8 ネットスーパーでお買い物
日もかなり傾きかけてきたので、干していた布団とラグを取り入れ、夕食の準備に取り掛かった。
お米を研ぎ、炊飯器にかけ、ご飯を炊いている間に味噌汁と豚の生姜焼きの用意をする。
冷蔵庫から必要なものを取り出していると、イヴァンがそれは何だ?と聞くので、冷蔵庫といって食材を冷やして長持ちさせるものだと説明すると、ほぉーと感心していた。
お味噌汁には豆腐とわかめ、それから人参が少し残っていたのでそれも一緒に入れる。
次に生姜焼きを作る。
フライパンに豚肉を入れ焼いている間に、にんにく、生姜、ポン酢、醤油、砂糖をボウルに入れ混ぜておく。
豚肉が焼けたら先ほど作ったタレをフライパンに入れ、豚肉に絡めるようにして焼き過ぎないように火を通す。
皿に千切りにしたキャベツを盛ってその横に豚肉を添える。
ちょうどご飯も炊きあがったみたいでピーッと音が鳴った。
またしてもイヴァンがびっくりしている。
イヴァンはお米を炊飯器にかけた時からじっと炊飯器の前で見ていたけど、蒸気が出たり、小さな炊ける音がする度に驚いてうぅーと唸りながら威嚇している。
かわいいなあ、もう。
テーブルに豆腐とわかめの味噌汁、豚肉の生姜焼き、ついでに冷蔵庫に残っていた昨日作ったきんぴらごぼうも出す。
最後に蒸らし終わったご飯を添えて完成。
いただきますと手を合わせながら、向かいに座るイヴァンを見る。
ちょこんと椅子に座る様子が微笑ましい。
「熱いから気をつけてね」
そう声をかけてから私も生姜焼きを口に入れる。
ポン酢を入れるとさっぱりと食べられるので、私も死んだ夫も好きだった。
イヴァンも口に合ったようでガツガツと食べている。
『この白い四角い物は何だ?ふにゃふにゃして噛み応えがないな。この黒いペラペラした物も』
味噌汁を口にしたイヴァンが不思議そうな顔で聞く。
「白いのが豆腐。大豆から出来ていて体に良いの。黒いのはわかめといって海で採れる海藻でミネラルたっぷりよ」
夕食もしっかりと完食したイヴァンはまたリビングのラグの上に寝そべりくつろいでいる。
後片付けを終え、二人分のコーヒーを持って、イヴァンの側へ行く。
ソファの上ではなくイヴァンの隣のラグの上が私の定位置になりそうだ。
ミルクと砂糖を入れ甘めにしたコーヒーをイヴァンの前に置く。
「コーヒーよ。飲める?」
すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いだ後、そっと舌で舐めたイヴァンは顔をしかめて苦いなと言った。
イヴァンて甘党かしら。
和菓子を気に入ってたものね。
「もう少し砂糖を入れましょうか?」
たっぷりと砂糖を入れて再度イヴァンに出してみると、おぉ、これは美味いなと全部飲み干していた。
『ここでは砂糖は高価で王や貴族など一部の者しか口にすることができぬが、サキは貴族なのか?使用人もおらぬし全部自分でこなしてはいるが』
「違うわ。ただの庶民よ。私の国では砂糖はそんなに高価な物ではなくて誰でも買えるの。でも・・・なかなか砂糖が手に入らないなら和菓子は作れないわね。大量に砂糖を使うもの」
二人でどうしたものかと考えていると、玄関の方でコトリと音がした。
何だろう?
イヴァンも気づいたようで二人でそっと玄関へ向かう。
一見変わったところはなさそうに見えたが、ふと玄関扉脇に目をやる。
あれ?
あんなところに扉なんてあったっけ?
本来そこは明かり取りの窓ガラスがはめてあったところだ。
慎重に扉を開けてみると、そこには見慣れた段ボールが一つ。
ネットスーパーで頼むといつも買った物が入っている段ボール箱だ。
まさか本当に届いたの?
慌てて取り出し箱を開けてみると、朝、確かに私がネットで頼んだ物が入っている。
鶏もも肉、ブロッコリー、トマト、お饅頭。
そういえば、この扉の向こうは宅配ボックスが設置してある場所だ。
つまり、向こうの世界で宅配ボックスに配達してもらうと自動的にここに届くってこと?
な、なんてご都合主義なのっ。
私としてはありがたいけど。
とりあえず、届いた物を段ボールごとキッチンに持って行く。
買った物を冷蔵庫に入れながら、不思議そうな顔をするイヴァンに説明した。
『家にいながら買い物ができるとはお前の世界はすごいのだな』
感心したように言うイヴァンに、
「これで砂糖とか和菓子の材料とか必要なものはほとんど手に入るから食料確保の心配はなくなったわ」
イヴァンのしっぽが盛大に揺れているので、本当に嬉しいのだろう。
思わずクスッと笑ったら、イヴァンにギロッと睨まれた。
いいじゃない、別に・・・ぐすん。
ネットで買った物がこっちの世界に届くことがわかったので、パソコンの前に座り、ネットスーパーで買い物をする。
小倉あんをはじめ、白あん、ゆであずき缶、上新粉、白玉粉など和菓子の材料をいくつかとじゃがいもや人参、きゅうりなどの野菜、きのこ類を少々、卵、挽肉、それと味噌や醤油といった調味料を注文した。
注文を終えパソコンを閉じると、いつもの癖で腕を頭の上に上げてうーんと伸びをしたけど、
あれ?
あんまり疲れてない?
いつもならしばらくパソコンと格闘していると目や肩や腰にくるんだけど。
若返ったおかげかしら。
ホント、若いっていいわねぇ。
そろそろいい時間だったので、湯船に湯を張りお風呂の準備をする。
イヴァンも誘ったけど、浄化魔法があるから入らないと言われた。
何気に便利だけど、やっぱり日本人にはお風呂よねと私一人で入る。
湯船にゆっくり浸かってホッと一息つく。
なんだか長い一日だったなあ。
朝起きたら若返ってるわ、異世界にトリップするわ、精霊に出会うわ、本当に信じられないことばかり。
今でもこれは夢なんじゃないかって疑っている自分もいる。
いくら新しいことを始めようと思ったからって異世界生活はないと思うの。
「・・・元の世界に帰れるのかなあ」
小さくつぶやいた私の声は浴室の壁に反響して消えていった。




