12話 2日目の悪夢
俺は乾真一。昔の話だが世界を救って英雄なんて呼ばれていたくだらない男だ。
確かに俺は世界を救った。正義を胸に戦いひと時の安寧を勝ち取った。しかしそんな物は全くの無意味だった様だ。現に今も苦しんでいる弱き者に救いの手が差し伸べられる事は無い。
俺は乾真一。この無常な世界を呪う。くだらないこんな世界...俺が最強のヴィランとなって全て壊してやる!。
頭に浮かぶのは勤め先の会社にいる腹の立つ上司や同僚。無駄に発言権があり敵対すると車内に居場所が無くなる古株のおばさん社員。ブラック企業さながらに人を酷使するヒーロー協会。ポヨポヨうるさい汚いヌイグルミ。殴り飛ばしたい対象は幾らでも思いついた。フッ、これならマオの誘いに乗って世界を征服するのも悪く無いかもな....。
あぁ...胸の奥から憎しみと破壊衝動がとめどなく溢れて....溢れて...................。
「う、オロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ」
ビシャビシャと汚ならしい水音を奏でとめどなく溢れる吐瀉物が便器へと吸い込まれて行く。
「おえ...嘘ですごべんなざい。ナマ言ってすいませんでした」
募らせていた憎しみは胃の内容物と共に水の中へと消えた。今乾の中にあるのは世界を憎んでしまった事への懺悔と昨夜調子に乗って呑みすぎてしまった事への後悔だった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ウッ....オボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ....」
体質にもよるのだが自分の許容量を超えるアルコールを摂取した場合大概の人間はこうなる。
『二日酔い』
世界征服を企んだ強大な力を持つ魔王さえ倒す英雄をも苦しめるその凶悪な症状は依然乾に襲い掛かり最早胃の中は空っぽでえづく事しか出来ない。
断続的にえづき、胃の中の酸で喉が荒れ、血の気が失せたその姿を見てそれを誰が救国の英雄だと思うのだろうか。
加えて乾にとって不運...というか自業自得なのだが本日は出勤日である。窓際社員でヒーロー業と兼業とはいえ流石に現在勤めている会社を疎かにする事は出来ない。ヒーローは殆どボランティアみたいなもので収入なんて望めないし転職するにしてもこんな面倒な身の上で歳も30近い人間じゃ雇ってくれる場所が見つかるとは思えない。
オエップ...はあ、世知辛い。世界なんか救っても再就職先無いんだもんな。
ああ嫌だ嫌だと首を振りながらも乾は会社へ行く為の準備を終えるのだった。
今日も英雄乾真一は行く!明日もをご飯たべるため!。
♢
「だからね...君社会人の自覚ないんじゃ無いの?遅刻なんて困るよ」
「すいません」
乾は結局駅のトイレで気分が悪くなり再び世界への憎悪を吐き出していたら始業時刻から30分程遅れてしまっていた。確かに遅刻は駄目だ。周囲の人間にも迷惑がかかってしまう。日本という時間厳守が国民性であり常識の場所では遅刻というのは皆が想像している以上に咎められる。....ならば尚の事残業も厳しく咎められるべきだと思うのだけどどうだろうか。始まりの時間は厳守するが終業の時間にはルーズというのは時間厳守という理念に矛盾するのでは無いだろうか。
この日本の勤労思想の矛盾について考察していると上司様のお説教が終わった様でホッと一息ついて自分の席に戻る。...うんでも冗談抜きで遅刻は良く無いよな。次の日が仕事だって分かっているのにあんなにガブガブ呑むなんてまったく...それもこれもヒーローなんて続けてるからだ。どうにかしてさっさと辞めないと。
だけどヒーローに携わっていて1つだけ良かったことがある。それは...。
「ヴィランが出たってよ!」
「!!!」
そんな声が聞こえた瞬間俺はもう席を立っていた。
「乾真一只今よりこの町の平和を守る為出動します!」
先程お叱りを貰っていた上司にそう宣言して身を翻す。
別に正義に燃えている故では無く再三言っている様にヒーローをやっていくモチベーションはすでに無い。ただ前回と同じ様にヴィラン退治の後そのまま直帰するためだ。ひたすらに俗な英雄である。
なぜこんな無茶が効くかは就業先へ政府より事情説明と多少の給付金が送られているからなのだが乾はそれを利用してさっさと帰る気満々だった。ヴィラン退治はそのついででしか無い。
「あれ?先輩また早退ですか?」
オフィスを出発しようとしたところ後輩の社員に声をかけられた。そして前回同様その手にはバケットの入った紙袋が抱えられていた。
「相変わらずお前パン好きだな」
「え、ええ近くに安くて美味しいパン屋さんがあっt...え?」
「今日も助かるよありがとうな」
これまた前回と同じ様に鮮やかに強奪し会社を後にする。背後から「またですか先輩いいいいい」と絶叫が聞こえたがそのうち昼飯奢るなりして埋め合わせすれば良いだろう。
主目的は勿論早退する為なのだが今日は少々気になっている事がありその確認をする必要があるのだ。
俺の想像が正しければもしかしたら本当にヒーローを辞めることが出来るかもしれない。さっさと会社から帰れる理由が無くなるのは残念だけど人並みの社会人生活が送れる様になるのは有り難いしヒーローのしがらみが無くなれば今の関係を清算し別の場所で新たな生活を始められる可能性も出てくるだろう。
モリモリと咀嚼していたバケットを飲み込み、空になった紙袋に2つ穴を開け頭に被った。
「まあ...なるようになるか」
ヴィランが暴れているという場所に向けて跳躍する。
そしてその姿を見つめる2つの視線がある事を乾真一は気づかない。




