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世界を救った後就職したけど世の中世知辛過ぎてツライ  作者: 冷えピタ
元英雄サラリーマンの日常
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3話 空から来た男

 点のように見えた影はドンドン大きくなりその輪郭をはっきりさせていった。見間違えで無ければスーツを着込んだ成人男性に見える。そして何故か頭には茶色の紙袋を被っていた。


 謎のサラリーマンは落下の勢いで加速し飛び蹴りの要領で地上で魔法少女に対峙するため構えていた怪獣の頬に突き刺さった。


 飛び蹴り、突き刺さったと簡単に表現したがそれは何千メートルもの遥か上空から落下しながらエネルギーを溜めて繰り出される恐るべき威力を持った蹴りである。勿論いかに巨体を持つヴィランであってもそんなものをまともにくらってタダですむはずもなく頰に衝撃を受けた瞬間、ヴィランが蹴られたと認識する間も無く周りの障害物を巻き込みながら引き飛ばされた。


  ヴィランが地面に叩きつけられピクリとも動かなくなるまで口をあんぐりと開けながら一部始終を見守っていた魔法少女ミゾレはグラグラと地が揺れた事で正気を取り戻した。


 ヴィランが地面を抉る様にしながら倒れた事で周囲に小さくない被害を出していたが元凶沈静には成功したようだ。


「はあ...毎回毎回、もっと被害を出さない事を意識出来ないんですかあの人は......っ!!!」


 苦笑しながら現場を見回していたミゾレは倒れたヴィランの横で蹲る紙袋を被ったサラリーマンを見つけ血相を変えた。


「乾さん!!!!」


 ためらう事なくビルから飛び降りたミゾレは蹲る男の前にフワリと着地した。


「どうしたんですか!?どこか怪我でもしたんですか!?」


 慌てて駆け寄り男の身を案じるミゾレは怪我がない事を確認し声をかける。


「.....d..」ボソボソ


「?、何ですか?」


 声を聞き逃さない様耳を寄せ乾と呼ばれた男の反応を待つ。


 妙に香ばしい香りが漂う紙袋に包まれた頭を上げ、少女の方へ顔を向けた。


「どうしよう...タイムカード切り忘れた」


「・・・・」


「ウチの会社、一応この副業の事知ってんだけど業務中の出撃の時中抜け扱いにしないと手当てが出ないんだよ」


 どうしよミゾレ、と呟いた乾は顔が隠れていてもわかる様な悲壮感が漂っている。


 心配して損したと溜息をついたミゾレは取り敢えず現状一番気になっている事を聞く事にした。


「...頭に被っているそれ(・・)は何のつもりですか?」


「え?変身だけど」


 聞かなければ良かった。そう思わずにはいられないミゾレであった。


 乾の格好は仕事に行った時着ていたスーツに目の部分に穴を開けた紙袋を被った出で立ちだ。間違っても変身なんて大層な物では無く何処をどう見ても変身ヒーローには見えない。百歩譲って只の不審者にしか見えない。


 面倒な変身行程を済ませ恥ずかしい台詞を声高々に叫び派手なコスプレ衣装に身を包む羽目になった自分と比べ実にラフ(?)な格好の乾に思う事が無いわけでは無く口を開いた。


「えっと...乾さんもヒーロースーツ持ってましたよね?10年前も使っていた特注の、何で使わないんですか?」


「え?あんなの恥ずかしくて年齢的に着られるわけ無いだろ」


 聞かなければ良かった。そう思わずにはいられないミゾレであった。


 ポヨポヨうるさいヌイグルミに諭され渋々従ったとはいえ17にもなって人前で大真面目な顔で魔法少女の真似事をしている自分は何なんだと聞きたくなる。


 来年には受験も控えているわけで、もっと自分というものを持った方が良いのかな...と遠い目で物思いに耽っていると横から神経を逆撫でする軽い声が響いた。


「困るぽよ、そんなくたびれたサラリーマンの格好したヒーローいないぽよ。もっと東京事変を解決した勇者としての自覚を持って欲しいぽよ」


 10年前世界を救った男、乾真一。強い正義感を持ち自分の危険を顧みず人々を助け、世界を征服しようとした悪の首魁を打ち倒した英雄。現在28歳サラリーマン趣味は酒を飲みながらのネットサーフィン、アニメ鑑賞。...10年前の熱は既に無かった。


「いや...別にこっちとしてもいい加減辞めさせてほしいんだけど?俺は変身が戦闘力に直結するわけじゃ無いし格好のことまでとやかく言われたく無い。最低限顔だけ隠せれば充分だ」


 先程の少女と違いバッサリである。


 だが言われてただ引き下がるマスコットでは無く、ウンザリした様子でやれやれと自分の額に手を置く。


「ヒーローに引退なんてあるわけ無いぽよ全世界には困ってる人は幾らでもいるぽよ」


「もう俺含めて3人しかいなかった10年前と違って今は後輩も育ってる事だし任せても良く無いか?それに今はまだ良いけど三十路になったミゾレにもあんな変身させる気かよ」


 完全に油断していたミゾレは急に自分の話題になり鉄面皮も崩れ呆けていた。


「当たり前ぽよ!!三十路だろうが四十路だろうが皺くちゃのお婆ちゃんになろうが悪が蔓延る限り辞めさせる気は無いぽよ!!!!!」


「!!!???!?!?!!???」


 愕然とした表情のミゾレが流石に慌てて口を挟もうとした矢先に割って入る声があった。


「お前ら何をチンタラしてたんだよ!!」


 恫喝と共にズカズカと足音を鳴らしながら中年男性が怒りの形相で近づいて来た。


 男は2人と1匹?を見回した後ミゾレに向かって指を突きつける。


「お前らがさっさと怪獣片付けねえから道が通れなくて用事に遅れちまうだろうが」


 ならさっさと行けばいいだろと乾は思ったが触らぬ神は何とやらと無視を決め込んだ。


「も、申し訳ありません...しかし」


「しかしもクソもあるか!!口答えすんな!」


 ミゾレの話を全く取り合おうとしない男はヒートアップしていく。彼からしたらこちらの事情なんてどうでもいい様で自分の主張を通すことだけが大切みたいだ。ヴィランの対処が遅れれば用事に遅れるどころか命を落とし二度と帰ることが出来なくなっていたかもしれなかったなんて考えもしていない。


「大体お前らヒーロー共の活動資金は俺たちの税金から出てんだよ!適当な仕事してんじゃねえ」


 東京事変という未曾有の危機を乗り越えた日本は対ヴィランの重要性を政策の中でもかなり重きを置いて事に当たって来た。そのおかげもあってヒーロー組織の拡張に成功し近年増え続けるヴィラン被害も相当抑える事に成功している。


 人間とはいい意味でも悪い意味でも順応性の高い生き物でヴィラン事件が発生し始めた頃はヒーロー達に感謝をし社会的な立ち位置も強固な物であったが皮肉にも優秀なヒーロー達が増えヴィラン達の脅威を被害が大きくなる前に食い止めることが出来るようになった事で2年、5年、10年の歳月も手伝い徐々に民衆から危機感を奪い去っていった。


 その結果が目の前の命の危険よりも用事の心配をしているズレたおっさんだ。


 近年じゃ大きくなったヒーロー組織を縮小しようという動きもあるとか。


 大のオッさんがコスプレ姿の女子高生に詰め寄る光景を冷めた表情で見つめていたが、ふとあのうるさい人形が随分静かな事に気付く。


「・・・・」返事が無い只の不細工なヌイグルミのようだ。


 そこには某トイ・ストー◯ーみたく不自然に地面に置かれる人形があった。勿論人形なので喋ることはない。肝心なところで使えない奴だ。


 いい加減限界みたいで若干涙目のミゾレは黙って俯きながら嵐が去るのを待っていた。


「はあ...ったく」


 ガリガリと頭を掻いてめんどくさそうに渦中へと向かう。


「その辺にしとうたらどうだ?」


 男は今まで黙っていた俺が急に声をかけて来た事に一瞬怯んだ様子を見せたがすぐに取り繕い口調を荒げた。


「な、なんだテメエ文句あんのかよ」


 不思議とミゾレに噛み付いていた時の勢いは感じられなかった。元々気が小さい男なのだろう。最初に見回した時も曲がりなりにもヴィランを倒した俺とコスプレ姿の女の子を比べて絡む相手を選んだ事からも察せられる。


「もう良いだろ命が助かっただけでも良かったって思っておけ」


 返答は聞かないとばかりにミゾレを連れ離れようとするが今まで絡んでいた男がそれで済ますはずがなく、やはり呼び止めようとする。


「おい、まだ話しは...っ「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA」」


「!?」


 先程までピクリともしなかった怪獣ヴィランはまだ命尽きる前だったようで運の悪い事に中年男性の前で咆哮を上げた。


「ひ...あっ......」


 目の前で人外の叫びを受けた男が白目を剥き倒れてしまうのは仕方のない事だが泡を吹き股の部分に水溜りを作っている光景を見ると少し同情してしまう。


「そんな乾さんの蹴りをくらってまだ!?」


 ミゾレが言い終わる前に俺はもう動いていた。躊躇も手加減も無く本気で拳を振り抜く。


 振るった拳が伴う衝撃波はヴィランの頭蓋を砕き内容物をシェイクし内容物を飛び散らせながら弾け飛んだ。


 流石に頭部を吹き飛ばされて生きていられる生物はそういない。絶命である。


 圧倒的な暴力を披露した本人は不思議そうな顔で殴りつけた拳を開いたり閉じたりしながら見つめていた。やがて何か納得したように1つ頷きスプラッタ映画さながらの惨状を見せている現場を後にしようとする。


「これは責任問題ぽよどう落とし前つけるぽよか?」


 今迄人形のフリをしていた頼りになる上司が足元に転がる中年をつつきながらそんな事をのたまう。


「別に降格でも減給でも何でもかまわねーよ。元々そこらへんのアルバイトとおんなじくらいしか貰ってないしな」


 首にしてくれたら1番助かるけどな。


 そんな言葉を残し乾真一は去っていった。その背中を見つめる魔法少女の顔は悲しみや疑問、困惑等様々な色に染まり歪んでいる。


「取り敢えず...この現場を何とかしないとですね」


 1つのため息を吐きながらどこからとも無く持ち出したこれまた少女趣味なステッキに輝きを集める。




「ヴィラン退治の為来て結局お掃除ですか、やってられませんね」




 自分もこんなアルバイト辞めてやると強く心に誓いながら元魔法幼女椎名霙(しいなみぞれ)は魔法を行使した。







読んで頂き感謝です!


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