49 誰が私のお父さん?
結局、領主様は私のこともイヴァンたちのことも王宮には報告しないと約束してくださった。
「サキはちょっと黒髪が珍しいだけの女の子で、連れているのもただのシルバーウルフと白蛇だ。みんな、これでいいな?」
みんなが一様に頷いてくれたので、この話はこれで終わりとなった。
私は嬉しいのと安心したのとでまた泣きそうになった。
私はソファから立ち上がるとみんなに向かって深々と頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございます。私のわがままに付き合わせてしまってごめんなさい。でももしいつか、私たちのことがバレたとしても、迷惑はかけたくないので、皆さんは知らなかったふりをしてくださいね。本当にありがとうございます」
「サキ、一つ気になっていることがあるんだが、いいかい?」
何でしょうと首を傾げる私に領主様は、
「私は君が野宿していると聞いていたが、さっきフェンリ・・・いやシルバーウルフと一緒に住んでいると聞こえた気がするんだが、どうなんだ?」
本当のことを言ってもいいのかな?
チラリとイヴァンを見ると、
『かまわん。どうせ誰も風の森に入ることはできぬからな』
そっか。
不思議。
私は入れるのに。
「実はですね。私とイヴァンは風の森に住んでいます。そこにちゃんと家もあります。野宿してるって嘘ついてごめんなさい」
私が正直に話すと、領主様を含めたみんなが驚きの声を上げる。
「風の森?あそこには強力な結界が張ってあって、誰も出入りできないはずでは・・・」
グリセス様。
本当はそうらしいです。
でも何故か私は出入りできるんですよ。
「どうしてか私は大丈夫なんです。イヴァンにもわからないそうですが」
「やっぱりサキは女神の生まれ変わりなんじゃ・・・」
小さくはない領主様のつぶやきは聞こえないふりだ。
「でもまあ、サキが野宿してなくて安心したよ。本当に心配してたんだからな」
エドさんがそう言って頭をポンポンしてくる。
アレスさんにしてもらったときも思ったけど、私、頭をポンポンされるのけっこう好きかも。
思わずにへらと笑うと何故か「うっ」と呻いて視線を逸らす者約三名。
そんなに気持ち悪いのか、私の顔は・・・。
マジ、へこむぞ。
「ねえ、サキは誰が一番好きなの?もちろんそこの精霊以外でよ」
アンナさんが何の脈絡もなく聞いてきたので、頭の中を?マークでいっぱいにしつつ、顎に人差し指を当てながら、
「うーん、皆さん大好きですけど、やっぱり一番はエドさんですね」
するとグリセス様、レインさん、アレスさんの三人は何だか複雑そうな顔をし、反対にエドさんは「おお、俺が一番か」と嬉しそうだった。
死んだ夫にもよく似ているけど、エドさんはどちらかと言うと、
「お父さんみたいで好きです」
「そうかっ。何なら俺のことをお父さんと呼んでもいいぞ」
と何だかテンションの高いエドさんに冗談のつもりで、
「お父さん」
と呼んでみた。
きっとまだ三十代後半くらいのエドさんを四十八才のおばさんがお父さん呼ばわりするのもどうかと思うけど、エドさんは私のこと十八才だと思ってるからね。
いや、十八才どころかもっと下だと思ってるかもしれない。
ん?
エドさんを見ると、何故か少し目元を赤らめて固まっている。
「・・・おい、マルクル。娘っていうのはこんなにかわいいもんなのか。うちは二人とも息子だからわからなかったが・・・。よし、サキ。うちの子になれ。上の息子と2つしか違わんし問題ないだろ」
・・・え?
するとそこへ領主様が乱入してきて話をややこしくする。
「だからエドばかりずるいと言ってるだろう。サキ、私のこともお父さんと呼んでくれ」
・・・はい?
「領主、何を言ってるんだ。サキの父親は俺だけで十分だ。あんたの出番はない」
「エドこそいい気になるなよ。そうだ、サキ。いっそグリセスと結婚すればいい。そうしたら私が正真正銘サキの父親だ」
「却下だ。うちのサキは誰にもやらんっ。顔を洗って出直して来いっ」
「エド、お前は誰に向かってそんな口をきいてるんだ。仮にも領主だぞ」
「それがどうした。領主だろうと何だろうと俺が認めた奴にしかサキはやらんっ」
何の修羅場なの、これ。
呆然としている私の両肩をポンッと同時に叩かれたので、振り返るとマルクルさんとスタンさんだった。
「うちの領主がバカですまん」
「うちの隊長が舞い上がってしまってすまない」
そう言って二人に謝られた。
「いえ、私が悪いんです。つい冗談なんか言っちゃったから」
「いや、エドに父親代わりになってもらうのはそう悪いことでもないぞ。ああ見えて案外頼りになるし。そりゃ、精霊たちも頼りになるだろうが、精霊では手に負えないこともあるかもしれねえしな。あの二人が嫌ならいっそ俺の娘でもいいぞ。うちの娘は三人とももう嫁に行っちまって俺と妻の寂しい二人暮らしだしな」
わははと笑うマルクルさんに、
「マルクルっ。お前どさくさに紛れて何言ってるんだっ」
「そうだぞ。お前の出番などないっ」
エドさんと領主様が突っ込む。
「いいだろ。別に俺が父親になったって」
「「よくねえよっ」」
カオスだ。
カオスがここにある。
そしてよくわからないこのバカ騒ぎは「いつまで騒いでいるつもりですかっ」というデルトラさんの一喝で幕を閉じた。
寝支度を終え、ふかふかのベッドに入るといくらもしないうちに睡魔が襲ってきた。
アレスさんに何について謝られたのか聞きそびれちゃった。
明日でもいいよね。
そう思った次の瞬間には、私はもう深い眠りについていた。
翌朝、朝食を頂いた後、私たちは領主様の城を後にした。
イヴァンとシロと私は風の森へ、警備隊と冒険者の皆さんはカイセリの街へ。
私が水の精霊と従魔契約したことは昨日あの部屋にいた人しか知らないので、朝メイドさんたちが来る前に、壊れてしまったカラコンの代わりにシロに付与された変異魔法で瞳の色をアンバーに変えてみた。
少し魔力を込めるだけなので簡単だった。
試しに髪の色も変えてみたらこちらも簡単に変えることができた。
ちなみに金髪にしてみたんだけど、全然似合わなかった。
ほら、私、日本人だから。
転移魔法を使えばすぐに家に帰れるけど知らない人の前では使いたくなかったので、誰もいない所まではのんびり歩いて帰るつもりだったけど、城を出た先の分かれ道までは一緒だからとそこまではリタさんの馬に乗せてもらうことになった。
・・・はずが、何故かレインさんに拉致されレインさんの馬に乗せられている。
何が起こった?
レインさんにがっしり腰を掴まれ背中を密着させられている。
「しっかりつかまっておかないと危ないですからね」
いや、危険なのはあなたの笑顔です。
心臓が止まったらどうしてくれるんですか。
かなりの緊張を強いられているが、私の腕の中のサクラを見ると少し緊張がましな気がする。
サクラを愛でて緊張をほぐしつつレインさんと世間話をしながらのんびり進み、時折、近くを並走するアレスさんの様子をうかがう。
なんだか、朝から様子がおかしいのだ。
明らかに落ち込んでいる。
結局、昨日謝られた理由も落ち込んでいる理由も聞けず、気にはなるが何もできないでいた。
今度アレスさんの好きそうなものを作って会いに行ってみよう。
件の分かれ道についたところでレインさんの馬から降ろしてもらい、マルクルさんに明日ギルドに顔を出す約束をして別れた。
手を振りながら見送っているとみんなは少し足早にカイセリの街に向かって去って行った。
ああ、ごめんなさい。
馬に慣れてない私のためにゆっくり走ってくれてたんだね。
本当にみんないい人たちだ。
私たちの周りに人気が無いことを確認すると、シロに付与された転移魔法を使った。
行きたい場所を思い浮かべるだけでいいらしい。
なので、私は玄関前のポーチを頭に思い浮かべた。
魔力が動いたのを感じた瞬間、私たちは家の玄関ポーチに立っていた。
「うわー、すごいっ。これならどこへ行くのも楽でいいね」
私がはしゃいで言うと、シロに一度でも行ったことがある場所でないと無理だがなと言われてしまった。
なるほど、そうなのか。
鍵を開けて家に入る。
鍵なんかかけなくても誰も入ってこないのはわかってるんだけど、つい習慣で。
初めて家に入るシロはキョロキョロしながら、
「ここがサキの家か。随分変わっておるな」
と興味津々の様子。
たった一日しか留守にしていないはずなのに久しぶりに帰ってきた気がする。




