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009あかんこれ

「メロン……ッスね」

「三日月型に切ってあって、皿に乗せられてるね」

「ご丁寧にナイフとフォークまで添えられてるッス」

 半分くらいまで切れ込みが入ってるタイプの、コース料理の締めに出てくる本格派デザート。

「爆弾ではないから安心だけど、全く意味がわからないな、これ」

 一応周囲を見渡して他におかしな点がないか確認してみるが、これといって不審な点は見当たらない。この一角だけがツッコミどころ満載なのだ。

 ふと視線を積まれた本に戻すと、ごく自然な流れでマナちゃんがメロンを食していた。

「って、ええっ!? 大丈夫なの、それ」

「美味しいッスよ。一度食べれば極楽ッス。心わしづかみされまくりッスよ」

「逆に大丈夫なのそれ。あやしい薬とか入ってない?」

「ダイジョーブッスよ。はい、あーん」

 器用に一口サイズに切り分けたメロンをフォークに刺し、こちらに伸ばす。

 …………。

 ぱくっ。

 ……。

 こ、これはっ!

「美味い」

「でしょー、もっと食べるッスか?」

 見事にキャッチマイハートされてしまった。

「おかわりだ!」

「りょーかいッス!」

 ノリで言ったら本当にもう一口くれた。

 美味しいよ。美味しいけど、なんだこれ。

 本屋の一角で女性がメロンを男性に食べさせている図。

 さらにカオスな空間になってしまった。

「でもいいの? マナちゃん食べる分無くなっちゃうよ」

「あそこに丸々一個あるからダイジョーブッス」

 マナちゃんの指さした方を見ると小ぶりなメロンが一つ、いかにも果実入れらしいカゴに入っていた。お見舞いとかでよく見る取っ手付きタイプだ。

「あれ、よく見たらキャベツッスか?」

「いや、作画崩壊してない限りメロンだよ」

 作画崩壊してたとしてもメロンだけどな!

「そんなわけでまだまだあるッスけど、食べりゅッスか?」

 噛んだ。

「いや、もう十分だよ」

「そこは『食べりゅううううぅぅぅぅぅぅぅッッッ!!!!』って言ってほしかったッス」

 噛んでなかった。

 残念ながらこれは卵焼きでもないし、わたしは食べりゅ教に入信してもいない。

「てっきり『失礼。噛みました』とでもくるのかと」

「噛んでないッスから」

 どうもこれにはノッてこないらしい。

「マナちゃんの声は加藤英美里より水瀬いのりの方が合ってるッス」

「おっと、声優ネタはガチで戦争になるから以後絶対禁止だ」

「どんなメタネタでも割と寛容なシショーが本気の目をしているってことはガチッスね」

 ガチでダメダヨ♪


 本を積み上げるはずがメロンの皮を積み上げていた。空になったカゴには何となくラムネ瓶を入れてみた。ワインが入っているような高級感を演出……するには至らなかった。

 ただのゴミ置き場である。

 さて、罠を仕掛けて茂みに隠れる狩人の気分で遠巻きにしばらく待ってみたが、梶井基次郎は現れなかった。というか、ある意味檸檬を爆弾に見立てたのに負けじ劣らぬ異様な光景だったと思うのだが。

 いや、流石にメロンでは檸檬の鮮烈さには勝てないか。

「あー美味しかったッス。ここからは凄惨たるメロン死体遺棄事件の幕開けッス」

 犯人も判明していれば犯行動機も明らか、むしろ今自供したよね。

「この簡単な事件、読了までの三十三分間もたせてやる!」

「三十三分どころか三分で読めちゃうんじゃないッスか、この話」

 コマーシャル中に読み終える物語。


 さて、もうわたし達にできることはない。

「本の上にメロンを積んで、何食わぬ顔で店を出ていったら良いんスか?」

「メロンの皮だけどね」

 そもそも檸檬でないことはこの際考えないことにした。

 店の外に向かって歩き出す。

 このまま物語は終わってしまうのだろうか。

 店の場所は変わっているし、梶井基次郎には出会えないし、まったく摩訶不思議な物語である。『ティンカー』の正体も見当がつかない。

 店を出ようと出入り口から外に顔を覗かせた瞬間、景色が一変した。


 寺町通のアーケード。

 確かに丸善はそこにあったはずだ。

 それが何故か。

 通を覆う屋根はなく、軒先には古めかしい表紙の本が並べられ、道路はアスファルトどころか土色の地面がむき出しになっていた。

 通り抜ける風は心地よく、異国情緒あふれる外国を訪れた気分に陥った。

 さらに明るかった空模様は急に崩れだし、暗雲立ち込める様相を呈した。

 わたし達の困惑などお構いなしに眼前の景色は変容する。

 風切る音が耳を駆け抜けたかと思うとパラパラ、トタンを打つような音が無数に飛び込み、雨の匂いがふっと鼻をかすめた。

 その刹那、大量の雨が地面を打ち付け、轟音が辺りに巻き散らかった。

「雨……なのか? 雹みたいだな」

「雨というより飴ッスね」

 地面に叩きつけられる球体は、どうやら雨粒ではないようだ。地面に落ちては形を残し、次の粒とぶつかって音を立てながら弾け飛ぶ。

「ビー玉だ」

 やっと気づいた。色鮮やかな球体が雨粒の残滓として通りをカラフルに染めていく。様々な色がグラデーションをなすように敷き詰められ、どこかへ向かって流れていく。

 三条河原町を俯瞰から見下ろしたいと思った。

 その答えがこれなのだろう。

 それは蠱惑的であり、流れ行くものは『びいだま』とでも表現したくなるような幻想的な風景であった。

 ただ、打ち付ける音は激しく、わたしを現実へと引き戻す。

「春雨じゃ、濡れてまいろう、ってわけにはいかないな」

「春雨ジャム熟れたうゐらう?」

「……マナちゃんお腹へってるの?」

 熟れたういろうって腐りかけじゃん。

「ちなみに『うれた』じゃなくて『こなれた』ッスよ」

「絶対聞き間違えようがない表現!」

 補足すると、こなれたとは食べ物が消化されることである。

「雨が降り止むまでは帰れない、か」

 マナちゃんとのやり取りでいつも通りの物語に差し戻され、店の奥に引き返した。

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