12 モリドさん ボディーガード就任
「じゃあ、早速教会へ行って話をつけるか・・・って、うん?そう言えば、サキは何でここにいるんだ?街に何か用があったんじゃないのか?」
「えぇ。今朝薬草を採取したのでギルドへ行って買い取ってもらおうと思って・・・。それからまだこの街のことをよく知らないので街をぶらぶら探索しようかなと思ってます。特に市場を。急ぎの用があるわけじゃないので、先に教会へ行きますか?」
私が尋ねると、
「そうだな。アイテムバッグに入っているなら薬草の鮮度も問題ないし、俺もいろいろ忙しいから先に教会へ行ってくれると助かるな」
そう言って立ち上がりかけたエドさんに、今まで一歩引いた所で黙ったまま私たちのやり取りを見ていたスタンさんが一言静かに言った。
「隊長、そんな暇はありません」
「ちょっと教会に行ってくるだけだぞ」
「どれだけ仕事が溜まってると思ってるんですか。教会ならモリドに行かせればいいでしょう。怪我も治ったことですし」
スタンさんの言葉に、エドさんも頭をポリポリ掻きながら仕方ねぇなあとつぶやき、
「モリド、悪いがサキを教会まで連れて行ってバロールに話をつけてきてくれるか。どっちにしろ怪我が治っても、今日は人手が足りてるからお前は必要ねぇしな。それに・・・サキ。これもマルクルに聞いたんだが、お前昨日メイブとやり合ったんだってな。なんだかよくわからん魔法でやっつけたって。見かけによらずサキは好戦的だってマルクルが驚いてたぞ」
後半の台詞を私に向かって言いながらエドさんは笑った。
誤解ですっ。
私は誰かれ構わず喧嘩を売るような人間じゃないですっ。
平和主義の日本人なんですっ。
でも・・・。
「本当に腹が立ったんですもん。私のことなのに勝手に決めつけて。その上ウッドさんやロザリーさんにまで酷いことを言って」
私が昨日のことを思い出して怒っていると、
「メイブは評判が悪いからなあ。今日も絡まれたら困るだろ。だからモリド、お前が今日一日サキを警護してやってくれ。いいか?」
「もちろんです、隊長。サキに怪我を治してもらったんで何の問題もありません」
「よし、頼んだぞ」
私が口を挟む間もなくモリドさんのボディーガード就任が決まった。
え?
警護?
いりませんと断りの言葉を口にする前にイヴァンの声が聞こえた。
『我がおれば警護など必要ない。昨日は・・・少し油断しておっただけだ。もうあのような失態はせぬ』
イヴァンてば気にしてくれていたんだ。
ちょっと嬉しいかも。
『我は偉大なるフェンリルぞ。あのような人間如きに遅れなど取るわけがなかろう。それなのにサキが止めるからこのようなことになるのだ』
なおもブツブツ言うイヴァンの頭を撫でながら、
「ありがとう、イヴァン。でも人間にも守らなくちゃいけないルールがあるの。それだけはわかって?」
この流れならイヴァンをモフっても怒られないんじゃ・・・なんて考えていると、エドさんの驚いた声がした。
「しゃべった?」
見ると三人とも驚いた顔でイヴァンを見ている。
うん?
みんなにも聞こえた?
「隊長、それよりもこいつ今フェンリルって言いませんでしたか?」
イヴァンを指差しながら言うモリドさんは三人の中でも一番驚いている。
そりゃエドさんもスタンさんもイヴァンがシルバーウルフじゃなくてフェンリルだって知ってるからね。
「え?いやそんなこと言ったか?あーその。お前の聞き間違いじゃないか?」
なんとか誤魔化そうとするエドさんに、モリドさんが怪訝そうな顔を向ける。
スタンさんも明後日の方を向いて我関せずだ。
「・・・。もしかして隊長も副隊長も俺に何か隠してますか?」
「え?別に何も隠してないぞ。なっ、スタンさん?」
「隊長っ。俺に振らないでくださいっ」
慌てるスタンさんを横目にモリドさんは今度は私をジッと見つめる。
やだなあ。
こんなイケメンに見つめられたら照れるじゃない。
あははと笑って誤魔化そうとしたけど、モリドさんは何か言いたそうな目をしながらふぅとため息を漏らした。
「・・・。俺だけ蚊帳の外ですか・・・。いいですよ。どうせ俺なんか自分のドジのせいで作戦に参加できなかったどうしようもないやつですから」
うわーっ、モリドさんが拗ねてますっ。
子供みたいな何とも言えない表情がなんだかかわいいですっ。
いやいや、立派に成人した男性に対してかわいいだなんて・・・心の中で思うだけなら自由よね。
つまり・・・、イケメンはどんな顔をしてもイケメンに変わりはないということですね。
うんうんと一人納得していると、私を見るモリドさんと目が合った。
俺には話してくれないのかというオーラがガンガン伝わってくる。
目は口程に物を言うとはこのことなのね。
何だか怖いです。
結局、エドさんからモリドさんは信用できるとのお墨付きをもらったので、洗いざらい白状することになった。
一通り話し終えると、案の定、信じられないとつぶやきながらイヴァンをガン見している。
「精霊なんて伝説の生き物だと思ってた。こんな所で会えるなんて・・・」
聞くところによると、小さい頃、よくおばあちゃんから寝物語として聞かされていて、その度に精霊に会いたいとおばあちゃんを困らせていたそうだ。
その頃の想い出がよみがえったせいか、いたく感動している。
エドさんとスタンさんはというと、イヴァンがしゃべったということに感動していた。
「俺たちもフェンリルに認められたってことだよな」
何だか嬉しそうな二人にイヴァンが釘をさす。
『我には人間のルールなどどうでもよいが、ルールを守らねばサキが困るのであれば致し方ない。サキが困らぬよう、お前たちがしっかりサキを守るがよい。街の中ではどうしても我の手に負えぬことも出てくるでな」
ふふっ、本当にイヴァンは優しい。
なんだかんだ言っていつも私のことを考えてくれている。
まあ、ひいては自分のおやつのこともあるんだろうけど。
「任せてくれ。市民を守るのが俺たちの仕事だからな。フェンリルがいればたいていのことは問題なく片付くだろうが、フェンリル、いやシルバーウルフだからこその問題が起こらんとも限らない。サキ、とりあえず今日はモリドに付き合ってもらえ。街の案内くらいできるぞ」
「大丈夫ですっ。警護なんて申し訳ないですっ。今日は何かあってもイヴァンがちゃんと結界を張ってくれていますから心配いりません。モリドさんもせっかく怪我が治ったんですからいろいろやることがあるでしょう?教会に連れて行って治療師の話だけしていただければ十分です。普段から警備隊の方々は忙しいんですからモリドさんもこんな日くらい彼女とデートでもして楽しんでください」
「・・・。いろいろ気を遣ってもらって悪いが、俺、彼女とかいねぇから」
顔を逸らし、少しトーンを落として声をこぼすモリドさん。
し、しまったっ。
両の拳を握りしめ、悪気なく言った私の一言はいたくモリドさんを傷つけてしまったようだ。
「ごめんなさいっ。まさかモリドさんみたいなイケメンマッチョに彼女がいないなんて思いもしなくて・・・。だ、大丈夫ですよ。モリドさんなら彼女くらいすぐにできますよっ。そのイケメンフェイスでにっこり微笑めばどんな女の子だってイチコロですよっ。見たことないですけど、服の上からでもわかるその鍛え抜かれた肉体美。マッチョ好きにはご褒美以外の何物でもないです、きっと。その上、他人を気遣える優しさまで持ってるなんて、モテない要素はどこにもありませんっ。それに・・・」
「わかったっ。わかったからもうやめてくれっ。でないと俺、軽く死ねる気がする・・・」
さらに言い募ろうとする私をモリドさんは制止すると、片手で顔を覆って蹲った。
あれ?
モリドさん、どうしたんですか?
「モリドさん、大丈夫ですか?」
蹲るモリドさんと同じようにしゃがみ込んでモリドさんの顔を覗き込む。
「・・・え?うわっ」
思ったより近い場所で私と目が合ったモリドさんは弾かれたように後ろへ飛び退った。
そしてひっくり返った。
「大丈夫ですか、モリドさんっ」
慌てて立ち上がり、モリドさんの方へ歩き出そうとした私は・・・足がもつれてコケた。
それもモリドさんの上に・・・。
「うわーっっ」
モリドさんの絶叫が部屋に響き渡った。
何故だ。
普通悲鳴をあげるのは女の方じゃないのか?
「何やってんだ」
憮然とした面持ちの私をひょいと抱き起してくれたエドさんは笑いながら言った。
「仲がいいなあ、お前たち・・・」
「見てるこっちが面白い」
スタンさんまで・・・。
見世物じゃないですよ。
大丈夫だと言い張ったけど、結局、エドさんとスタンさんに押し切られて、今日一日モリドさんが私に付き合ってくれることになった。
本当に申し訳ない。




