11 治療師
「サキ。モリドの怪我の治療代のことなんだが、怪我の具合にもよるが、今回のモリドの怪我なら治療代として少なくとも金貨一枚くらいはかかる。仕事中の怪我だから警備隊の方から支払うことになるんだが、金貨一枚でいいか?」
エドさんにそう聞かれた私は思いっきり首を横に振った。
「いりませんっ。この間からエドさんたちにはいっぱいお世話になってますし、迷惑もいっぱいかけましたから。たぶん、これからもお世話になるし、迷惑もいっぱいかけると思います。だから気にしないでください」
「それとこれとは別だろ。それに迷惑かけられたなんて一度も思ったことないぞ。それどころか俺たちの方がサキとシルバーウルフに世話になった。だからモリドの怪我の治療代は受け取ってくれ」
「嫌ですっ。もし受け取っちゃったらもう迷惑かけれないじゃないですか。私、絶対これからもいっぱい迷惑かけます。ものすごく自信あります」
「どんな自信だよ・・・」
ドヤ顔で言う私に呆れたようにエドさんがつぶやいた。
「だいたい無理して治療したわけじゃないのにお金なんてもらっちゃったら私、罪悪感でずっと落ち込んだままですよ?いいんですか?私がずっとへこんだまま生きていくことになっても・・・」
「なんだそれはっ。脅しかっ?脅しなのかっ?」
「やだなあ。私がエドさんを脅迫するわけがないじゃないですか。これはお願いですよ、お願い」
へらへら笑う私に、それはお願いとは言わんと呆れ顔のエドさん。
呆られついでに私はもう一つ提案してみた。
「警備隊にはアイテムボックスとかアイテムバッグってないんですか?あればイヴァンに時間停止魔法つけてもらいますよ」
「サーキー」
「わかってますっ。わかってますってば。私も誰にでも時間停止魔法つけますって言ってるわけじゃないですからっ。エドさんだから言ってるんです」
もうエドさんてば顔が怖いよ。
「だからあとはリタさんと領主様に聞いて必要ならつけるくらいです」
エドさんはハァーと大きくため息をつくと、
「残念ながら警備隊にはアイテムボックスもアイテムバッグもない。だから気持ちだけ貰っておく」
なんだ、ないのか。
「じゃあ、代わりに警備隊の方が怪我したら、いつでも無料で治療しますから怪我をしたときは遠慮なく言ってください」
「「「はっ?」」」
おぉ、見事に三人がハモったぞ。
「アイテムバッグがない代わりですよ」
「だから何故お前は惜しげもなく能力を使おうとするんだ・・・」
だって元々持ってなかった力だし。
今までは魔力なんてなくても生きてこれたし。
もちろん、この世界ではむしろこの力がないと生きていけないのかもしれない。
でもこんなに魔力が有り余っているのに自分のためだけに使うなんて申し訳ない気がするんだもん。
それに私に魔力がなかったとしても、きっとイヴァンとシロが守ってくれるもの。
チラッとイヴァンを見ると、イヴァンは私をしっかり見ながらニヤッと笑った。
まるで当然だとでも言うように。
嬉しく思う反面、また思考が駄々洩れだったんだとへこむ。
「じゃあ、そういうことで・・・。私はこれで失礼しますね」
これ以上ごちゃごちゃ言われる前にさっさと帰ろうと立ち上がった私にエドさんは、
「ちょっと待ってくれ、サキ。わかった。お前の頑固さはよくわかったから一つ頼み事をしてもいいか?もちろん、嫌なら断ってくれてかまわない」
その言葉に私はもう一度椅子に腰かけた。
「何ですか?頼み事って」
「実はモリドの怪我をすぐに治せなかったのには理由がある。この街には常駐の治療師がいないからだ」
そう言えば、モリドさんもそんなことを言ってたっけ。
「王都やもっと大きな街には教会に行けば、怪我や病気の治療をしてくれる治療師がいるからいつでも治療がしてもらえる。もちろんこの治療師は光魔法の使い手だ。皆が冒険者になるとは限らんからな。ただでさえ光魔法の使い手は少ない上に治療師になる者はもっと少ない。冒険者になった方がずっと稼げるからな。だから治療師と兼任している冒険者が多い。ドラゴンナイトのティーナも頼めば治療してくれるが、Aランクのパーティだけあって忙しいし、受ける依頼も難しいものが多いからいつでも気軽に引き受けてもらえるわけでもねぇ。そこで、だ。サキ。毎日教会にいてくれとは言わん。時間のある時だけでも治療師として皆の怪我や病気を治してくれねぇか。もちろんタダじゃねぇぞ。治療代は教会が受け取ってその中からサキに報酬が支払われる形だ。どうだ?引き受けてもらえないか?」
もちろん、エドさんの頼みだ。
断れるはずもないし、断るつもりもない。
でも・・・。
今の私の一番の望みはイヴァンとシロと一緒にのんびりまったり暮らしていくことだ。
たまに冒険者をしたり(主に薬草採取の依頼をこなすくらいだけど)、商業ギルドに怒られない程度に商売してみたり(何を売るのかまだ決めてないけど)、イヴァンのおやつを作ったり(たぶんこれが一番多いと思うけど)。
できればこの間のような危険なこととは無縁の生活がしたいと思っている。
趣味の手芸をしたり、庭いじりをしたり、人型のイケメンシロを愛でたり、イヴァンをモフったり、モフったり・・・。
異世界ソルディアに来て早々にけっこうなハードモードだったので、これからはのんびりスローライフを楽しみたい。
でもだからといって困っている街の人たちを放っておくのも気が引ける。
できれば街の人たちとも仲良くなりたいもの。
やっぱりこの辺りが私の妥協点かな。
「エドさん。私でよければ協力させていただきたいと思います。でも私も毎日何かと忙しいので(主にイヴァンのお世話で)、週に一回とかでもいいですか?」
「もちろんだ。週に一回でも街の人間の怪我や病気を治してもらえると助かる」
領主様の城に泊まったとき、リタさんたちにこの世界の暦について教えてもらったのだけど、一ヶ月はきっちり三十日、それが十二ヶ月あって一年となるそうだ。
つまり一年は三百六十日。
日本とそんなに変わらなかった。
でも一週間は六日。
なので、五週間で一ヶ月となる。
リタさんたちの、暦も知らないの?という不憫な子を見る目が痛かったのも記憶に新しい。
森の中では暦は必要なかったので、と誤魔化したらより一層不憫な子扱いされてしまった。
仕方ないじゃない。
地球生まれの地球育ちなんだもの。




