6 すごいのはイヴァンであって私じゃないのに
「これでサキに渡す分の肉を取りに来るのはいつでもいいぞ。フラッジオたちには後で時間停止魔法のことは伝えておく。今、解体の邪魔をするとナイフが飛んできかねんからな」
苦笑いするマルクルさんに、
「わかりました。じゃあ、都合のいい時に取りに来ます」
作業場の前でマルクルさんと別れ、私とウッドさんはもう一度ギルドに入った。
報酬を受け取るためだ。
ちょうどロザリーさんのいる窓口が空いていたので、ロザリーさんのところに足早に近づく。
「ロザリーさん、さっきはありがとうございました。それとごめんなさい。私のせいで不愉快な思いをさせてしまって・・・」
「いえ、私の方こそ止めることができなくてサキさんに嫌な思いをさせてしまって・・・」
「ロザリーさんのせいじゃないです。悪いのは全部メイブってやつですから。だから私のことは気にしないでください。ね?」
ここでウインクの一つでもできればかっこよく決められるんだろうけど、不器用な私には無理なのでにっこり微笑んでおいた。
「それとマルクルさんにここで報酬を受け取るように言われましたので、お願いします」
ギルドカードを出してロザリーさんに渡す。
「はい。では少々お待ちください」
たいして待つこともなくギルドカードと金貨五十枚の入った袋を渡された。
見るとギルドカードにはDランクの文字があった。
私、これといって何もしてないのにいいのかなあ、Dランクなんて。
全部イヴァンのおかげなのに。
そんな私の気持ちを読み取ったのか、ウッドさんが、
「従魔の活躍も冒険者本人の成果だから、素直に喜んでいいんだよ」
「・・・。ありがとうございます」
なんでだろう。
ウッドさんっていつもさりげなく私の欲しい言葉をくれる。
そして私はその言葉にほっとするのだ。
きっと人の心に寄り添うことに長けている人なんだろうと思う。
そうやって今まで生きてきたんだろう。
だからアレスさんたちもウッドさんを信頼しているんだろうなって。
ウッドさんの、優しく私を見つめる茶色の瞳を見て私は思った。
窓口で用事を済ますと、アイテムバッグからパウンドケーキを取り出し、ロザリーさんにそっと手渡した。
「いつもいろいろありがとうございます。蜂蜜のパウンドケーキです。よかったら召し上がってください」
ロザリーさんはびっくりした顔で、
「こんなことしてもらうわけには・・・」
「たくさん作りすぎちゃったので、貰ってくださると助かるんです。それじゃあまた来ますね」
ロザリーさんが何か言う前に私は窓口を離れギルドの外に出た。
いつの間にかウッドさんも報酬を受け取っていたようで、一緒に歩き始める。
「サキは変わってるね。普通はこんな風に理由もなく贈り物したりしないよ?たいてい何かの見返りを期待するものだけど・・・」
ウッドさんは私の歩調に合わせてゆっくり歩いているけど、なんとなく楽しそうだ。
「ただのお礼ですよ?それも素人が作ったお菓子だし。それにお世話になった方に贈り物をするのは普通じゃないんですか?」
日本じゃお中元とかお歳暮とか、お世話になった方に贈り物をする風習があるので、私の中では当たり前のことなんだけど。
「たくさん作りすぎたから、隣近所におすそ分けしたり、いただいたもののあまり好みじゃなくて他の人に差し上げたりって普通にあることでしょう?」
「もちろん晩御飯のおかずを貰ったりだとか、余った野菜をあげたりだとかはあるよ。でもなかなかこんな高価な物をそうそうあげたりしないかなあ」
「このケーキ、砂糖は使ってませんよ。蜂蜜だけですよ?」
不思議そうな顔をする私に、ウッドさんは優しく説明してくれた。
「なかなか手に入らない砂糖と違って、確かに蜂蜜はあちこちの店で売ってるけど、割と高価なんだよ。だからよほどの理由がないとちょっとした礼くらいじゃ使わないなあ」
なんとっ、蜂蜜も高価だったのか・・・。
確かに蜂蜜の産地によって価格が違うし、マヌカハニーなんて本当に高いものね。
そうか、やっぱり市場調査が必要だわ。
これから市場を覗こうと思っていたけど、これ以上ウッドさんに時間を取ってもらうのも気が引けるしなあ。
どうせ、明日またお肉を取りにギルドに行くんだから明日でいいか。
結局、今日も市場探索は諦めて帰ることにした。
門までの道すがら、私は気になっていたことをウッドさんに聞いてみた。
「ウッドさん。アレスさんはお元気ですか?領主様のお城から帰るとき、なんだか様子がおかしかったから。何かあったんですか?」
ウッドさんはしばらく考える素振りをしていたけど、やがて真剣な面持ちで言った。
「そうなんだよね。あれからずっと元気がないんだ。なんだかすごく落ち込んでて・・・。あー、その、サキ。アレスに何か言った?」
「何かって?」
「あー、だからその・・・。アレスなんか嫌いだとかそんな類のことを」
思いもしなかったウッドさんの言葉に私の思考が停止する。
しばらくぽかんと口を開けたままだった私は、慌てて否定の言葉を口にした。
「言ってませんよっ、そんなことっ。別に嫌ってませんし。むしろ皆さんと同じくらい好感持ってますよ。それなのに何でそうなるんですか!?」
思わず声が上ずってしまうくらい、ウッドさんの言葉に驚いた。
「何かあったのかって俺たちが聞いても何も答えないし、あの時のアレスは何となくサキに遠慮してるというか気が引けてるというか・・・。だから俺たちの結論は、アレスはサキに振られたと・・・」
苦笑いしながら言うウッドさんの顔を見つめたまま固まっていた私は、はっと我に返ると全力で否定した。
「振ってませんっ。てか別に好きだとか言われてませんから、振るとか振らないとか以前の問題ですよっ。・・・えっ、好き?」
自分が口にした言葉を理解した途端、顔が赤くなるのがわかった。
「な、何言ってるんですか、ウッドさん。変なこと言わないでください」
コホンと咳払いを一つすると、私は冷静さを装い事も無げに言った。
心の中では動揺しまくりだけどね。
他の人の話なら温かい目で話ができるけど、自分が当事者となると話は別で、さすがにそういう話は恥ずかしい。
「とにかく何も言われてませんし、何も言ってません。だからアレスさんが落ち込んでいる理由は別の所にあるはずです。本当に心当たりないんですか?」
「そうは言われてもねえ。てっきり狙ってるやつが多そうだから早くしないと先越されるよってはっぱかけたからだと思ったんだけどなあ」
ウッドさんは顎に手を当て、含みのある笑みを私に向けた。
「何のことですか?」
「・・・。サキってけっこう・・・」
ウッドさんは一旦言葉を切ると楽しそうに笑って言った。
「天然だよね。サキのそういう天然なところとか、儚げな見た目とは反対に気の強いところとか、俺好きだなあ。でもかわいい弟を悲しませたくないし。困っちゃうなあ」
全然困った風に見えない表情でウッドさんは言った。
「私もウッドさんのこと好きですよ。息子・・・じゃなくてお兄ちゃんみたいで。子供の頃はウッドさんみたいな強くてかっこよくて優しいお兄ちゃんが欲しいってずっと思ってました」
私はにっこり笑って言いながら、内心は、
あぶない、あぶない。
あやうく息子みたいだって言いかけちゃった。
年齢的にはウッドさんくらいの子供がいてもおかしくないもの。
実際、高校の同級生だった友達には二十六才になる娘がいるし。
「うーん。速攻で振られちゃったなあ。仕方がないからいいお兄ちゃんになろうかな」
本気なのか冗談なのかよくわからない口調のウッドさんに当惑するも、ウッドさんは良い友人だと思っている。
そもそも今は十八才の高校生になっちゃってるけど、元々はアラフィフのおばさんだ。
おばさんは恋愛しちゃいけないなんてことはないけど、夫と二人で年を取っていくものだと思っていたから今更好きとか嫌いとかそういうのは困ってしまう。
恋愛なんて若い子のするものだって頭のどこかにあるからね。
すると今まで黙ったままだったイヴァンが、
『サキも十分若いだろう?今まではどうか知らぬが、今のサキは若い娘だ。まあ、千年生きる我からすればみな若いがな』
そっか。
千年生きてるイヴァンから見れば、十八才の私も四十八才の私もたいして変わりないのかも。
『我ら精霊と違って、人間は番って子をなさねばすぐに滅んでしまうだろう?人間などいなくなっても我らには何の問題もないが、それでもこうしてたまにおもしろいことに出会うこともある。人間は一人では生きていけぬものだと聞く。サキも番いたければ番えばいい。だが、我のことが一番だ。いいな』
つまり、結婚したかったらしてもいいけど、夫の世話よりイヴァンの世話を優先しろと?
なんだ、それは。
イヴァンの言い分には呆れてしまうが、反面笑えもする。
さすが、ゴーイングマイウェイのイヴァンだけのことはある。
「ありがと、イヴァン。でも今は夫の世話よりイヴァンの世話の方が楽しいからいいや。でもまあ、こういうのは縁だから縁があったら考えてみるね」
イヴァンの頭を撫でながら、私はそっとイヴァンにだけ聞こえるようにつぶやいた。
頭の隅に死んだ夫の顔と何故かアレスさんの顔が浮かんだけど、頭を軽く振って頭から追い出すと、前を見つめて歩き出した。




