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声を聞かせて  作者: 神連カズサ
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一、リップサービス

声を聞かせて


 ――人はそれを、恋と呼ぶのだろう。

 

 テレビの中から聞こえてきた溌剌とした声に、圭一は心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥った。

『大丈夫。俺が必ず君を助けに行くよ』

 涙を流すヒロインに、ボロボロになった主人公が手を伸ばす。

『きっと助けに行くから』

 そう言ったのを最後に、主人公は意識を手放し、ヒロインは敵の手によって連れ去られてしまった。

「う、うあああ!! 気になる! 続きが気になるぅ!!」

「……煩いぞ、ケイ。さっさと準備しろ」

「待ってよ、あっくん。次回予告まで見たい!」

「録画してるんだから、家でゆっくり見ればいいじゃないか。早く着替えろ」

「分かってないな、あっくんは!! リアルタイムでで見ることに意味があるんだよ!!」

 ぎゃん、と悲鳴を上げた圭一の頭を叩くと、淳はため息混じりにギターを持って、先に楽屋を後にした。

 小さい頃から面倒を見ているとは言え、高校生になってまで面倒を見る羽目になるとは思ってもみなかった。

 図体ばかりがデカくなった子供とでも思えば良いのだろうか。

「おい! ケイ!! いい加減にしろ!!」

「だー!! 行くよ!! 今、行きますぅ!!」

 楽屋の中に置いてあった衣装に手早く着替えると、圭一は淳の後を追った。


 物心ついた時からアニメが大好きだった。

 取り分け少年漫画が好きで、週刊誌の作品がアニメ化されるとなると、仕事そっちのけで追っかけになったことも一度や二度ではない。

 今追いかけている作品も、連載当初からずっと追いかけていた大好きな作品だった。

 そして、圭一が熱を上げる何よりの理由は――。

(やっぱり、美琴さんの声はいいなぁ!!)

 主演声優の大ファンだったのである。

 今や国民的少年アニメの主人公から、しっとりとした大人の女性まで幅広い声を使い分ける女性声優――柊木美琴。

 いつか彼女と共演することを夢見て、圭一は今日もマイクの前に立つ。

 淳のギターが伴奏を刻みだす。

 その音に身を任せるように圭一はゆっくりと唇を開いた。


 おつかれさま、という声を合図に美琴は乾杯をしたばかりのグラスを一息に煽った。

 冷たいビールが喉を一気に駆け下りる。

「ぷはー! おいしい!」

「おつかれ、みこりん。今日も良いヒーローっぷりだったよぉ!」

「ありがと、れいちゃん。でも、いい加減にその呼び方はやめてほしいなぁ。この前もファンの子に呼ばれて恥ずかしかったのよ?」

「可愛いんだからいいじゃんか〜! 私なんか『レイレイ』だからね? 中国人じゃないっての!」

「ちょ、もう! 誰かこの絡み酒、回収してぇ!!」

 きゃらきゃらと笑い声を上げるのは、今をトキメク女性声優「柊木美琴」と「白沢冷花」の二人である。

 映画の収録が終わったことを記念して開かれた打ち上げパーティにはたくさんの人でごった返していた。

「あ、居た居た! 美琴!」

 肩を叩かれて振り返ると、マネージャーの明美が額に汗を浮かべて立っていた。

「ん? どうしたの、明美ちゃん」

「どうしたも、こうしたもないわよ。明日の打ち合わせしたいから、早めに抜けてきなさいって言ったでしょ?」

「あー、そうだったっけ?」

「そうよ。まったくこの子ってば、一仕事終えるとすぐ飲みたがるんだから」

「えへへ〜。というわけで、柊木帰宅しますっ! お疲れ様でした〜!」

 びし、と警察官の敬礼のようなポーズを決めると、美琴は明美に支えられながら、宴会会場を後にした。

 少しだけ冷たくなった夜風が体温の上がった肌を心地良く撫でる。

「ここで待っていてね!」

「はぁーい!」

 車を回してくるから、と既に走り出した明美の華奢な後ろ姿を見送って、美琴は肩を竦めた。

 事務所が大きくなったにも関わらず、所属しているマネージャーは十数名。そろそろ、過労で誰か倒れるのではないか、と心配になってくる。

 おまけに、俳優や歌手、果てはモデルまで兼任している明美は身体がいくつあっても足りないだろう。

 いい加減、担当を外れてくれと頼んでも、事務所設立時から美琴のマネージャーを務めている彼女はそれを頑なに拒んだ。

 曰く、美琴はしっかりしているように見えて、どこか抜けているから心配なのだと。

 そう言われてしまえば、無碍に断ることもできず、美琴は苦笑を返すことしか出来なかった。

「あ、あの……!」

 不意に、声を掛けられて、美琴はハッとした。

 職業柄、人前に顔を出すことも多いというのに、顔を隠すこともせず、普通に街頭で突っ立ってしまっていたのだ。

 明美に見られていたら間違いなく「ほらね!! もう少し芸能人の自覚を持ちなさい!」とお叱りを受けること必至である。

「はい?」

 恐る恐る振り返れば、そこには目深にフードを被り、黒いマスクをして、伊達眼鏡を掛けた男が立っていた。

 ふ、不審者だ、と思わず心の中で呟いた。

 周りに人はいない。

 助けを求めようにも、スマホの入ったカバンは明美に預けてしまった。

 どうしよう、と思案しながら身体を固めた美琴に対し、男が再び口を開く。

「これ、落とされましたよ」

 それは、美琴のイヤホンだった。

 周囲の音をシャットアウトし、曲に集中できるという今流行りのワイヤレスイヤホンである。

「あ、ありがとう?」

 ぺこ、と頭を下げて去ろうとした男であったが、ふと何かに気が付いたのか、弾かれたように顔を上げた。

「もしかして、柊木美琴さんですか!?」

「え、ええ。そうですけど」

「やっぱり!! 一瞬、声が似ているなと思ったんですけど!! ファ、ファンです!」

 声の感じからして、若い――高校生くらいの男の子のようだった。

 緊張しているらしく、伸ばされた掌が少しだけ震えているのが可愛い。

「ありがとう。嬉しいわ」

「よ、良かったらサインもらえませんか!?」

「ええ。良いわよ。これを拾ってもらったお礼に。何か書くもの、持ってない?」

 マジックか何か無いか、と聞いたつもりだったのだが、青年は至極真面目な顔をして、ポケットから口紅を取り出した。

「こ、これしか持ってないんですけど……」

「逆にどうして持っているのかが、とても気になるわね。彼女さんの?」

 くすくすと笑いながら、口紅を受け取ると彼は照れたようにはにかみながら、自分が着ている白いシャツを下に引っ張った。

「バンドやってるんですけど、多分メンバーのやつを自分のと間違えちゃって……」

「へえ、すごいね。何ていうバンド?」

「エヴァン、っていうバンドっス」

 猫のように細められた眦が印象的な子だった。

 ふにゃり、とだらしなく下がった眉毛が少しだけ可愛い。

「エヴァンってこの前、テレビに出ていた?」

「すげー一瞬ですけどね。美琴さんに見てもらえたなんて嬉しいなぁ」

 照れくさそうに後頭部を掻くと、シャツに口紅で書いたサインを見て、嬉しそうに破顔した。

「本当に、こんなんで良かったの?」

「全然良いっス。めちゃくちゃ嬉しい……! ありがとうございます! あ、これ、俺らのフライヤーなんスけど、良かったらどうぞ!」

 そんじゃ、と元気良く片手を上げて去っていった青年の横顔を暫し、ぼうっとした頭で見送った。

 少し掠れた、甘い低音。

 美琴にはあんな声、出せない。

 低音は低音でも、精々声変わりするかしないか、ギリギリの少年が精一杯だ。

「……綺麗な低音」

「お待たせーってあれ、どうかした? ぼうっとして」

「え、ああ。なんでもなーい」

 思わずもらったフライヤーをポケットに突っ込んだのは、誰にも見られたくないという小さな独占欲が顔を覗かせたからかもしれなかった。


 それから、フライヤーをもらったのも美琴が忘れかけようとしていたある日。

 例の青年と美琴はエレベーターの中で再会を果たした。

「あ、美琴さん!! お疲れ様っス!!」

「どうも」

 妙に馴れ馴れしい子だな、と訝しんでいると青年がこてん、と首を傾げた。

「あれ? 分かんないですか? 俺ですよ、俺」

 イヤホンの、と続けられた言葉に、美琴はパチリと瞬きを落とした。

「え、嘘。あの時の!? うわー! 全然気付かなかった! 眼鏡とかないと印象めちゃくちゃ違うね!?」

「暗かったし、俺ライブ終わりで完全防備してたんで。実はこんな顔してました」

 じゃじゃーん。

 下手な効果音に、美琴は堪らず笑い声を漏らしてしまった。

 ウケたことに気を良くした青年が、綺麗に染まった赤い髪の毛を後ろに撫でつけながら「ひひっ」と悪戯っ子のような顔で笑う。

「改めまして、エヴァンのボーカルやってるケイです。よろしくお願いします」

 礼儀正しく差し出された手を笑いながら握りしめ、美琴は「こちらこそ」と返事を返した。

「ケイくんは今日、これで仕事は終わり?」

「はい。ラジオのゲストに呼ばれただけなんで、もう上がりです」

「この後、予定とかある?」

「いや、何も入ってませんけど……」

「良かった。じゃあ、ロビーで待っていてもらえる?」

「?」

「この前の口紅サインじゃ、ちゃんとしたお礼になった気がしないし、ご飯に行きましょ」

 うふ、と茶目っ気たっぷりにウィンクをプレゼントすれば、髪の毛と同じか、それ以上に彼の顔が真っ赤に染まった。


 やばい。どうしよう。まじか。

 圭一から送られてきた片言のメッセージに淳は首を傾げた。

 返事を返すのが億劫で暫く放置していると、今度は着信音が鳴り響く。

『ちょっと!! 既読無視するなよ!! 幼馴染のピンチなのに!!』

「何? お前、ついに日本語も真面に使えなくなったの?」

『ちっげーよ! ほら、この前、言ったじゃん。憧れの声優さんにサインもらったって!』

「あー、あの俺の口紅で書いてもらった」

『そー!! その人と偶々スタジオが同じでさ、エレベーターで会ったんだけど、イヤホン拾ってもらったお礼にって、今から飯連れて行ってもらえることになった!!』

 きゃーとお前はどこの女子高生だと言わんばかりの黄色い声を上げた圭一に、淳は思わず眉間を抑える。

「どうでも良いけど、明日もライブあるんだから、ほどほどにしろよ」

『分かってるってー! じゃ、美琴さん来たから!』

 楽しそうな声音を隠そうともせず、電話を切った彼がどうか粗相だけはしませんように、と淳は顔の前で十字を切ることしか出来なかった。

 

「ケイくん、何が食べたい?」

 何ということでしょう。まるで夢でも見ているのでしょうか。

 某番組の某ナレーションが圭一の脳内でリピート再生を繰り返す。

「え、あ、あー……。肉? とかですかね……」

「オッケー。じゃあ、食べ放題の焼肉行こう!」

 俺は今、柊木美琴の車に乗っている。

 それも助手席に!!!

 まじか!

 心の中でぎゃーぎゃーと騒ぎながら、圭一は美琴の横顔に視線を移した。

 憧れの人が手を伸ばせば触れられる距離にいる。

 気を抜けば、だらしのない顔になってしまいそうで、圭一は必死になって眉間に意識を集中した。

「そういえば、ケイくんってさ」

「う、え、は、はい!?」

「どうしたの、急に。大丈夫?」

「だ、大丈夫です!!」

「ふふ、変なの。あ、さっきの続きだけどね、ケイくんってさ、何の作品で、私のファンになってくれたのかな?」

 差し支えなければ、教えてほしいです。

 ちょっとだけ、照れた風に語尾が上がる感じがたまらなく可愛い。

 思わずこれが現実かどうか確かめたくなって、圭一は自分の手の甲を思いっきり抓った。

 ちり、とやってきた鈍い痛みに夢じゃないことを認識して、心臓の音が耳のすぐ側から聞こえてくるような気がした。

「俺、昔から週刊少年ドリームが好きで……。そのちょっと古い作品なんですけど『クリムゾン』って漫画あったじゃないですか。そのオーディオドラマを聞いて、ファンになりました」

「え、待って。あれ一応デビュー作だからすごく覚えてるんだけど、めっちゃファン歴長いじゃん!? い、今何歳??」

「十七です」

「待って。現実を受け止められない。十個下!? 嘘でしょ??」

「め、免許、見ます?」

「いい。怖いから見たくない……」

 いやいや、と首を横に降る美琴に、圭一はふへ、と眉尻を下げた。

「なぁによ、その顔は」

「いや、何か可愛いなぁと思って」

「……それ、私のセリフじゃない?」

「えー? 何でっスか? 俺、そんな可愛い系じゃないと思いますけど」

 圭一が首を傾げながらそう言えば、美琴がくすりと笑みを零すのが視界の端に映った。

「年下って知ったのもあるかもしれないけれど、何か纏っている雰囲気がほわーんとしていて、見た目とのギャップが可愛いなぁって。あ、可愛いって言われるの嫌だったらごめんね」

 赤信号になって車が止まる。

 ハンドルに額を預けたかと思うと、吐息交じりにそんなことを言われて、圭一の心臓は一際大きく跳ねた。

 今が夜で助かった。

「そ、んなこと、初めて言われました」

 鏡を見なくても分かるくらいに、頰が熱い。

 気付かれないようにそっと俯けば、赤い髪のお陰で美琴には圭一の表情は見えなくなる。

 ぐ、と握り拳を作って、圭一は逸る心臓を何とか落ち着かせることに成功した。

 そのあと、すぐに見つかった大通りの焼肉屋で食べた肉の味は、まったく分からなかったが、楽しそうに笑う美琴の顔が頭から離れなかった。

昨日届いたキーボードの調子がすごく良かった――。

ただそれだけの理由で書き始めたお話ですが、設定はずっと前からあたためていたものでした。

もうお分かりかもしれませんが、年の差にすごく弱いです。

年下くんが頑張るカップルが好き。

まだ始まったばかりですけど、これから頑張ってくっついてもらうつもりなので、よろしくお願いします。

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