6話 元魔王の少女
最近は屋台のラーメンやおでん屋をめっきり見なくなった。あれもまた居酒屋で呑むのとはまた違った趣がある。少し肌寒い位の気温の時に屋外で熱いラーメンを啜ったり、おでんに舌鼓をうち酒を飲みながら体を暖めるのは最高だ。
勿論騒がしい場所が苦手で1人で静かに飲みたい人間や理由があってそこを選ぶ者達もいる。
行政の結果か法律が厳しくなったのか最早過去の遺物といっても過言では無い屋台のおでん屋の場所を何故か知っていた同行者に連れられ席に着いて暫くたったが未だに酒にも当店自慢のおでんにも口を付けてはいない。
「何で俺魔王と飲みにいってるんだろ」
隣には美女、場末のおでん屋でにて逢引...なんて色っぽい理由でも無いが不倶戴天の敵を前に緊張感を漂わせているわけでもない。只々困惑していた。
コンビニで再会して就業後にあれよあれよという間にここへ連れてこられたが正直10年前に命がけで殺し合った相手と仲良くおでん屋に来るとか正気じゃない。彼女の仕事が終わるまで混乱しながらも律儀に待ってた俺も大概だけど。
「まあそう言うな、ここのおでんは美味いぞ」
そう言いながら手元の杯に酒を注いで来る彼女は10年前の面影を残しつつその頃の透き通るような美しさと艶美な雰囲気を併せ持った美女に成長していた。
「はあ、というか俺は腐ってもヒーローだぜ?目の前に世界征服未遂の大戦犯がいてなんもしないって訳にはいかないんだけど?」
「何かするのか?」
楽しそうにクスクスと笑いながら形の良い唇に御猪口を寄せる。
「あー...めんどくせえから良いわ」
10年前東京を破壊した奴だがそん時不思議と死人が出た訳でも無いしいまは大人しくしてるみたいだし今更この化け物と事構えるのは体力的にしんどい。後続の優秀な若者達に任せることにしよう。
「君は随分雰囲気が変わったな」
最後に会った時の事を言ってるのだろう。彼女の言い分を頭から全て否定した10年前の俺だったら出会って5秒でバトル開始になった筈だ。カッチカチだった頭がゆるーくなった事で魔王のあの頃の考えを否定するだけじゃなくて自分の中で咀嚼する余裕も出来た今だからこそこうして一緒に酒も付き合っている。
「10年も経ってるからな...そら変わりもするだろう」
大根とハンペンを注文し頬杖をつく。頼む際に店主の姿が目についたのだが2m近くある巨漢で凄まじくイカツイ顔に気のせいで無ければ角のような物が生えているように見えたの思えたのだが。
「ああ、ここは私の元部下が営む店だ」
「・・・」
「お待ち」
暫し黙考していると鬼の店主が注文していた。大根とハンペン、そして餅巾着が乗った皿を俺の目の前に置いてくれる。見た目の荒々しさとは結びつかない静かな所作だった。
「お嬢が世話になった礼だ」
おまけらしいが世話というとどういう事だろうか、お宅のお嬢さんをボコボコにして一生懸命進めていた事を無理矢理辞めさせた事だろうか。...毒とか入ってないよな?。
隣を見ると見た目の割に堂に入った綺麗な箸づかいを披露しながらたっぷり出汁の染み込んだ大根を破顔しなが舌鼓をうつ元悪の首魁がいた。
うだうだ考えているのも馬鹿らしくなり自分も大根に箸を入れ味わうことにした。魔王が太鼓判を押すだけあり噛んだ瞬間溢れる丁寧な仕事が際立つ繊細な旨味のダシ汁は確かに極上だった。
「フンスッ」
隣で得意げにしている魔王が鼻につくので口に出すことは無いけどな。黙々と食事を続け大根を完食したところで一息つく。
「そういえば...なんで魔王ともあろうお方がコンビニでアルバイトなんてしていたんだ?」
一瞬店主の方から殺気のような物を感じて視線を向けるが此方を見る訳でもなくおでんの煮え具合を見ていた。
「端的に言ってしまえば金が無いからだ」
あ...こっちも中々世知辛い感じになってるのね、と変な共感を覚えていると魔王は続けて口を開いた。
「10年前君に敗北した私は掃討され残り少なくなってしまった部下が路頭に迷う事がないように退職金を渡し身を隠すよう指示を出しある程度生活出来るだけの金額を残して残りの軍の金は全て日本政府に寄付してしたからな」
俺は驚愕した。金を寄付した事もそうだけど何より退職金を出していた事に驚いた。ここに来て日本の一部企業よりも悪の組織の方が健全だなんて知りたく無かった。
「なんで東京をぶっ壊した本人が寄付なんてするんだ?」
日本復興の際に多額の寄付金があった事は知っていたけどまさか魔王だったとは...。
「私が望んだのは征服だ、大量虐殺じゃない。征服が成功した後なら幾らでも手があったがあのままでは復興などままならず飢えて死人がでる可能性があったからな。わざわざ人払いをして人的被害が出ないよう取り計らったのに無駄になってしまうだろう」
成る程、東京事変の被害の大きさの割に死亡者が出ていないのは不自然だと思ったけど人的な被害はもともと出さない予定だったらしい。本当に悪者かと疑いたくなるくらいケアもアフターも完璧だ。
「勘違いしいないで欲しいけど私は間違い無く悪人だよ。自分のエゴを通すために世界全てを巻き込もうとしたんだからな、それに金を出した理由は簡単だ。建物は直せばいいが人間は死んでも生き返らない、全て私の物になるんだ勝手に死ぬ事は許さん」
語りながら凄惨な笑みを浮かべる彼女の迫力は確かに世界を統べる覇王に相応しい物を感じた。
でもこの人今コンビニでアルバイトしてるんだよな...。
お猪口片手に凄惨な笑みを浮かべながらがんもどきに噛り付いているのも随分魔王の箔を削いでいる。
「魔王は...」
「今の私はもう魔王では無い」
そう言って彼女は俺の目の前で折り畳み式の手帳を開いてみせた。
「え、免許証みたいだけど...佐藤マオ?」
「それが今の私の名だ。顔が日本人離れしてる自覚はあるから北欧の国出身で日本に帰化したという設定だ。マオと呼んでくれ」
年齢は23で住所は....え?そこで免許証が取り上げられる。本物みたいだったけど今見えた住所はまさか...な。
「日本に溶け込む為様々な工作をし今日まで生き恥を晒してきたのには勿論理由がある」
そう言った彼女の手にはもう御猪口もおでんも存在しないその表情も先程までの何処か腑抜けたような物では無く真剣そのもの。王者としての風格さえ身に纏っていた。
「その目的を果たすためにはやはり君が必要だと気付いた」
10年前魔王だった女性マオはやはり10年前と同じ問いかけをするのだった。
「私の物になれ勇気ある者よ。私と共に来れば世界の半分を与えよう」
10年前勇者だった俺の答えはもう決まっている。
それは———————————。
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