50 のんびりまったり異世界生活を楽しむことにしました
イヴァンはいつものようにリビングのラグの上に寝そべり、シロはリビング一面に溢れる虹の光に興奮していた。
「サキ、家の中に虹があるのはどうしてだ?」
もちろんサンキャッチャーが太陽の光を受けているからで、空気の入れ替えも兼ねてリビングのガラス戸を開ければ、そこから爽やかな風が通り抜けサンキャッチャーを揺らす。
それに合わせて虹の欠片もゆらゆら揺れる。
「おお、サキ。虹が動き出したぞ」
興奮冷めやらぬシロはほっといてキッチンでコーヒーを入れる。
電気ケトルでお湯を沸かしている間にマントを脱ぎ、着ていた服も着替える。
浄化魔法で綺麗にしたとは言え、昨日と同じ服を着たままなのも嫌だったので新しいジーンズとシンプルな白シャツ、紺色に近い青色のカーディガンに着替え、今まで着ていたものは洗濯機に放り込んだ。
浄化魔法で綺麗にできるとはいえ、家にいる時はやっぱり洗濯して太陽の下に干したい。
例え、手間がかかると言われても。
牛乳をたっぷり入れ、カフェオレにしたコーヒーを持ってイヴァンの側へ。
いつの間にかシロはイヴァンの頭の上に陣取っていた。
私は揺れる虹の欠片を眺めながら昨日のことを思い出していた。
ずっと心のどこかで、いつか元の場所へ帰れるはずだと思っていたからこの現実を受け入れられていなかった。
どうせ、そのうち私とは関係なくなる世界だからって。
でもいつ帰れるのかも、いや帰れるかどうかもわからない以上、ここが私の現実なんだ。
異世界トリップなんて小説の中の出来事に巻き込まれたとわかったとき、神様を恨んだ。
どうして私なの?って。
外から見てるだけでよかったのにって。
もちろん神様のせいかどうかもわからなかったけど。
でも今は感謝している。
たった四十八年だけど、四十八年分の人生経験と少しの知恵はそのままで十八才という若い体になれたことはよかったと思う。
若さと人生経験を武器にこの世界で生きて行こう。
それに心強い味方、イヴァンとシロもいるからね。
結局、今日は一日中家の中でのんびり過ごした。
イヴァンのおやつを作ったり、ご飯を作ったり、イヴァンのおやつを作ったり、イヴァンのおやつを作ったり・・・。
って私、イヴァンのおやつ作ってばっかりじゃないのっ。
でもこれが私にとってのスローライフなのかもしれない。
イヴァンに振り回されることもあるけれど、同じ空間にいて、同じ時を過ごして、料理をしたり、趣味に没頭したり、時々出かけたり。
これからは三人でそんな風に過ごせたらいいなと思う。
その日の夜、いつものようにネットスーパーで買い物し、お風呂にも入り、寝るまでの時間をリビングでイヴァンと二人でまったりしているとき(シロはさっき約束通り湖の方へ寝に行きました)、スマホに連絡が入っていることに気づいた。
恵里からだ。
(一泊で温泉行ってきたんだけど、明日家にいる?お土産持っていくわ)
温泉かあ、いいなあ。
っとそんな場合じゃない。
明日、家に来るって言ってるけど、家あるのかしら。
普通、朝起きて隣の家が丸ごと消えてたら大騒ぎになってるわよね。
でもそれがないってことは少なくとも外から見た感じは変わりないってことよね。
あの人が死んで私一人になったとき、家の鍵の予備を恵里には渡してあるんだけど、その鍵を使って中に入ったら中はどうなっているのかしら。
うーん、考えたらキリがないわね。
とりあえず恵里には、私が今こんな状況にあることは伝えた方がいいわよね。
信じる信じないはともかくとして。
そうだ。
テレビ電話試してみよう。
恵里のスマホにテレビ電話をかけてみる。
呼び出し音の後、恵里の顔とともに「もしもしお姉ちゃん?」と声が聞こえた。
繋がった!
「もしもし恵里?」
久しぶりに聞く妹の声に嬉しくなってしまう。
「明日なんだけどって・・・え?お姉ちゃん?」
明日の話をしようとした恵里は画面越しに私を見て驚いている。
あっそうか。
私、若返っちゃったんだっけ。
元々小説なんか読まない恵里に、異世界トリップなんて理解できないかもしれないけど、今までのことをかいつまんで話した。
「俄かには信じ難い話だからすぐに信じろって方が無理よね」
「でも、どう見てもお姉ちゃん、高校生の頃のお姉ちゃんだよ。いやその頃より明らかに美人だよ。異世界に行ったなんて聞いただけじゃ信じられないけど、テレビ電話に映っているお姉ちゃんは確かに三十才は若返ってるよ。異世界行けば美人になれるの?若くなれるの?お姉ちゃんだけずるいっ」
いやずるいって言われても・・・。
「お母さん、誰と話してるの?え?早紀ちゃん?おーい、久しぶりー」
手を振りながら画面に現れたのは和奏だ。
さらにその後ろから洸大も顔を出す。
「和奏も洸大も久しぶりね。元気だった?」
「うん、元気・・って、え?早紀ちゃん?なんでそんなに若くなってるの?美容整形でもしたの?」
「うわー、本当だ。俺とそんなに年変わんなくね?早紀ちゃん、いくらなんでも若作りし過ぎじゃね?」
「・・・」
和奏も洸大も私を何だと思ってるんだ。
「早紀ちゃんがさ、異世界トリップ?だかなんだかしちゃって、今地球にいないって言うのよ」
恵里の言葉に二人は、何言ってんの?的な顔をして私を見た。
二人にも同じように説明する。
「本当に早紀ちゃん異世界トリップしちゃったの?私たちにドッキリ仕掛けようとかしてない?」
「さすがにこんなお金と手間かけてドッキリ仕掛けようなんて思わないから。そうだ。イヴァン、ちょっとこっち向いて」
私はラグで寛ぐイヴァンを映した。
「見て。風の精霊フェンリルなんだって。今一緒に住んでるの」
「嘘っ。イヴァンジェラルド!?」
和奏ならそう言うと思った。
「やっぱりそっくりだよね。だから名前もイヴァンにしたの」
「うわーいいなあ。私もイヴァンジェラルドに会ってもふりたいっ」
「精霊とかすげー。俺も魔法とか使ってみたい」
若いからか和奏も洸大もすぐにこの状況を受け入れてしまった。
さすがに恵里はまだ半信半疑のようだけど。
「まあ、そんなわけでいつ帰れるのか、本当に帰れるのかは全くわからないけど、私は元気にやってるから。だから恵里?私、ここでのんびりまったり異世界生活を楽しむことにするわ」
「私にはまだ信じられないけど、お姉ちゃんが幸せならそれでいいわ。さすがに二度と会えないかもしれないのは悲しいけど。でも、テレビ電話の画面越しでも会えたらいいか」
そう言って恵里は笑った。
すると和奏が、
「ねえ、早紀ちゃん。また今度そっちの話を詳しく教えて」
「別にいいけど。どうしたの?」
「あのね、私、いいこと思いついちゃった。今、無料の小説投稿サイトが流行ってるでしょ。私も時々投稿してたんだけど、早紀ちゃんの体験談を小説にして載せたらおもしろいんじゃないかと思って。フィクションだけど、ノンフィクションみたいな」
私も小説投稿サイトは知ってるし読んだこともあったけど、和奏が投稿してたなんて知らなかったな。
でも和奏がどんな風に私を書いてくれるのか興味はある。
「わかった。どんな小説になるのか楽しみにしてるね」
そう言って私たちは笑い合った。
とりあえず、これで本編第一章は終了です。次回から4話ほど、閑話が入ります。




