35 うさぎってかわいいはずだよね
その時、死んでいるのかと思った人影が動き、白い生物から少しでも遠ざかろうともがいているけど、怪我をしているのかそれとも腰が抜けているのかなかなか前に進まない。
他の人たちもかろうじて生きているようで同じく少しでも遠くへ逃げようと必死に足を動かしている。
あれ?
一番後ろにいる人物に目を向けたとき、知っている顔だと気づいた。
メイブだ。
メイブのパーティとうさぎ・・・かしら。
近寄ってはいけない。
本能的な何かに迷わず回れ右をする・・・がそれよりも早く、
「おいっ。お前ら何見とんねんっ。なんでお前らがここにおるんやっ。さっさと失せろっ」
離れる前に見つかってしまった。
『お前こそこんな所で何をしている?』
「こいつら、わしの大事なもん壊しよったからにヤキ入れとるんじゃ。邪魔するなよっ」
二足歩行のうさぎがそう言った瞬間、どんっと大きな音と共に火柱が上がった。
それを見た私は思わず水魔法を使って大雨を降らせていた。
簡単な水魔法なら使えるように練習していた甲斐があった。
あんな嫌なヤツでも目の前で死ぬのは見たくない。
「何してくれとるんじゃっ、お前っ」
わめくうさぎを横目に、メイブたちにそっと近づく。
かろうじて息をしているので、気を失っているだけのようだ。
私はため息をつきつつ光魔法を発動し、メイブたちの怪我を治した。
目を開けたメイブに「大丈夫?」と声をかけたら、メイブは驚いて目を見開き何かを言おうとしたけど、私の後方へ目を向けた瞬間、この世の物とは思えない叫び声をあげ一目散に逃げて行った。
置いていかれたホルゲンたち他の仲間も慌ててメイブの後を追いかけて行く。
「おいっ、お前っ。何であんな死んで当然の人間を助けるんやっ。勝手なことをすなっ。だいたい何で風の精霊と水の精霊がそろってこんなとこにおるねんっ」
これって着ぐるみかしら?
真っ赤なアロハシャツに黒のハーフパンツ、尋常じゃないほど目付きが悪い。
うさぎとしてのかわいらしさの欠片もない、まるで極道のような生物。
でも頭の上についている長い耳やピンクの小さな鼻、赤い目はうさぎのようにも見える。
私は目の前のうさぎのような生き物を指差しながら、イヴァンに尋ねた。
「ねぇ、イヴァン。この二足歩行のうさぎみたいなのは魔物なの?」
「誰が魔物じゃっ。お前、目ぇ開いてるんかっ。わしのどこが魔物やねんっ。精霊に決まっとるやろっ」
・・・精霊?
今、精霊って聞こえた気がするんだけど・・・。
そっとイヴァンを見ると、イヴァンは苦々し気に軽く頷いた。
この極道うさぎが精霊?
・・・。
嘘でしょっ。
間違ってるっ。
絶対、何か間違ってるよっ。
呆然とする私の耳に極道うさぎの喚く声が聞こえてくる。
「おいっ、フェンリルっ、アクエっ。何でこんな人間なんかと一緒におるんやっ。さっさと答えんかいっ」
さっきから極道うさぎの口からガラの悪い関西弁みたいなのが聞こえてくるんだけど、チートの翻訳機能がおかしくなっちゃったのかしら?
「お前はさっきから何かと失礼なヤツやのう。わしに喧嘩売っとるんかっ?」
「ねぇ、イヴァン。このうさぎが精霊とか、何かの間違いじゃない?」
やっぱり信じられない私はもう一度イヴァンに尋ねた。
『こんな奴でも正真正銘、火の精霊ヴォルカンだ』
イヴァンの言葉に唖然とする私。
『ヴォルカン。何故お前がここにいる?お前は滅多にベステルオースから出てくることはなかったはずだが』
「別に何でもええやろっ。わしの勝手じゃっ。それより何であいつら逃がしたんじゃっ。このままやとわしの怒りが収まらんわっ」
そう言うと、ヴォルカンの周りに小さな火の玉みたいなのが現れた。
そしてボオッと大きくなっては燃えつきたみたいに消えていく。
最初は小さかった火の玉がだんだんと大きくなってきてパンっと大きな音を立てながら消えていくようになった。
ヴォルカンの怒り具合に同調しているようだ。
さすがにこれ以上大きくなったら危険だと思った私は渋々ヴォルカンに尋ねた。
「どうしてそんなに怒ってるの?メイブたちに何を壊されたの?」
確か大事なものを壊されたと言ってたと思うんだけど。
「これやっ!」
ヴォルカンが取り出したのは・・・首と胴体がちぎれたうさぎのぬいぐるみだった。
「・・・うさぎのぬいぐるみ?」
首と胴体がちぎれているだけでなく、片方の耳はとれかけ、目であろうボタンもとれてかろうじて止めてあった糸でぶら下がっている。
胴体の方もお腹の辺りや足から綿が飛び出し何とも悲惨な状態だ。
「あなたの大事なものってそのうさぎのぬいぐるみのこと?」
「そうやっ!」
「それをメイブたちに壊されたと?」
「ああ、そうじゃ。ちょっとそこに置いて目を離したすきにこんな状態になっとった。あいつら笑いながらわしの大事なキャサリンを引きちぎっとったんやぞ。死んで当たり前じゃっ。それやのにお前が余計なことをしよったせいで、わしの怒りをどうしてくれるんじゃっ」
・・・。
いろいろありすぎてどこから突っ込んでいいのかわからない。
火の精霊の大事なものが自分と同じうさぎのぬいぐるみで名前がキャサリン。
・・・。
やっぱりここは何も見なかったことにして帰った方がいいんじゃないかしら。
いろんな意味で危ない生物とは関わらない方がいい気がする。
うん、そうしよう。
「イヴァン、シロ。ここじゃない所でお昼ご飯食べようか。お腹空いたよね」
「なんや、お前。無視すんのかっっ!」
ヴォルカンの周りの火の玉がバチバチ音を立て始めた。
えっ?
何?
嘘っ。
『サキに手を出してみろ、我が許さぬぞ』
「我もじゃ」
イヴァンとシロの殺気のこもった声と同時に、周りの空気がピリピリして一触即発の状態になった。
しばらくにらみ合っていた三人だけど、ふっと重苦しい緊張が解けた。
ヴォルカンの周りの火の玉が消えたからだ。
戦闘解除となったらしい。
ヴォルカンはふっと息をつくと、
「手を出すも何もお前の結界が張ってあるんやさかい、攻撃なんぞできるわけがないやろ。だいたいこいつは何者やねん。精霊のお前ら二人が守るってただの人間やないやろ」
「ただの人間です」
すかさず私は言った。
「そんなわけあるかっ。こいつら二人がただの人間と一緒にいるやなんてありえんやろ」
「残念ながらただの人間です」
「もうええ。お前には聞かん」
ヴォルカンはイヴァンとシロに向き直ると、
「お前らなんで人間なんかと一緒におるんや?何かあんのんか?」
『別に。我が一緒にいたいと思うから一緒にいるだけだ』
「我もじゃ」
「はぁ?」
困惑の表情(たぶんだけど。狼の表情はわかるようになったけど、うさぎは無理だわ)を浮かべつつも、
「まあええわ。わしには関係ないからのう。ほな、もう行くわ」
ヴォルカンはちぎれたうさぎのぬいぐるみを大事そうに抱えると、肩を落としてすごすごと歩き出した。
哀愁漂う後ろ姿を見て、なんだか無性にかわいそうになった私は、気がつけば声をかけていた。
「そのぬいぐるみ、直せるかも」
「ホンマかっ!」
私の言葉に素早く反応したヴォルカンはすぐさま側まで戻ってきた。
うさぎだけあって瞬発力はあるようだ。
「ホンマに直せるんか?」
「ちょっと見せて」
ボロボロになったぬいぐるみを受け取るとあちこちひっくり返しながら調べていく。
ぬいぐるみの元になっている生地も特殊なものでもなさそうだし、きちんと縫い合わせて足りない綿を詰めればなんとかなりそう。
・・・。
どこにでもありそうな普通のぬいぐるみに見えるんだけどなあ。
ここまで火の精霊が執着するなんて特別なぬいぐるみなのかしら。
まさか。
「たぶん、元通りに直せると思うけど、動きだしたりしゃべったりはしないと思うわよ。それでもいい?」
私の言葉を聞いたヴォルカンは何故かアホな子を見るような目をして、
「お前頭大丈夫か?何でぬいぐるみが動いたりしゃべったりすんねん。そんなぬいぐるみがあったら怖いやろ」
!!
あんたにだけは言われたくないっ。
動いてしゃべるぬいぐるみみたいなあんたにはっ。
かろうじて口に出さずに飲み込んだけど、やっぱり思考は読まれてるようで、
「わしのどこがキモいねんっ。こんなかわいい精霊捕まえてキモいとは何やっ」
いや、キモいなんて一言も言ってません。
でも自分のことをかわいいって思ってるあなたは確かにキモいです。
それから人の思考を勝手に読まないで。
「直すにしても家に帰らないと無理だから少し時間をちょうだい。とりあえずお腹が空いたからお昼ご飯にしない?」
ジメッとした森の中も嫌だけど、この焼け野原でも食べたくない。
もっと他にどこかないかしら。
そう思ったとき、のんびりとしたシロの声がした。
「水の匂いがする。この先に川が流れておるようじゃ」
「川があるの?じゃあそこでお昼にしましょう」




