25 ヤドリギ
一階のキッチンに立つと、何を作ろうか考える。
「昨日使ったホットケーキミックスがまだ余ってるわね。それから・・・」
冷蔵庫を開けておやつの材料になりそうなものを探す。
「何かなかったかしら。あれ?この豆腐、今日までね。早く食べなきゃ・・・ってそういえばイヴァンに時間停止魔法をつけてもらったんだっけ。じゃあ、腐ったりしないからそんな心配はいらないわね。いらないんだけど・・・」
豆腐を手に取り、ジッと見る。
「だからといって消費期限を一ヶ月とか二ヶ月とか過ぎてるものを平気で食べられるかというと心情的に微妙よね。まあ、そう言っちゃうと何のためにイヴァンに時間停止魔法をつけてもらったのかって話になっちゃうけど。うん、まあ一種の保険ということで。とりあえずこの豆腐を使って豆腐ドーナツでも作ろうかな」
ボウルに豆腐(水切り不要)と砂糖を入れ、滑らかになるまで混ぜる。
さらにホットケーキミックスを入れてしっかり混ぜる。
熱した油にスプーンで生地を落とし入れ、きつね色になるまで揚げる。
最後に、揚げたドーナツの半分に粉糖を、残りの半分にきな粉をかけると完成。
「イヴァン、おやつできたわよっ」
声をかけるとイヴァンはすぐさまハンモックから飛び降りてテーブルへとやってきた。
『これは何だ?』
「豆腐ドーナツよ。こっちが粉糖をかけたもので、こっちの黄色いのがきな粉がけ。揚げたてで熱いから気をつけてね」
湖からシロも戻ってきて人型に変異し、シロが使うのにちょうどいいサイズのフォークに豆腐ドーナツを突き刺すと、口へ運ぶ。
そう、実は昨日の夜、宅配で届いたのだ。
子供のおままごと用のスプーンとフォークが。
いや、正確に言うと子供が人形遊びで使う人形用の食器セットが。
今時のおもちゃってよくできてるよね。
こんな精巧につくられてるとは思わなかったわ。
おかげでシロにはよかったけど。
ユラにもおやつを届け、お礼の赤い花の鉢植えを窓辺へ飾ると、家に戻りアツアツフワフワの豆腐ドーナツをほおばる。
「美味しいねえ」
「うむ。美味い」
『美味い。おかわりは?』
おかわりを催促するイヴァンの前に、残りの豆腐ドーナツを全部置き、さらに残っていたあんこも出す。
「あんこと一緒に食べても美味しいわよ」
あんこを見て目をキラキラさせたイヴァンはすぐさまあんこをのせた豆腐ドーナツにかぶりつく。
『おお、これが一番美味い』
みんなで楽しくおやつを食べながら、ふと今も一人であろうユラを思う。
「ねえ、イヴァン。ユラはここには連れて来れないの?」
『別に生まれた木の側にいなければ死ぬということもなかろうが、大地の精霊のことなど知らぬ。本人に聞け』
「本人に聞いたところでわかることなの?」
『知らぬ』
「酷いわっ、イヴァン。もうちょっとちゃんと考えて」
『知らぬものは知らぬ』
「もう、イヴァンってば」
ずっとじゃなくても食事の間とかちょっとの時間でもここにいれたらユラも楽しいよね、きっと。
何かいい方法はないのかしら?
「ユラとかいう輩のヤドリギの一部をここに持ってくればよいではないか」
「えっ?ヤドリギ?」
今まで黙ってゆっくりと豆腐ドーナツを食べていたシロが口を開く。
「ヤドリギって宿り木のことよね?宿り木は他の木に寄生して生長する植物のことでしょ。むしろユラの方が宿り木っぽいけど」
「そうではない。大地の精霊の住む木をヤドリギと呼んでいるのだ」
「そうなの!?シロってば詳しいんだねぇ」
感心する私に、シロは小さな体をやや後ろに反らして威張ってみせた。
やだ。
すごくかわいいんですけどっ。
いやいやかわいいシロの姿に悶えている場合じゃない。
「えーっと、つまり。ユラの住んでるハナマイムの木の枝とか一部をここに持ってくればいいってこと?」
「そうだ」
「うーん。あの木って挿し木とかできるのかしら?」
「そこまでは我もわからぬ」
「挿し木って何度かやったことがあるけど、一度も成功したことがないのよね。大丈夫かしら」
それでもユラがここに来れるかもしれないのならやってみる価値はある。
夕食を持っていったときに見てみよう。
おやつの時間も終わり、私はカレンダー作りに戻った。
各々に一から六の数字を刺繡し終えると線に沿って切り抜き、裏にマジックテープを布用ボンドで貼り付ける。
カレンダーになる布の方にも対になるマジックテープをボンドで貼り付け、さらに糸でも縫い付けておく。
日付の並ぶ上の部分に一つ、残り十一個は右端に作った余白の部分に同じように縫い付ける。
これで表布が完成。
この表布の大きさに合わせてキルト芯と裏布をカットし、三枚合わせて縫い上げる。
途中、上部に壁にかけるための紐を挟むのも忘れない。
「やったっ!できたっ!」
完成したそれを高々と持ち上げる。
「久しぶりのパッチワークだったけど、なかなかの出来ね」
と自分で自分を褒めてみた。
出来上がったパッチワーク風カレンダーを持ってリビングへ行き、かけてあった日本のカレンダーを外してそこへかけた。
そして日付の上の月の部分に黒地に白の糸で「二」と刺繡したものをくっつける。
今は黒の二の月で、日本でいうと四月にあたる。
「風景写真を使ったカレンダーもいいけど、手作りカレンダーも味があっていいわね」
腰に手を当てニマニマ笑いながら眺めていたけど、ふと窓の外を見てびっくり。
もう真っ暗だ。
それもそのはず、時計の針は七時を指していた。
「うわあ、大変。急いで晩ご飯作らなきゃ」
冷蔵庫の中を確認してマーダーグリズリーの肉でカツ丼を作ることにした。
それに春キャベツと人参のコンソメスープ。
一口大に切ったトマトと釜揚げしらす、戻したわかめを混ぜ、上に小口ネギを散らし、オリーブオイルとポン酢を混ぜたドレッシングをかけて作ったトマトとしらすのサラダ。
出来上がったそれらをテーブルに並べるとイヴァンとシロに声をかける。
「ユラのところに届けてくるわね」
一瞬でユラの元に転移し、できたての食事をテーブルに置く。
ユラの方も私に慣れてきたのか、普通に姿を見せながら来てくれる。
そしていつものように食べ終えると、ポンっと紫色の花の鉢植えを出した。
私はそれを持って窓辺に近づき、赤い花の隣に並べた。
「本当に綺麗ね」
気分よく花を眺める私は、まだ知らなかったのだ。
この花たちが街の噂になっているなんて。
風の森にある家に戻った私は、テーブルに着くと、イヴァンたちと一緒に食べ始めた。
もちろん、イヴァンにおかわりを出してから。
しっかりと晩ご飯をいただいた後は、お風呂に入って疲れをいやす。
「前は一日中あんなことをしていたら、夕方には目がショボショボしてたけど、今は全然平気。本当に若返っちゃったんだなあ」
浴室の天井を見ながら、そんなことを再認識する私だった。




