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彼女の名は跡川望日。 俺の大切な娘だ。

「望日、何やって!」


 そう言って望日が朱菜の胸に触れる。そうして自分の胸から心臓を剔抉し、その心臓を朱菜に捧げた。

望日は薄れゆく意識の中、そっと目を閉じて望日は今までの旅を振り返る。


「お父さんと一緒に旅した時間、忘れないよ」


「きっと、未来でも望日は望日って名前で生まれて、世界は平和で、緋乃も朱菜ちゃんもそしてお父さんも幸せな世界が待っている」



雲がないのに降る雨の事を天が泣くと書いて「天泣てんきゅう」と言うらしい。


それまで一度も雲がないなんてことはなかったんだけど、この日、俺たちは初めて天を見た。


今までのあの分厚い雲が嘘だったかのように、真っ青に広がる空という空間。


「それでもやっぱり雨は降り続けるんだな」


 相も変わらずに俺たちの頭上には雨が降る。まるで太陽が涙を流しているように、まるで天が悲しみに暮れて泣いているかのように……


 俺には太陽を見た喜びよりも、望日を失った悲しみの方が大きかった。あれほど見たかった太陽のはずなのに……




 この日俺は大切なものを失った。




 跡川 望日、俺の最愛の娘。




「というわけで、お父さん! 今から望日と『一緒に』太陽を見に行きましょう!」


 望日は太陽を見ると言った。俺はその甘言にまんまと釣られた。その魅力的な太陽と言う言葉に導かれここまで来た。


 確かに望日は言う通り、太陽を見せてくれた。


 でも、約束が違う。


「今から望日と『一緒に』太陽を」


 望日と一緒に太陽を見ることは叶わなかった。


「俺が選ぶことができなかったからだ」


 結局のところ人間の本質はそう簡単に変えることはできない。俺は今まで熟慮して黙考して、答えを出すタイプの人間だった。あの時、咄嗟に判断できなかったのは仕方ない。


 なんていうつまらない言い訳をするつもりは一切ない。


 望日がこの世からいなくなって、朱菜がこの世に生を得た。




 それだけのことだ。


 単純で明快。


 それだけだ。





 未来から来たあの跡川望日というミイラ少女は最初からこうなることが分かっていたのかもしれない。はたまた、未来の俺からそういう役割、任を与えられていたのかもしれない。


 だからって、それが正当化されるわけじゃない。望日が選んだ選択が正しかったとは限らない。本当はたとえ、望日がそんな命を受けていたとしても、そんな命令投げ捨ててでも俺と一緒に太陽を見てほしかった。


 我が儘なのは分かっている。望日も朱菜も二人とも救うなんて無理難題で無茶なのは分かっている。

 それでも願わずにはいられなかった。みんなが幸せな世界を。


 

「朱冴さん、ご飯置いときますね」


 緋乃に気を遣わせてしまっているのは分かっている。でも、やっぱり望日を失った悲しみはそう簡単に癒えることはない。


「ごめん、緋乃、ありがとう」


 俺はただ、謝ることしかできない。望日にも緋乃にも。


 朱菜は一命を取り留めたが、まだ安静にしておかないといけないらしい。




「望日……」


 望日は眠ったように死んでいる。あのミイラなのにもっちもちな肌、あのひんやりと冷たい肌、そっと手を触れると崩れてしまいそうな儚く脆い、小さな体。


 こんな小さな体に未来の命運を、何万人、何億人もの希望を背負っていたんだな。


「望日……答えてくれよ」


「望日、約束だったじゃないか」


「一緒に太陽を見るって……」


「言ったじゃないか……」



 俺一人で見たって、嬉しくない。望日と一緒にこの太陽を見たかったんだよ。




 気が付くと俺の頬からは涙が伝っていた。天が涙を流し続けているように、俺も涙を流していた。


「おかしいな、あの時には我慢できたのにな」


「望日さ、太陽だぞ……」


「向こうの世界ではもう見飽きてるかもしれないけどさ」


「こっちの世界じゃさ、初めてなんだぜ」


「俺たち、ヒミナシって呼ばれてさ、太陽ってのをさ、見ないですごしてきたんだ」


「おい、望日、目を開けてくれよ……」


 俺はぼろぼろと泣きじゃくる。望日が目を覚ますならなんだってする。だから、どうか望日を返してくれよ……


「…………」


「…………」


「…………」


 そんなに都合よく物事が運ぶわけがない。自分の思うように、思う通りに、何でも叶うわけがない。


 だけど、願わないわけにはいかなかった。なんの根拠も希望も可能性もないはずなのに心で必死に祈っている。


「望日っ……!」


 俺たちの空からは依然として雨が降り続く。あの仄暗い空からは解放された、でも、まだ欲を言えば釈然としない。変わるものと、変わらないもの。どうしても無理なことだってあるし、頑張れば変えられることもある。目の前の少女が目を覚ますにはどうすればいいんだろう。


 そんなことどうあがいても無理なのかもしれない。俺がいくら頑張ったって何も変わらないし、変えられないのかもしれない。


 俺はじっと望日の安らかな表情を見つめる。


 白雪姫は王子様がキスをしたら目を覚ますんだっけ……


 そんなロマンティックなこと、あるはずがない、でもさ、万が一、億が一、そんなことだってあるかもしれないじゃん。あってもいいじゃないか。


 俺の精神状態はどうかしていたのだろう。あろうことか、娘である望日にキスをしようとしていた。


「そう言えば、俺も望日にキスされたし……おあいこだ……」


 あの時、俺は望日と唇を合わせたことを思い出す。


 そして、静かに目を瞑り、俺は望日とキスを……


「うげっ! お父さん! 何やってんの! 気持ちわるっ! あっちいけ、しっしっ!」


「…………」


「なにだまってんの? お父さん! きいてますかー?」


「…………」


「って何泣いてんの! ちょっと! お父さん!」


「…………」


「聞いてるー? おーいー! おーい!」


「うっ……み……びぃ……」


 辛うじて出た声は紛れもなく不審者のそれで、気持ちの悪い情けのない声だったのは自覚している。それでも、それ以上に、望日の声が再び聴けて嬉しかった。


「死んじゃったかと……思った……」


 情けない声で、俺はそう続けた。本当に良かった。


 俺は何度も心の中でその言葉を繰り返している。


「望日ちゃんはミイラだからもとから死んでるっての! お父さん忘れたの?」


「望日ちゃんは未来から来たミイラ、略して……ミライミ……」


――言わせねーよ!


「良かった! いつものお父さんに戻った!」


 望日の屈託のない笑顔が心に沁みるのが分かる。これが親心ってやつなのかな……



「よっ! 久しぶり! 跡川朱冴!」


少女は懐かしげに久闊を叙する。快活な声で俺の名を呼び、俺に向かって右手を挙げ、友好的な雰囲気を醸している。



彼女の名は跡川望日。


俺の大切な娘だ。



「おかえり……望日……」


 いつしか降り続けていた雨は止み、空にはきれいな虹がかかっていた。



今までありがとうございました!これにて完結です!

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