3 秘儀 空気ポンプ
空気にも重さはある。
かまいたちだって要は空気を操作して投げてるんだもんね。
空気を自在に操るのが風魔法だったら、ここにある空気を圧縮してメイブってやつの上に落とすことだってできるはず。
早速イメージしてみる。
自転車のタイヤに空気入れで空気を入れる感じ。
メイブの周りを見えない壁で囲って、その上に巨大な空気入れを設置し、全体重をかけてギューっ。
これを何回も繰り返す。
「ん?何だ?上に何かあるのか?」
うん、なんかいい感じ。
やっぱり魔法ってイメージ次第で何でもできるんだね。
異変に気づいたメイブだけど、上に乗っているのは空気の塊なので目に見えない。
「何がどうなってるんだっ」
慌てるメイブを他所に私はせっせとタイヤに空気を入れる要領で空気を圧縮していく。
だんだん空気の重さに耐えられなくなりメイブは膝をついた。
それでも私はやめなかった。
メイブの体が完全に床についてようやく圧縮した空気を作るのをやめた。
そこには床に這いつくばるメイブの姿があった。
これ以上やるとメイブを潰しちゃいそうだからね。
メイブの上には圧縮された空気の塊が乗っているけど、誰にも見えないのでみんなの目にはさぞ奇異に映っているだろう。
「サキ、これは君が?」
私は頷いた。
「ウッドさん、ごめんなさい。私のせいでウッドさんまで不快な思いをさせてしまって・・・」
私はもう一度ウッドさんに謝った。
元々絡まれたのは私だ。
挑発したのも。
「いや、気にしなくていい。こんなことは日常茶飯事だ。それよりメイブはどうして動けないんだ?魔法なのか?」
体は動かないが口は動くので、メイブは口汚く私やウッドさんを罵っているけど全て無視だ。
「なんかもううっとおしいのでずっとこのままでよくないですか?」
「ふざけるなっ。さっさと上のものをどけろっ。だいたいこれは規則違反だろっ」
「何言ってるんですか。これはれっきとした仲裁です。喧嘩を止めただけですよ」
私はしれっとした顔で答えた。
「いい加減にしろっ。早くどけろっ」
「しょうがないですねぇ。じゃあここで問題です。あなたの上に乗っているものは何でしょう?正解したら取ってあげます」
妖艶な笑顔で言ったつもりだけど、もしかしたらただの意地悪ばあさんかもしれない。
「・・・おいっ、ホルゲンっ。俺の上にのってるものをどかせっ」
ホルゲンと呼ばれた、なんとなく鼠を思わせる風貌の小柄な男が近づいてきて視線をキョロキョロさせながら、
「・・・メイブ。お前の上には何にもないぞ」
「そんなはずないだろうっ。じゃあなんで俺は動けねえんだっ」
「俺にわかるわけないだろう」
視線だけは私に向けながらホルゲンが言う。
それを聞いたメイブは怒り心頭でまた喚き始めた。
あーもう、うるさいなあ。
口にパンでも突っ込んでやろうかしらと真剣に考えていたら、マルクルさんのドスの聞いた声が辺りに響いた。
「うるせえぞっ。何騒いでんだっ」
素早くロザリーさんが近づき、事の次第を説明した。
それを聞いたマルクルさんは、
「おいっ、メイブっ。あれほど騒ぎを起こすなと言っただろう。うちの新人に絡むんじゃねえっ・・・てメイブはどこだ?」
キョロキョロしながらメイブを探すけど見当たらない。
「ここです」
ロザリーさんの指差す所を見ると、カウンターの向こうに床に縫い付けられたかのように動けないメイブを見つけた。
「・・・何してんだ?メイブ・・・」
「俺が知るかっ。そこのサキって女に聞けっ。それより早く上に乗ってるものをどけろっ」
「は?お前の上には何もないだろ?何言ってんだ?」
確かにこれが周りで見ている人たちの共通の意見だろう。
「そんなはずはねえって言ってるだろっ。実際俺は動けねえんだっ。おいっ、サキ。いい加減に俺の上のものをどけろっ。さもねえと容赦しねえぞっ」
「だから正解したら取ってあげますって言ってるのに。もう、仕方ないですね。じゃあ代わりに謝ってください」
「・・・お前、マジで許さねえ。俺が自由になったら覚悟しとけよ。ギタギタにしてやるっ」
「許さないのはこっちです。ウッドさんと私に謝ってください。それからロザリーさんにも。謝ってくれないのならずっとそのままですよ」
「・・・サキ。メイブにそこにいられちゃこっちが困るんだが」
マルクルさんの言葉に私もうっとなる。
メイブがいるのは受付窓口の真ん前の床の上だ。
確かにこれではみんなの迷惑だ。
でも・・・。
「いっそいないものと思って踏んづけちゃえばいいのでは?」
「邪魔だろ」
「・・・そうですね」
どうしようか。
『このまま生かしておけばまた絡んでくるだろう。ならばコルドラ山にでも捨ててくればよいではないか』
今まで黙ったままだったイヴァンが面倒くさそうに言った。
「コルドラ山?」
『ああ。人の足では到底戻って来れぬ険しい山だ』
「へぇ。それいいかも」
くるりとマルクルさんに体を向けた私はメイブを指差し、真剣な顔で、
「マルクルさん、このうっとおしい人、コルドラ山に捨ててきてもいいですか?」
「・・・ちょっと待て、サキ。そんなことを堂々と言われても許可できるわけねえだろ」
「わかりました。じゃあ、こっそり捨ててきます」
「サキっ!」
「・・・冗談ですよ、マルクルさん」
「なんだ、その間は・・・」
マルクルさんの呆れたような声も気に留めず、あははと笑った。
マルクルさんはハアとため息をつくと、床に転がるメイブの側に行き、
「おい、メイブ。はっきり言っておく。サキには手を出すな。サキはまだDランクになったばかりだが、Bランクのお前よりよっぽど強い。サキはこのギルドにとって必要な人間だ。だからサキになんかしてみろ。ギルドを敵に回すことになるからな。覚えておけっ」
マルクルさんのドスの聞いた声にビビったのか、悔しそうに顔を歪めたメイブは渋々、
「・・・。わかったよ。何もしなけりゃいいんだろ。わかったから早く上のものをどけやがれっ」
「サキ。よくわからんが、これはサキの魔法なんだよな。初めて見るが・・・」
「本当に。サキ、これは何魔法なの?」
マルクルさんとウッドさんに見つめられて、照れるなあなんて冗談を言いながら、
「風魔法の応用ですよ」
「「風魔法!」」
あっ、ハモった。
「はい、そうです。空気にも重さがあるので、それを利用して見えない重しを作ってみました」
「「・・・」」
やっぱり無理か?
知ってるのと知らないのとじゃあ、使えるかどうかにも差が出てくるよね、きっと。
「ちなみに何ていう魔法?」
「えーと。・・・く、空気ポンプ?」
ウッドさんに聞かれて咄嗟にそう答えた私は自分の名付けのセンスのなさを痛感した。
いいじゃない、わかりやすくて・・・。




