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世界を救った後就職したけど世の中世知辛過ぎてツライ  作者: 冷えピタ
元英雄サラリーマンの日常
25/25

24話 瓶詰め

「…何で?」


 立ち寄っていたコンビニで食事をしていると激しい揺れが襲いコスプレ衣装に身を包んだ女性が壁を突き破って店内へと侵入して来た。


 かなりの衝撃だった為女性の身を案じ乾がそちらを注視すると一言そんな呟きが耳に届く。


「あれ?ミゾレちゃん?」


 自動ドアからでは無く壁を破壊し入店して来たのは椎名霙、ヒーロードキュンホワイトに変身してるがまさかの知り合いだった。


「ミゾレちゃんも腹ごしらえに来たのか?だったらこのカルビ弁当がおススメだよ」


「うむ、私が温めてやるから遠慮なく食べて行け」


 霙は答えずもう一度辺りを見渡した後体にまとわりつくコンクリートの破片や埃を振り払い死んだ魚のような視線を乾へと向け口を開いた。


「何で?」


「いや、何でと言われましても…」


 乾は彼女の言葉に困惑していた。只でさえ入店した先のコンビニにこの世界を手中に収めようとした魔王が接客していた事やr18指定をくらいそうな程に引き摺り回された形跡のある人物が転がっている事が重なり思考能力が著しく低下しているのだ。


 可愛い後輩の質問に答えてあげたいと思う乾ではあったが現在魔王のプレッシャーに耐えながらカルビ弁当を貪るマシーンと化している彼には無理な相談である。


 一方椎名霙の心境も困惑やら呆れやら何やらで平静とはとても言えない状態だった。


 自分では倒せない程の強敵に出会ったせいなのか、憧れの英雄がこの一大事にコンビニで弁当を食している現場を目撃したせいなのか、以前魔王と呼ばれ恐れられていた人物がコンビニ店員になっていたせいか、この2人がまた一緒にいるのを見てしまったせいなのか、それともその全てなのか本人さえも分かりはしない。


 そんな訳が分からない混迷を極めた状態で出た「何で」の一言。色々聞きたい事はあったのだろうがそんな問いしか出来ない程に混乱してしまった彼女には同情しか無かった。


 しかし今は非常事態でありいつまでも呆けている場合では無いと嵐のような思考に蓋をして椎名霙は再びドキュンホワイトへと戻る。


「乾さん。今は食事をしている場合ではありません…あとちゃん付けはやめて下さい」


「昔はみーちゃんって呼んでたのに…もうお年頃って事なのかね」


「っ!!後輩の前では絶対やめて下さいね!!!!」


 顔を少し赤らめながらそんな事を言う霙を見て乾は(後輩の前じゃ無ければ良いのかな?)と考えたが藪蛇になりそうだったのでそれを口に出す事はなかった。


「痴話喧嘩をしているところ申し訳ないが少しいいか?」


 ここまで静観していた魔王、もとい佐藤マオの発言に乾も椎名霙もそちらに意識を向ける。


「ち、痴話喧嘩じゃありm「此度の騒動の原因の一端は我々にある」」


 そう言いながら彼女は足元に転がっている美丈夫を無造作に蹴り上げ乾達の足元へと滑らせた。


「ぐお…っ」


 転がって来た彼は苦しそうに呻き声を上げるがその表情はどこか恍惚に歪んでいた。


「ま、まあ人の趣味は人それぞれだからな…うん」


 ドン引きしながら完全に的外れな事を言う乾は未だに食事の手を止めない。


 ナムルを咀嚼している乾の代わりにヒーローである椎名霙が聞き逃せないとばかりにマオに問いただした。


「原因ってどういう事ですか?貴女は、なだ世界征服を諦めてはいないのですか?」


 発言如何によっては戦闘も辞さないと身を屈める霙に対してマオは薄く湛えていた笑みを更に深く歪めた。


「ああ…勿論だ」


 その発言に乾もギョッとする。会社を起こすって話は何だったのかとかそれならば何で以前の部下達の大半を放逐してしまったのかとか考える事は色々あったがその前に霙が動き出した。


 虚空から発生させた炎が彼女の周りで収縮しながら漂う。剣呑な雰囲気も同時に漂わせながら彼女は思うきっと、いや確実に自分は勝てないだろうと。先程出会った怪物よりも強いであろう目の前の相手に勝てる道理は無いと理解している。


 しかしヒーローとしてこんな危険な相手を見逃す事はできない。最低限乾を逃がすだけの時間稼ぎくらいはしてみせよう。


 そんな悲壮な決意を固めている霙を尻目に当の本人である乾真一はマオを凝視しながら肉まんを頬張っている最中だった。


「だけど」


 そう前置きをした後マオは再び静かに語り出した。心なしかその表情は笑みを浮かべたままなのには変わらないが何処か優しげな雰囲気を纏っている。


「やり方は変えるよ。もう街を破壊するような手荒な真似をするつもりは無い」


「信じられません」


 凝縮された炎弾がいくつもマオへと飛来するが虫を払う様な軽い仕草で片手でそれを打ち消して行く。コンビニ店員の制服に焦げ跡の一つも付けられない現状に愕然とする霙だったが同時に納得もしていた。この程度の攻撃でかの魔王に傷をつけられるはずがないと。


 ならばと更に強力な魔法を行使しようと集中力を高めて行く霙だったが。


「無駄だよ…私を殺せるのは彼だけさ」


 促された先を見るとあいも変わらず肉まんにかぶりつく乾真一の姿があった。


「はあ…」


「何のため息!?」


 10年以上の付き合いがあり妹の様に思っていた少女の本気の呆れ顔に思った以上のショックを受けた乾は手に持っていた肉まんを取り落としてしまう。


「まあ話を聞いてくれ」


 苦笑しながら視線を霙に戻したマオは信用されているかは別としても話を続ける様だ。


「ミゾレもあっただろ?あの機械の混じった生物に」


「ええ…でも気安く名前を呼ばないでください。不愉快です」


 クスクスと楽しそうに笑うマオの表情は変わらない。


「奴の名前は鬼灯。不遜にも魔王を名乗ろうとしたイカれた科学者の遺物だよ」


「遺物…という事はその科学者は亡くなられたのですか?」


「うちの者がな…少々はしゃぎ過ぎたらしい」


 そう言ってマオは転がっている美丈夫に視線を向けると()()()グググっと重力に逆らう様に立ち上がった。


「これはこれは魔王様ご機嫌麗しyぶべらっ」


 芝居のかかった仕草でマオに対して礼をしようとした紳士服の美丈夫を彼女は問答無用でその頰を拳で打ち抜いた。


 驚いた事に美丈夫はその場で凄まじい勢いで一回転したのちコンビニの冷たい床へと叩き付けられた。


 身長180以上はあるであろう大の男を軽く殴り倒したのもそうだがこの一幕を演じたのがコンビニ店員の美女と執事服の男だと言うのだからシュール過ぎる。


「麗しい筈がないだろう…フンババ、私は何て命令した?」


「ゴホッ…不穏分子の排除で御座います魔王様」


「そうだ。間違っても彼奴の計画を無秩序な状態で実行しろ何て指示していない」


「仰る通りでございます。ですが」「?」


「この方が面白くなりそうではないでsゴベアッ!!!」


 再び宙を舞う美丈夫。その目は恍惚に染まっている。


「…お邪魔なら出て行こうか?」


 他人の性癖をとやかく言うつもりは無いけれどプレイまで見届ける趣味は俺には無い。腹ごしらえも終わった事だしさっさとお暇したいところだ。


「ふむ、今回の経緯については取り敢えず知ってもらえたし…そうだ」


 そう言ってマオはレジの裏へと引っ込んでしまった。


 マオがいなくなったのを見計らい霙が乾に近付き耳打ちをしてくる。


「信用するんですか?彼女は魔王なんですよ」


 椎名霙が慎重になるのももっともな話だ。何故なら10年前乾も含めたたった3人しかヒーローがいない状況で世界の平和を守り戦ったのだ。その際乾が大変な大怪我を負っているのを何度も目撃しているせいもあり尚更判断に迷っている。


「あー…まあ、今のあいつなら大丈夫だろ」


 会社を起こすために色々な手続きをしているみたいだしな、こんな風に東京を滅茶苦茶にするなんて好んでやる意味もないだろ…いや、言い訳は止めよう。あいつが会社作ってるなんて方便の可能性もあるんだ。ただ俺はマオを信じたいだけなんだろう。


 10年前のやり取りを思い出し拳も交えた。そして再開を果たしたわいも無い会話をした。


 それだけ。たったそれだけである日を境につまらなくなった日常が変わった。


 じわりじわりと視界が色付いていった。楽しいとまた思える様になった。体が全盛期の頃を思い出して年甲斐もなく血が滾ったのかもしれないな。


 乾がそんな信頼にも似た感情をかつて宿敵であった女性に向けている事に気がついた椎名霙の表情は苦い物になっていた。


 足元の紳士を視界に入れない様に会話をしているとマオが裏方から戻ってくる。


「ほら」


 声と共に彼女が放ったのは瓶入りの飲料?だったラベルは付いていない。


「これは?」


「新作のエナジードリンク、今回の騒動の詫びだ」


「…東京を傾ける程の騒動の補填がジュース一本か?」


 苦笑しながらも栓を抜いて飲料を口へと運ぶ。ラベルが無いため味の想像は全く付いていなかったがそこまで悪いものでは無かった。


「私達がいなくても遅かれ早かれ起きた事なんだ。充分だろう?」


 もっともだと、乾は気にした様子も無く新商品だと言うエナジードリンクを飲み進める。


 2人のやり取りをみて霙の機嫌が更に傾いている事に乾は気づかない。


「それにしても結構イケるなこのジュース。また買いたいからどこのメーカーかだけでも教えてくれないか?」


 乾の問いにマオは少し考える様な仕草をした後再び薄く笑みを浮かべながら向き直り口を開いた。


「うーん、メーカー…と言っていいか分からないがそれ作ったのが今外で起きてる騒動を画策した頭のおかしい博士の研究室から勝手に持ってきたものだからな。本人死んでるからもう渡せんよ」


 ブホっと口に含んでいた分の薬を吹き出す乾。


「ゲッホゲホ…なんてもん飲ませてくれてんだお前」


 ほら見た事か、と俺に突き刺さる霙の視線が痛い。


 体に異常はないかと慌てて身体中を探る乾だったが特に変化は見られずホッとする。頭のイカれた研究者が作った薬物とか怖すぎる。


 ここはひとつ文句でも言ってやろうかと乾が口を開きかけた所で再びコンビニ全体を襲う衝撃に遮られた。


 何事かと衝撃の正体を探るため辺りを見回すと先程霙が突き破った穴を更に押し広げて2m近くあるだろう巨体で姿勢良くその場に佇む存在を見つける。


「あぁ、あれがさっき言った鬼灯だ」


 その機会と生物が入り混じった様な異様な風貌を見て乾は察した。


(あ、これは勝てないな)と。


「お詫びついでにアレの掃除もしてくれたりなんかりは…」


「これもさっき言ったがこれは起きるべくして起きた事態だ。そのくらいどうにかして見せてくれ英雄(ヒーロー)


 ですよね。と半ば諦め混じりで倒すべき相手。ヴィランと対峙する。


 小細工でどうにかなる相手か、今の能力の状態でどこまでやれるのか、どうすればこの騒動が終わりを迎えるのか。様々な思考が浮かんでは消える。


 ただ一つ変わらず乾の心を占めているのは‘「高揚感」であった。


 仕事を抜けそのまま飛び出し何時間も動き続けて披露困憊だと言うのに。


 浮かれている。そう思った。


 昔の乾真一に戻り始めていると感じた霙はそのことを嬉しく思いながらもそのキッカケに思い至った事でマイナスの思考に支配されそうになるが今はそんな時ではないと魔法を使うため集中を高めて行く。



 一触即発の雰囲気の中2人と一機(?)は気づかない。


 いつのまにか美丈夫とマオの姿が消えている事に。



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