21 薄紫色のあなた
モリドさんに説明されている間にヴィクタさんのお店に着いたようだ。
「ヴィクタ、コックス二つ」
「あぁ、モリドか。待ってろ、すぐ作るから」
ヴィクタさんはそう言うと、薄紫色をした生地をさっと鉄板で焼いて、その上に炒めたお肉をたっぷりと乗せ、申し訳程度のカイワレみたいな野菜を添えると二つに折り、油紙で包むとほらよっとモリドさんに手渡した。
一つを私に寄越すと、空いた方の手をポケットに突っ込み、小銭をいくつか取り出してヴィクタさんに渡した。
それを見た私は慌ててアイテムバッグからがま口財布を取り出し、自分の分を払おうとしたけど、モリドさんにきっぱりと断られた。
「いいから、いいから。俺が食いたいのもあるけど、ヴィクタの作るコックスはすっげぇ美味いから一度サキにも食べてほしいんだ」
モリドさん。
そんなキラキラ笑顔で言われたら断れないじゃないですか。
わかってます?
自分の笑顔の破壊力を。
結局、モリドさんの厚意を無下にも出来ず、ありがたくコックスを頂戴することにした。
見た目もやっぱりタコスだなあ、薄紫色の生地がちょっと微妙だけどなんてまじまじとコックスを観察している横で、またも彼女かなんてからかわれているモリドさんだったけど、「そんなんじゃねえ」と叫ぶと、私の手を引いてずんずん歩いて行く。
少し人通りが少なくなった場所で立ち止まると、モリドさんは突然頭を下げた。
「すまんっ、サキ。俺のせいであちこちでからかわれて・・・。嫌な思いをさせちまって悪かった」
「私の方こそごめんなさい。私が一緒のせいでモリドさんこそ嫌な思いをしたんじゃ・・・。私は何とも思ってませんから気にしないでください」
「何とも・・・思ってない・・・。そうか、サキが気にしてないならいい」
何だか複雑そうな顔をするモリドさんを横目に、私の意識はすでに手の中のコックスにあった。
気を取り直した様子のモリドさんと一緒にコックスにかぶりつく。
「・・・美味しい・・・」
甘辛い味付けの肉と固めに焼き上げた生地がよく合っている。
生地に塗られている少しピリッとしたソースがアクセントになっていてこれがまたお肉に合うのだ。
モリドさん一押しなだけあるなあ。
パクパク食べていると、半分くらいになったところでイヴァンの声が聞こえた。
『我にも食わせろ』
しまった。
イヴァンのことをすっかり忘れてた。
『忘れてた・・・だと!?』
「あー、ごめん、ごめん。イヴァンもどうぞ」
少し屈んでイヴァンの口元にコックスを持って行くと、
パクリっ。
一瞬でコックスはイヴァンの口の中へ消えていった。
私のコックスが・・・。
『まあまあだが、やはりサキの作ったものが良い。この程度のものなどサキなら作れるだろう?』
「簡単に言わないでよ。タコスなら作ったことがあるけど、コックスは見たのも食べたのも今日が初めてなの。モロコシの実だって私の知ってるモロコシは薄紫なんて色してないから同じものかどうかわからないし、コックスは作る人によって味が違うって言ってたでしょ。こんなに美味しい、ヴィクタさんの作るコックスと同じものを作るなんて自信がないわ」
『ふむ。ならタコスとやらでも良いぞ。似たようなものなのであろう?今のコックスとやらもいずれ作れるように精進すればよかろう。期待して待っておる』
「待ってっ!期待されても困るからっ」
「すまんっ。俺の気遣いが足りなかったせいで・・・。イヴァン、悪かった」
「モリドさんは何も悪くないですよ。イヴァンが意地汚いだけなんです。だから気にすることないです」
『誰が意地汚いんだ?サキ』
「あー、イヴァン、落ち着いて。言葉のアヤってやつよ。わかった。タコスも作るし、コックスも研究するから。ねっ、機嫌直して」
目の前で手を合わせる私に、イヴァンはグルルとうなり声を上げると、
『サキ。そろそろ帰るぞ。もういいだろう』
「うん、わかった。でも帰る前に一つだけ。モリドさん、モロコシの実が売っている所に連れて行ってもらえませんか。どんなものなのか見てみたいので」
作るにしてもモロコシの実がどんなものなのか知っておきたいと思ったのだ。
モロコシってトウモロコシのことかしら。
それともイネ科の種子のことかしら。
はたまた全くの別物?
モリドさんに案内されたのは米を売っている店だった。
「これがモロコシの実を粉にしたものだ」
指差す先には薄紫色の粉が置いてあった。
「それで粉にする前が、これだ」
次に米を売る店の隣の野菜を売る店に並べてあるものを指差した。
それはやっぱりトウモロコシだった。
皮がついたままで皮の陰から薄紫色の実が見え隠れしている。
そう、黄色ではなくて紫色だ。
実の色は違えど、どこから見てもトウモロコシだった。
ちなみにひげの部分は赤い。
紫のトウモロコシってなかなかインパクトがあるわね。
驚きの見た目だけど、トウモロコシの実をひいて粉にして食すというのはこの世界も同じのようだ。
紫のトウモロコシ・・・。
「モリドさん、このモロコシの実を乾燥させたものってないんですか?」
「モロコシの実を乾燥させたもの?普通、モロコシの実はひいて粉にするか、このまま焼いたり、湯がいたりして食うものだ。乾燥させたものはあんまりきいたことねえなあ」
そうなんだ。
本場のタコスはトウモロコシから作るトルティーヤで作るそうだし、焼きトウモロコシもかき揚げも、湯がいたトウモロコシをサラダのトッピングにしても美味しいし。
いろいろ使えるものね、トウモロコシって。
まあ、サラダやかき揚げにするなら缶詰めの方が便利だけどね。
私が買うかどうか迷ってると思ったのか、店の人が声をかけてきた。
「三本で銅貨一枚だけど、今なら一本おまけにつけるよ。どうだい、嬢ちゃん」
えっ!?
三本で百円なの!?
それでも安いのに今なら四本で百円・・・。
どうしよう。
銅貨一枚くらいなら財布に入っていたはず。
買っちゃおうかな。
試してみたいこともあるし。
アイテムバッグからがま口財布を出すと、中から銅貨を一枚取り出した。
「じゃあ、おじさん。モロコシをください」
「まいどあり。また来てくれ」
店を後にし、一旦警備隊の詰所に戻る。
詰所ではエドさんとスタンさんが書類仕事に追われていた。
忙しいのに邪魔をするのも気が引けるので、家を買ったことだけ報告しておく。
「えっ?あのお化け屋敷を買ったのか!?あんな所に住むなんて大丈夫なのか?」
エドさんもスタンさんもいたく心配してくれるので、簡単に事情を説明する。
「・・・精霊の住む家・・・」
「はい、そうなんです。なので、心配はいりません。ユラもとってもいい子ですし。それに住むと言っても基本的に風の森にある家にいることの方が多いと思うので大丈夫です」
「全く何でお前の周りには精霊なんて特殊なものばかり寄ってくるんだ」
「あはは。ホント、何ででしょうね」
そんなこと、私にだってわかりませんっ。
異世界人は変なモノを呼び寄せる匂いとか出てるのかしら?
思わずくんくんと自分の匂いを嗅いでみるけど、自分じゃわからんっ。
今日はバラの香りの入浴剤を入れてお風呂に入ろう。
うん、そうしよう。
「エドさん、スタンさん。今日はもう帰りますね。本当にいろいろありがとうございました。モリドさんも今日はお世話になりました。モリドさんのおかげでいい買い物ができました。ありがとうございました」
「いや、俺の方こそ楽しかった。精霊と知り合いになれる日が来るなんて思いもしなかったからな。機会があったらぜひ水の精霊にも会わせてくれ。それと怪我、治してくれてありがとな」
そう言ってにっこり笑うイケメンモリドさんに思わずドキッとしてしまった。
イケメンの笑顔、危険だわ。




