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世界を救った後就職したけど世の中世知辛過ぎてツライ  作者: 冷えピタ
元英雄サラリーマンの日常
5/25

4話 乾真一という男

共感してくれる部分があれば嬉しいです。

 乾真一はヴィランを倒したその足でコンビニへ向かった。


 本来ならば中抜け業務中の身の上の為、会社へと帰らなければいけないのだが店内冷蔵庫から引きずり出された手にはカップ酒が握られていた。


 仕事帰り毎日足繁く通う位コンビニが好きな乾はホットスナックのガラス棚から好物の唐揚げを選ぼうか迷うが巨大生物を殴り殺した程度では小腹も空かないのでタバコを買い店を出る。


 もう一度言うが中抜け業務中で会社へ戻らなければいけない身の上である。


「...この辺に喫煙スペースあったっけかな?」


 会社へと戻る気は更々無い。この男、ヒーロー業務を言い訳に直帰する気である。


 乾は喫煙所を求めて街をフラつきながら物思いにふける。


 助けても感謝をしない市民、10年の歳月で変わったヒーロー組織。報酬や絶対的な信頼を欲しわけじゃない、最初はただ救った人が笑顔になってくれればそれで満足だった。些細なきっかけと巡り合わせの末に始まったヒーロー。


 まだ子供だった俺は青臭くて、幼稚で、何も分かっていなかった。だけど誰にも負けない鉄をも溶かす程の熱を身に秘めていた。


 ひたすら人を助け、その頃はまだヴィランでは無く只の怪獣と呼ばれていた物を倒し、走り続けて戦い続けて前に進み続けて遂に魔王と呼ばれていた強大な力を持つ少女を倒すに至る。


 人の、世界の平和の為と信じて。...で、結果はこれだ。


 3人の子供が命を賭けて戦った末に手に入れた未来。


「こんな事なら魔王に世界あげたほうが良かったかもな」


 喫煙スペースのあるファミレスを見つけコーヒーを注文し席に着く。安っぽい100円ライターでタバコに火をつけ味わう。煙に味なんてあるはずないのに「旨い」と感じる不思議だ。


 20歳になった頃は酒もタバコも美味しいなんて微塵も感じなかったがこの歳になってタバコはなくてはならない嗜好品になり、酒に関しては成人の時始めて父親と飲んだ高い焼酎はボンドみたいな風味がして飲めたもんじゃなかったが今では酔う事だけが目的と言ってもいいコンビニの安酒さえ水の様にパカパカとあおる事が出来る。


 歳をとって今迄持っていた熱を失い酒やタバコを好む様になってなんとなく考えてた事があった。


 きっと俺みたいに冷めてしまった人間が嗜好品なんかに頼るのは誤魔化す為なんだと思う。誤魔化すのが今の現状なのか自分の気持ちなのかは分からないし人それぞれだと思うけど、少なくても俺は多分熱かった頃の自分が情けないおっさんなってしまった俺をいつも見ているような気がしてそれがどうしても辛くなる時がある。


「お前は何やってるんだ?」「世界を救った英雄が只のサラリーマンなんかやってるのか?」「人のため戦い誰もが憧れるヒーローになるんじゃ無かったのか?」


 青臭かった俺が吠えるのが聞こえる気がする。


 そんな事言われたってもうあの頃みたいに熱くなれないんだ。どうしたって冷めてしまう。無意味な焦燥感に駆られながら何か成そうとする訳でもなく昔はまっていたアニメや映画なんかを流し見しながら日々を過ごす。新しい物を好きになるのに体力が必要な事もこの歳になって知った事だ。


 黙っていたらそうやってゴチャゴチャ考えてしまう。だから全部一緒くたにしてアルコールやニコチンで薄め頭を暈して誤魔化すのだ。


 ヒーローの仕事へのモチベーションはもう既に無くなっているとは言え慢性的に胸を苛むこのモヤモヤ感は如何ともし難い。後輩たちもそこそこ育っている事だし憂いなく気持ち良く辞めてスッキリしたいものだ。


 一息ついて咥えていたタバコを灰皿に擦り付け火を消した。考え事をしていて気づかなかったのだろう。いつの間に配膳されていたコーヒーに口をつけ2本目の前タバコへ火をつけようとしたところで隣のスペースで食事していた香水のキツい年配の女性グループに声をかけられた。


「ちょっと!ご飯食べてる隣でタバコ吸うとか常識ないの?」


 一応確認しておく俺が座ったのは喫煙席だ。というより女性グループが座っている場所も含めてこの周囲は分煙されたスペース。非常識扱いされる謂れは無いはずだ。


「ここは喫煙席ですよ?煙が嫌なら禁煙スペースへ行けばいいじゃないですか」


 今の時間帯なら家族連れが何組かいるくらいでそんなに混んでいなかったからそう勧めたのだが反論されたのが気に食わなかったのか化粧の濃い中年女性は顔を赤くして声を荒げる。


「向こうは子供の声が煩いから仕方なくこっちに来てるの!!みんな迷惑してるんだから出て行きなさいよ」


 は、話にならない...みんなって誰のことだよ。


 そう思い辺りを見回すが埋まっている席には声をかけてきた女性と同じ様な視線を投げかけてくる者達ばかりだった。唯一俺の事を理解してくれそうな男性サラリーマンを見つけたが周囲の異常な雰囲気を察して今まさに火を点けようとしていた煙草を握りつぶし新聞を開いて身を隠してしまった。


 味方はおず、理不尽な理由で煙草を吸う事さえ許されない。...世知辛い。



 結局。まともな言葉は届く筈ないと諦め大人しくファミレスを後にしたが、席を立つ時に目に付いた中年女性の妙に勝ち誇った顔を思い出し苛立ちを募らせる。


 正直10年前に怪物達と大立ち回りを演じていた時よりも今の社会は生き辛いと感じる程に辟易していた。


 煙草にはもうこりごりなので今は吸うのを諦めて近場にあった公園のブランコに腰掛けコンビニのレジ袋からカップ酒を取り出す。


 カシュっとこ気味良い音を立て開いた酒を口に含み嚥下する。アルコールを摂取した時特有の心地良い熱が喉を通り抜けていくが安酒だけあって落ち込んでいた気持ちもあいまり味は最悪だった。怪物を殴り飛ばす程の力を持っている俺だが酒に強い訳では無いので酔うだけならこれで充分だ。


 酔いが回ってきたのかボンヤリとした眼を公園の出口に向ける。


 人助けの為戦い勝つ事が当たり前。負けたり市民に被害が出ればマスコミやSNSで叩かれる。税金で活動費が賄われているから高圧的な態度で接してくる人間も多い。その反面ヒーロー達に支払われる報酬は一般的なアルバイトの最低賃金以下な事なんかはあまり知られて無かったりする。命をかけて戦っているのに彼らは殆どボランティアみたいな物だ。


「報われないよな...」


 近年じゃ、お隣さんの国と妙に仲の良い新聞社が日本がヒーロー達を軍事利用する懸念が〜とか叩いてくるせいでせっかく育ってきたヒーロー組織を縮小する動きもある。なんであそこのマスコミは世界の声を届けるとか言って毎回アジアの特定の国にしか取材しないんだろうな。


 ボケっとしながら公園の出口を眺めていると制服姿の警官が通りかかった。30代中盤位に見える警官の男性はその真面目そうな顔を厳しく歪め此方を見つめてくる。


 根掘り葉掘りマスコミに粗を探され、不祥事が起きれば全国の前に晒されて謝罪を要求される。何も考えてない市民にはヴィランに対抗出来ない昨今無能扱いされ心無い言葉をかけられる。しかし市民の避難誘導やヒーローが対応出来無い複雑な案件は警察が居なければ悪人の被害は今以上に大きくなってしまう。


 確かに警察にはワイドショーに取り上げられてるように短慮でどうしようも無い人間もいるのだろう。だがそれは一部の人間であって真摯に人の生活の助けになりたいと願う者達も多い筈だ。


 謂れの無い誹謗中傷に晒されても日々業務に勤しむ彼等に親近感を覚えてしまった俺は公園前に佇む彼に敬礼をした。敬意を持ってビシッと決めてはいるがその片手にはカップ酒を持ちブランコに座っているのでイマイチ締まらない。


「お勤めご苦労様です!!見回り頑張ってください!」


 この後も気合を入れ見回りをしながら不審者やスピード違反や犯罪の取り締まりをするんだろう、苦労も多いだろうけど同じ平和の守護者として応援したいものだ。


 一人でうんうん頷いているとどうした事だろう警官が近付いくるではないか。


 もしかして彼も俺に対してシンパシーを感じてくれていたのだろうか、申し訳程度とはいえヒーロー活動の時は覆面を被っているため俺がヒーローだとわかる筈無いのだが。


「ちょっと君いいかね?」


「はい!なんでしょうか?」













 先程より幾許か時間が過ぎ現在時刻夕方の17時。警察署、留置所前。


「君もねえ...昼間っから酒飲んで公園なんかにいちゃダメだよ?近所のご家族連れから変な人がいるって通報があったんだから」


「...すいませんでした」


「それにいい歳してヒーローって、君みたいなヒーローがいる訳無いでしょ。ちゃんと本当の事話さないから取り調べがこんなにかかるんだよ」


「...すいませんでした」


「はあ、ヒーローに憧れるのも良いけどちゃんと働かなきゃダメだよ?分かった?」


「...すいませんでした。失礼します」


 30代警官の取り調べを終え警察署を出て大きく息を吸い込み、そして吐いた。


「...コンビニ行って帰るか」


 世界を救った英雄乾真一。昼間から酒を引っ掛け警官に職務質問をされヒーローだと信用されず長時間留置所に拘束される。


「俺、世界を救ったヒーローなのに...ヒーローなのに...」


 世の中世知辛え...そう呟いた乾の目には光るものが見えた。









読んでいただき感謝です!!!!

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