如く逃げ出した冷花の背が消えるまで睨みつけていた美琴だったが、ふと静かになった圭一が気になって振り返った。
「ケイくん?」
「え、うあ、はい」
何スか、と平静を保っている風に聞き返してくるが、その声は少しだけ上擦っていた。
「えっと……」
「だ、大丈夫です。すぐ、治るんで」
「そ、そう?」
こくり、と頷いた彼の肌は赤く上気していた。
一体何が琴線だったのだろう。
隣にそっと立つと、圭一の肩が大袈裟なまでに跳ねた。
「み、ことさんって」
「うん?」
「今、フリーなんですか?」
前髪の隙間から覗く琥珀色の目が、じっとこちらを見つめている。
こてん、と頭が傾げられている所為で近付いた距離に、美琴は戸惑った。
「そうだけど、どうして?」
「年下は嫌い?」
「……そんなことは、ないけど」
その言葉を合図に圭一の指が、美琴の手の甲を柔く這った。
「じゃあ、俺も望みある?」
緊張で上擦った、低くて甘い声。
耳に残るその声に、美琴はぐっと息を詰まらせる。
「さあ? どうかな? だって私、君が私のファンで焼肉が好きな男の子ってことしか知らないし」
「えー……。何それ、ずるくない?」
「大人って、ずるいものでしょ?」
ふふ、と笑ってこの話は終わりだと誤魔化そうとすれば、熱い掌に手首が捕まった。
「じゃあ、俺は俺のやり方で口説くけど、良いよね?」
「え?」
――ちゅ。
額に触れた感触に、美琴が瞑目していると、呆けた拍子に開いた唇へと噛み付かれた。
とても子供とは思えない荒々しいキスに戸惑っていると、ポケットに入っているスマホが鳴り響いた。
ぎくり、と身体を強張らせたのは一瞬で、スマホを取る余裕すら与えられない。
漸く解放された頃には、美琴の頰は羞恥と戸惑いで赤く染まっていた。
「ど? 気に入った?」
「……んなわけないでしょ! このエロガキ! バカなの!? ここスタジオっ!?」
しぃ、と唇に指を当てられて、先程までの濃厚なキスの感触を嫌でも思い出す。
「美琴さんのえっち」
それに気付いた圭一がへらり、と笑う。その顔がこれ以上ないほど嬉しそうなのがまた腹立たしい。
「どっちが!!」
「じゃ、おつかれっしたー! あ、美琴さん。これ、今度のライブチケット。良かったら来てね〜!」
「……最近の若い子ってほんと、わけわかんない」
受け取ったライブチケットが重い。
久しぶりに、人肌に触れた所為か、頰に上がった熱は暫く引いてくれそうになかった。
二話でいきなりキスさせるやつがいるか――?
ここにおります。はい。
いや、なんかもう自分でも分かんないですけど、盛り上がっちゃって……。
年下攻めいいなぁ。赤毛ってのがまたポイント高い。
赤毛好きなんですよ、赤毛もね。これはもうテイルズが根底にあるんで、詳しくはTOAググって見てもらって…。
冷花ちゃんの相手役、まだ考えてないんですけど、淳くんとか似合うんじゃないかと思いつつある。全然そんなつもりなかったけど←
次回。まだ何も考えてませんけど、収録編になると思います…!!そして、元彼とか登場させたいと言ってみる!!※フラグ