閑話 アレス④
こざっぱりとした服に着替え、宴の会場となる大広間に足を運ぶ。
すでに宴会の用意は整っているようで、先に来ていた奴らは酒こそまだあおってはいないものの、皆で思い思いに談笑している。
広間を見渡してみるが、まだ早紀の姿はなかった。
領主が着くと思われるテーブルの隣に俺たちが陣取ると程なくして領主がやってきた。
エドやマルクルの座っているテーブルに着くとキョロキョロ辺りを見回している。
早紀を探しているのか?
そういや領主もやたらと早紀に構いやがるな。
まあ、領主の場合はどちらかというと家族愛に近そうだが。
それでも鬱陶しい。
ああもういっそ、誰の目にも触れない所に早紀を閉じ込めて、俺しか見えねえようにしてやりてえ。
それでずっと二人で暮らして・・って俺、こんなに病んでたのか?
俺は大きなため息をついた。
早紀と離れていた時間が長すぎておかしくなっちまったのか?
そんなことを悶々と考えていると早紀が大広間に入ってきた。
何故か領主の息子にエスコートされて。
だが、ムッとしたのも一瞬で、俺の目は早紀に釘付けになった。
黄色のドレスを着て髪を結い、化粧をした早紀は本当に綺麗だった。
着飾った早紀を見るのは俺たちの結婚式の時以来か・・・。
俺の胸に感慨深いものが込み上げてきた。
あの時の早紀も本当に綺麗だった。
こんな綺麗な女性が俺の妻になるんだと思うと嬉しくて自慢したくなったと同時に、他の男どもに見せたくないという独占欲も出てきてこのまま家に連れて帰ろうかと真剣に悩んだものだ。
領主に褒められて頬を赤く染めて恥じらう早紀に、頼むからそんな顔を他の男に見せないでくれと叫びたくなる。
早紀のそんな顔を見ていいのは俺だけだっ。
領主の乾杯の挨拶を皮切りに宴会が始まった。
ちびちび酒を飲みながら俺の視線は早紀を捉えていた。
美味そうにスープを飲み、マッドブルの肉を頬張る早紀。
早紀は昔から何でも美味そうに食べてたな。
俺が出張先で買ってくる食いもんも喜んでくれてたし。
それに外でアルコールは飲むなっていう俺の言いつけもちゃんと守っているようだ。
早紀は本当にアルコールに弱くて、いつも少し飲むだけですぐに酔っぱらって顔を赤くし、トロンとした目で俺を見上げてくるんだ。
そんな早紀を見ると思わず押し倒したくなって・・・って若い頃は本当に押し倒したこともあったっけ。
ああ、早く早紀を俺だけのもんにしてえ。
いつまで我慢すりゃいいんだ?
目の前に、手を伸ばせば触れられる所に早紀がいるのに何もできねえ自分がもどかしい。
早紀は俺を受け入れてくれるだろうか。
心にもやもやしたものを抱えながら早紀から目を離さず酒を飲んでいると、ウッドに何かお腹に入れなきゃダメだよとマッドブルのステーキをドンっと目の前に置かれ、何なら俺が食べさせてあげようか?と気持ち悪いことを言われたので、ニヤニヤ笑うウッドを横目で睨みつつ、一口大に切ったマッドブルのステーキを口に放り込む。
しばらくそうやって酒を飲んだり肉を食ったりしていると、何だか上機嫌のリタがワインボトルを抱えて早紀の元へ歩いて行った。
ワインを勧めるリタに早紀は外では飲むなと夫に言われていると告げた。
途端、場が静寂に包まれる。
「・・・夫?」
聞き返すリタに被せるように、領主が早紀に結婚しているのかと尋ねた。
何と答えるんだろうと早紀を見つめると、悲しそうな表情を浮かべ、
「五ヶ月前に亡くなりました」
そうか、俺が死んでからまだ五ヶ月なのか。
自称神は気持ちの整理がつかないからこの世界に連れて来れないと言っていたが、五ヶ月が長いのか短いのか俺にはわからないが、何だか複雑な気分だな。
俺の死んだ理由をオークに襲われた早紀を庇ってのことだという早紀の脳裏には見ず知らずの子供を庇ってトラックに轢かれた俺のことが浮かんでいるんだろう。
本当にすまない。
悲しい思いをさせるつもりなんかなかったのに。
親が死んだから森から出てきたんだよな?とエドに確認された早紀は、パチパチとしきりに瞬きをしながら、父が死ぬ前に、一人になる私を心配して男の人に自分のことを頼んでくれたがオークに襲われて死んで、危ないところをイヴァンに助けられたというようなことを言った。
早紀は噓をつくとき、やたらと瞬きをして何故か左手の人差し指がぴくぴくと動くんだ。
きっとテーブルの下の左手の人差し指はぴくぴく動いているんだろう。
本人はその癖に気づいてないみたいだが。
確かに本当のことは言えねえんだから適当なことを言って誤魔化しておくしかねえもんな。
早紀はさらに領主に結婚誓約書がどうのと突っ込まれていた。
この世界には婚姻届に代わるものとして結婚誓約書がある。
俺もそのうち早紀と一緒に出したいと思っている。
領主にそいつは夫ではないと言われ考え込む早紀に、エドが頭を撫でながら元気を出せと慰めていた。
それは俺の役目だと思う反面、早紀を本当に悲しませている原因が俺だと思うと席を立つことすら躊躇われる。
「サキのだんなはいい人だったか?」
「はい。私をとても大切にしてくれました」
「幸せだったか?」
「はい。とても」
エドの問いかけに早紀は噓偽りない笑顔で答えていた。
俺は胸が締め付けられる思いだった。
仕事が忙しくてなかなか一緒にいられなかった俺なのに、それでも早紀は幸せだったと笑ってくれたのだ。
早紀の言葉と笑顔に俺は泣きそうになる。
今度こそずっと側にいるからな。
俺はこの世界の神、ソライヨーバとルーナオレリアに誓った。
そろそろいい時間だからと領主が宴会の終了を告げると皆が散っていく。
俺たちは早紀の部屋に集合だ。
早紀にはまだ聞くことがあるからな。
この時の俺は、この後早紀の部屋で早紀の本当の気持ちを知り、早紀の涙を目にして激しく後悔することになるなんて思いもしなかった。
次回から第二章になりますが、投稿するまで少し時間がかかりそうです。なるべく早く投稿できるように頑張りますのでよろしくお願いします。




