33 イヴァンがデレた!?
次の日の朝、私はすでに日課となりつつある散歩兼薬草摘みのために湖まで来ていた。
そして湖なのに湖ではありえない現象を目にした。
「・・・ウォータースライダー?」
湖の右側の水が高く盛り上がり、左側へ行くほど下がっている。
「おぉ、サキか。どうだ?このウォータースライダーとかいうものの出来は」
声のした方を見ると、ウォータースライダーもどきを滑り降りて行くシロが見えた。
日本のスライダーと違って、全てが水で出来ているので、滑り降りて行くシロの姿も丸見えだ。
シロの首元にかけてある従魔の印に使っているスワロが朝の光に反射してキラキラ光っている。
「すごいっ。ウォータースライダーになってるっ」
昨日、あれから散々説明して上から水を降らせることではないとわかってくれたようで、明日もう一度試してみると言っていたシロだけど。
「サキ。これは楽しいのぉ。何度やっても愉快じゃ」
そう言ってはまた高い所へ泳いでいき、滑って行く。
人間なら階段がないと高い所まで行けないけど、さすが水の精霊。
泳いで高い所まで登っていく。
子供のようにはしゃぐシロを見ていると、私まで楽しくなって滑りたくなる。
「なら、サキも滑れば良い。一緒にどうじゃ?」
「誘ってもらってすごく嬉しいんだけど、今は無理かなあ」
「無理?何故じゃ?」
何故って今はまだ四月に入ったばかりで、暖かくはなってきたものの、水はまだ冷たい。
「水に入るにはまだ早いわ。風邪を引いちゃう」
「人というのは不便よのう」
「でも、夏になったら一緒に滑らせて。お願いね、シロ」
「ふむ。わかった」
「約束だからね」
ふふ。
これで夏が楽しみになってきたわ。
本当に水着の用意をしなくちゃね。
本当なら魔力の無駄遣いって怒るところだけど、こんな楽しそうなシロを見たら、まあいいか。
あぁ、結局私はイヴァンだけじゃなくシロにも甘いのね。
認めるわ。
楽しげなシロを横目にいつもの薬草を摘んでいく。
「摘んでも摘んでも次の日にはちゃんと生えてるんだよね。薬草って不思議・・・」
さらに奥へ進んでピペリア草やヒハツ草も摘む。
そういえばこの辺りから奥へは行ったことないわね。
森の奥を見ながら考える。
・・・ちゃんと帰れるかしら。
さすがにこの年で迷子は恥ずかしい。
まぁ、いざとなったらイヴァンを呼べばいいか。
どうせ、ハンモックで寝てるだけだし。
なので、先に進むことにした。
しばらくは同じような風景が続き、薬草を摘みつつ進んでいく。
すると突然、ぽっかり開けた場所に出た。
そしてそこにはたくさんの赤いチューリップが咲いていた。
「うわー、何ここ。すっごく綺麗」
そしてチューリップ畑を抜けた先にはどんと一本の大きな木がそびえ立っていた。
それはユラのヤドリギであるハナマイムの木のようだ。
「ここにも生えてるんだ、ハナマイムの木」
歩を進めてハナマイムの木を見上げる。
「なんて立派な木なの。大樹の名に恥じない貫録ね」
四方に枝葉を伸ばし、朝の太陽の光を受けるハナマイムは清々しささえ感じる。
見つめていると心が洗われていくようだ。
「ユラと一緒に来れたらいいな」
しばらくそうやって見上げていたら、ふと視線を感じて振り返った。
そこには家で寝ているはずのイヴァンがいた。
「イヴァン!どうしてここに?」
『サキの気配がどんどん離れていくので、どうしたのかと思っただけだ』
のそりのそりと私の方へ向かって歩きながら嬉しいことを言ってくれる。
『べ、別に心配したわけではない。風の森にいる限り安全だからな』
あっ、イヴァンがデレた。
『とにかく、腹が減った。朝飯はまだか』
これが人間のイケメンならば、少し頬を染めて照れ隠ししているようなものではないだろうか。
やだっ。
私の方がキュンキュンするっ。
イヴァンに抱きついて思いっきりモフろうと画策し、いざ実行に移そうとしたその時、
『あぁ、アトリア草を摘みに来たのか』
イヴァンの視線の先には赤いチューリップがあるだけだ。
「どこにあるの?アトリア草」
『目の前にたくさん生えておるだろう』
何を言ってるんだみたいな目で見られても、そこにあるのはチューリップだけだ。
「チューリップ以外生えてないよ。もしかして小さすぎて見えないとか?」
『チューリップ?それは何だ?』
「辺り一面に生えてるじゃない」
『生えているのはアトリア草だろう』
「えっ?」
私はチューリップだと思っていた赤い花に近づき指差した。
「これがアトリア草なの?チューリップじゃないの?」
頷くイヴァンを見て、もう一度チューリップだと思っていた花をまじまじと見た。
花の形や茎の感じはチューリップそっくりだけど、葉の形が違った。
チューリップなら平たく細長い形をしていて先がとがっているけど、この花についている葉はバネのようにくるくる巻いていた。
「全然普通じゃないじゃないっ」
シロの説明を思い出した私は叫んだ。
それでもアトリア草をぶちぶち摘んではアイテムバッグに入れていく。
ある程度摘み終えたところで、大きなハナマイムの木の下に寝そべっていたイヴァンに話しかけた。
「ねぇ、イヴァン。どうしてここにこんな大きなハナマイムの木が生えてるの?前にサゴシュさんが、この国にハナマイムの木が生えているのは珍しいって言ってたでしょ。ここまで大きいってことはかなり昔からここにあるってことよね。何か意味があるのかしら」
イヴァンは大きなあくびをしながら、
『知らぬ。そもそも木の種類など気にしたこともない』
まあ、それもそうか。
私だってあちこちに生えてる木の種類をいちいち気にしたり、どうしてここに生えてるのか考えたりしたことないものね。
せいぜい春に桜の花を眺めたり、秋に紅葉するもみじやイチョウを見て感嘆するくらいだ。
でもいつか、ユラが風の森に来れるようになってこの大きなハナマイムの木を見たら喜ぶかも。
ちょっと楽しみになってきたわ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
イヴァンと一緒に来た道をゆっくり戻って行く。
湖まで戻り、まだウォータースライダーで遊ぶシロを見たイヴァンが呆れたようにつぶやいた。
『あやつは何をやっているのだ?』
「ああやって水で作ったスロープを滑り降りるのが楽しいのよ。私も夏になったら一緒に遊ぶ約束をしてるの。イヴァンも一緒にやらない?」
私がそう言うと私まで同じような目で見られた。
絶対楽しいもん、ウォータースライダー・・・。
家まで帰ってくると腹が減ったとうるさいイヴァンのために朝食を作り始める。
まだたくさん残っているレッドボアの肉を冷蔵庫から取り出し、照り焼きチキンならぬ照り焼きレッドボアを作るべく調味料をそろえる。
今日はどこかの森にサーバル草を摘みに行かなくちゃいけないから朝からガッツリ系メニューだ。
まず、レッドボアの肉を適当な大きさに切り、フォークで数か所穴をあけ、両面に片栗粉をまぶす。
油を熱したフライパンでレッドボアの肉を焼いていく。
両面に焼き色がついたら、醤油、酒、みりん、砂糖、蜂蜜を混ぜ合わせたものを加えて照りが出るまでしっかりと絡ませると完成。
今朝、焼きあがったパンを取り出し、もう一度材料を投入してスイッチを入れておいたホームベーカリーがもうすぐ焼きあがると知らせてくる。
この二回分の食パンは後でお昼用のサンドイッチを作ろうと思う。
今作っているレッドボアの照り焼きもサンドイッチの具にするつもり。
さらに半熟の目玉焼きも作る。
丼に白米を盛り、レタス、照り焼きレッドボア、半熟目玉焼きの順にのせていく。
汁物はちょっと手を抜いてインスタントのわかめスープ。
ちょっと野菜が足りないかしら。
野菜室から取り出したキュウリを斜め切りにし、塩昆布とごま油で和えて浅漬け風に。
それらをテーブルに並べながら、念話で湖で遊んでいるシロを呼ぶ。
その間にユラの所へ転移して朝食を渡し、「後でまた来るから」とすぐに風の森へ戻る。
後でギルドに薬草を持って行こうと思っているからだ。
家に戻るとすでに二人はテーブルに着いていた。
一緒に手を合わせてから朝食を食べ始める。
ガツガツ食べるイヴァンに、ゆっくり食べるシロ。
二人を眺めながらほのぼのとした気分でレッドボアの照り焼きを口に運ぶ。
甘いタレが絡んで美味しい。
いつもの食卓の風景に満足しながら食べ終えると、お昼用のサンドイッチに取りかかる。
照り焼きレッドボア以外にたまごサンドを二種類。
ゆで卵を刻んでマヨネーズで和えたものと、この間好評だった厚焼き卵。
それからツナマヨ、ハム、チーズ、レタス、キュウリ、トマトなどお馴染みの具材。
「レッドボアの肉があと少し残っているのよね。カツにして使い切っちゃおうかしら」
レッドボアの肉に衣をつけて揚げている間にサンドイッチを作っていく。
卵とキュウリだったり、ハムとチーズとトマトだったり。
たっぷりのレタスに照り焼きレッドボアを挟んだり。
揚げたてのカツも同じようにして。
ほとんど出来上がったところで最後に冷蔵庫から生クリームといちごを取り出した。
デザート代わりのいちごのフルーツサンドをたくさん作ったらお昼のサンドイッチ弁当の完成だ。
出来上がったそれらを温かいコーヒーの入った水筒と一緒にアイテムバッグに入れる。
別にしておいたユラの分のサンドイッチを持ってユラのところへ行き、
「お昼ご飯のサンドイッチよ。お昼になったら食べてね。今から薬草採取に行ってくるから終わったらまた来るわ」
ユラのサンドイッチをテーブルに置くと、しばしユラをぷにぷに。
イヴァンのようにモフモフしてないけど、ユラのぷにぷにもたまらなく気持ちいい。
「それじゃあ、行ってくるからいい子で待っててね」
そう声をかけるとすぐさま風の森へ。
動きやすい服に着替えてお気に入りとなった紺のマントを羽織る。
そう、アレスさんに買ってもらったマントだ。
そういえばまだお礼をしてなかったわ。
昨日、アレスさんの好きな物を聞いておけばよかったな。




