閑話 アレス③
嬉しそうな早紀を見ていると、俺まで嬉しくなってくる。
そんな早紀を見て俺まで浮かれていると、突然レインの焦った声が聞こえてきた。
「サクラ?おい、どうした?サクラっ」
レインに視線を向けるとレインの手に乗るレインの従魔ドスディモラスが丸くなって震えている。
早紀によってサクラと名付けられたドスディモラスは地球でいうパンダにそっくりだった。
俺も初めて見たとき、早紀と同じようにパンダっ!と叫びそうになった。
可愛いもの好きな早紀がドスディモラスを気に入らないわけがない。
案の定、俺が嫉妬するくらいの可愛がりようだ。
そのドスディモラスの様子がおかしい。
すると何やらシルバーウルフと会話していた早紀が、パンダがジャイアントパンダになるだの、パンダはパンダじゃないだのブツブツ言いだした。
そして突然、レインの手からドスディモラスを奪い取ると、広場の中央まで走り大声で叫んだ。
「死にたくなかったら今すぐ離れてくださいっ」
何だ?
突然の早紀の行動に皆が唖然とする中、広場の中央に置かれたドスディモラスの体がどんどん大きくなり始めた。
何が起こってる?
あっという間に見上げるほどの大きさになったドスディモラスに、契約者であるレインでさえ呆然としている。
シルバーウルフの説明によると百年生きたドスディモラスは巨大化するらしい。
初めて聞いたぞ。
ほとんどの者がそうだったらしく、領主も王宮に報告せねばならないなと呟いていた。
巨大なままでは困るというレインのために、シルバーウルフはどこからともなく一匹の白い蛇を銜えて戻ってきた。
白い蛇?
何だ?と思う間もなくその白い蛇はドスディモラスの体に頭を突っ込んだ。
しばらくするとドスディモラスの体が小さくなっていく。
元の大きさに戻ったドスディモラスに対して巨大化・・・はしなかった白い蛇だが、それでも俺の腕くらいの太さにはなっていた。
そして、そいつがしゃべった。
「まだまだ魔力が足りぬ」
は?
蛇がしゃべった?
さらにシルバーウルフに向かってフェンリルだの精霊だの言っている。
フェンリル?
こいつが?
半ば伝説と化している精霊が目の前にいるのか?
それも二人?
俺たちが驚いて声も出せないでいると、何かを察したのか早紀が帰ると言い出したが、マルクルに捕まり逃げるなと脅されていた。
早紀には悪いが俺も知りたい。
結局、魔力の回復しなかったティーナに代わり、早紀が浄化魔法で魔物を浄化していった。
あれだけヒールやキュアを連発しても浄化魔法を使う余裕があるなんて底なしの魔力だな。
もしかして自称神の加護なのか?
浄化が終わった頃には日も暮れかかり、俺たちは街ではなく領主の城に向かうことになった。
城か・・・。
なんだか嫌な予感がするな・・・。
領主の城に向かおうと早紀がシルバーウルフに跨ろうとするので、今度こそ俺がと手を伸ばすもそれより先に領主の息子が早紀を自分の馬に引き上げていた。
またかっ。
領主の息子といえど早紀は渡さねえからなっ。
俺は心の中で啖呵を切った。
城に着くと挨拶もそこそこに城の騎士たちに案内されて、俺たちは城の横手にある馬小屋に行きそれぞれの馬の世話を始めた。
今日一日お疲れだったな。
そう声をかけながら、俺はゲイルに餌をやり体にブラシをかけていく。
俺の愛馬ゲイルは少しの合図で俺の思う通りに動いてくれる賢い馬だ。
長いたてがみをすいてやると気持ち良さそうに目を細める。
そうやってゲイルのたてがみを撫でていると、ふと昔の、日本人だった頃の自分を思い出した。
あの頃の俺は動物の毛がダメで、動物が近くにいるとくしゃみが止まらないアレルギー持ちだった。
動物好きの早紀はそんな俺のせいでペットを飼うのを諦め、見るだけに徹していたが。
早紀には悪いことをしたな。
ん?
もしかして早紀がシルバーウルフやドスディモラスを異常に可愛がるのはそのせいか?
俺のせいだったのか?
・・・大丈夫だ、早紀。
今の俺なら何の問題もないぞ。
確かに子供の頃の俺は、大矢亘だった時の体質そのままに動物の毛アレルギーだった。
村でもいろんな動物を飼育していたし、森や山に行くとホーンラビットやブラックドッグをはじめとする魔物の毛が散乱していた。
その結果、俺はずっとくしゃみの止まらないおかしな子だった。
くしゃみばかりしているから村で飼育している動物を驚かすし、森や山へ行っても俺のくしゃみで弱い魔物は逃げていき、反対に強い魔物が寄ってくる、はた迷惑なガキで村中から嫌厭されていた。
親代わりの村長夫妻も兄貴代わりのウッドも気にするなと言ってくれたが、さすがにこれはマズいと俺は逆療法だとばかりにあえて動物たちの中に飛び込んで体を慣らしていった。
それが功を奏したのか、六才になる頃には俺の体は動物の毛に反応しなくなった。
なんとか克服できたようだった。
これじゃあ、死活問題だからな。
だから今度はペットも一緒に暮らせるぞ。
ゲイルの世話を終えると騎士たちの兵舎に案内された。
余っている部屋がそう多くはないそうで何人かまとめて一部屋あてがわれた。
俺とウッド、レイン、それにフェアリーウィングのガレルとロックも一緒だ。
その後、兵舎の隣にある兵士専用の風呂場に連れていかれたがさっぱりしたかったのでちょうどいい。
ゆったり風呂に浸かっていると、ウッドが俺の隣に来て話しかけてきた。
「アレス。アレスの服の腹の真ん中に大穴が開いて血塗れだったけど、もしかして下手なことでもしたのか?」
「・・・ああ。ちょっとドジった」
「今現在生きてるってことはつまり・・・」
「・・・そうだ。早紀に助けられた」
憮然とした顔で答える俺に、
「そんなヘマするなんてアレスらしくないね。何かあった?」
「別に何にもねえよ」
ウッドの視線から逃れるように顔をそむけた俺に、
「・・・サキだろう。なんだかサキのこと気に入ったみたいだけど、アレスには心に決めた女がいるって前に言ってなかったっけ?その女はもういいの?」
ウッドが小声で聞いてくる。
俺たちの他にも警備隊の奴らや騎士たちもいて、ガヤガヤうるさいから会話は聞かれてないとは思うが聞かれたいとも思わないので、ウッドの配慮はありがたいがそれなら最初っから聞くなっ。
視線をウッドに戻すと、ウッドの目はパーティーのリーダーとしてというよりも兄貴として心配していると言いたげに俺を見ていた。
「・・・だからそれが早紀だ」
「え?でもサキには昨日初めて会ったんだろう?」
「ああ。実際に会ったのは昨日が初めてだ。でも昔から早紀のことは知ってた」
何を言ってるのかわからないという顔のウッドに俺は真実を少しぼかしながら説明した。
「夢によく出てきたからな。ずっと昔から・・・」
これは本当のことだ。
俺はよく早紀の夢を見た。
夢の中の早紀はいつも俺を見て笑っていた。
「それがサキ?」
「そうだ。昨日早紀を見たとき、やっと会えたと思った。夢の中でしか会えないのかもしれないと思いつつ、それでもいつか必ず会えると信じていた」
このまま、俺の記憶の中でしか会えないのかもしれないと焦り始めてたからな。
だから昨日は嬉しすぎてあまりよく眠れなかったと言う俺に、そうかと呟いたウッドは子供の頃と同じようにポンッと俺の頭に手を置いた。
「でも、頑張らないと何だかライバルが多そうだしね」
兄貴の目をして俺を見るウッドに俺も素直に頷いた。
視線をレインに向ける。
フェアリーウィングのガレルとにこやかに話しているが、男の俺が見てもレインは綺麗だと思う。
面と向かって綺麗だなんぞ言おうもんなら上から大量の水が降ってくるので口が裂けても絶対言わねえが、いわゆるイケメンという部類に入るんだろう。
それに動作やしゃべり方を見てもそこそこ地位のある人間のように見えるから貴族の出なんだろうというのが俺たち四人の共通の認識だ。
本人に確認したことはないがな。
早紀はそれほど面食いじゃなかったはずだ。
テレビでイケメン俳優が出てても騒ぐことはなかったし、前世の俺だって普通の顔だったしな。
今もそうだがってほっといてくれっ。
ふと視界の端に俺の赤毛が映る。
真っ赤な髪と藍色の瞳、浅黒く焼けた肌、剣だこだらけのごつごつした指、傷だらけの体・・・。
これが今の俺だ。
大矢亘とは似ても似つかないアレス。
性格だって大矢亘は穏やかだったが、アレスは雑だし、ずっと冒険者をやってきたから命を奪うことも平気になった。
だから本当は俺が大矢亘だと知られるのが少し怖い。
早紀に軽蔑されたらと思うと震えそうになる。
どんな魔物にだってビビったことねえのにな。
それに俺が大矢亘だと、早紀の夫だった男だとわかってほしいと思っている俺もいるが、二十五年間アレスとして生きてきた俺を知って俺を好きになってほしいと思っている俺がいるのも事実だ。
だって俺はもう大矢亘じゃなくてアレスなんだから。
早紀に真実を告げた方がいいのか、それとも今までアレスとして生きてきた俺を好きになってもらう努力をするべきなのかわからなくなる。
俺はどうしたらいい?
それにあの自称神の言葉。
あなたに対する好感度は上がりやすいけど、必ずしもあなたを好きになるとは限らない。
くそーっ。
ふざけやがって。
俺が今まで何のために必死に生きてきたと思ってんだ。
早紀に会うためだっ。
早紀ともう一度一緒に生きるためだってのに。
ぐちゃぐちゃな気持ちそのままに、俺は頭をぐちゃぐちゃと掻きむしった。
どうしたんだ?と問うウッドに何でもねえと告げて俺は風呂を出た。
長風呂のせいでのぼせちまって、考えがまとまらねえ。




