48 おばさんのくせに恥ずかしすぎるっ
「では、サキ。手のひらをこちらへ。うん?サキ、お主は姿形を偽っておるのか?偽りの姿では契約ができぬゆえ、元に戻させてもらうぞ」
アクエがそう言った途端、目に違和感を感じ、思わず目に手を当てた。
パリンっ。
小さな割れる音が聞こえたかと思うと、手のひらに粉々に砕け散ったアンバーのカラコンがのせられていた。
「心配せずとも瞳は傷つけておらぬ」
アクエの言葉にも反応できず、手のひらの残骸を見つめる。
これってつまり・・・。
「どうした?大丈夫か?サキ」
心配そうなエドさんの声に領主様の後ろに立つエドさんを見上げた。
「!?サキ、その目の色は・・・」
エドさんの言葉に私は部屋にかけてある大きな鏡に目をやった。
そこには黒髪、黒目の私が驚いた顔で私を見つめていた。
「・・・嘘っ。やだっ。イヴァン、どうしよう。バレちゃったっ」
『まあ、仕方あるまい。偽りの姿では契約できぬのだからな』
「そんなあ・・・」
愕然とする私に領主様は、
「この世界に黒髪、黒目の人間はいない。いるとするなら月の女神ルーナオレリアの生まれ変わりだけだと言われている。サキはルーナオレリアの生まれ変わりなのか?」
「違います。何回も言いますけどただの一般庶民です」
「しかし・・・」
「しかしもかかしもありません。ただの一般庶民です」
これだけは折れるつもりはない。
拳を握りしめ、決意を新たにしたところで、エドさんの優しい声がした。
「そうか、それがサキの事情なんだな。そりゃ、そのナリじゃあ街では暮らせねえし、サキの父親がサキが一人になるのを心配するのも頷ける。サキも苦労したんだなあ。辛かっただろ。でももう心配はいらねえぞ。俺たちがついてるからな」
領主様の後ろから私のところへ移動してきたエドさんはそう言って私の頭をポンポンと撫でてくれた。
エドさんの優しさに思わず涙が出そうになる。
というか涙が一粒こぼれた。
あっと思ったときにはもうぼろぼろ涙が出て止まらなくなった。
今まで我慢してた心の何かが切れたようにあとからあとから涙が溢れてくる。
「サキ!?」
慌てたエドさんが何だかおたおたしてたけど、しゃあねえなとつぶやくとギュッと優しく私を抱きしめてくれた。
私はエドさんの胸に縋り付いて思いっきり大きな声で泣いた。
本当はずっと怖かった。
怖くて不安で心細くて壊れそうだった。
イヴァンやエドさんたちと一緒にいても、ふとした瞬間に不安に押しつぶされそうになった。
知らない世界に一人連れてこられて、魔物が跋扈し人の生死が隣り合わせの世界は平和な日本で暮らしてきた私には現実味がなくて、心のどこかでこれは夢だからそのうち元の世界に戻れるんだって思っていた。
でも、今日の戦闘でアレスさんが血を流して倒れたとき、これが今の私の現実なんだと思い知った。
そしたらもっと怖くなった。
半世紀近く生きてきた記憶があったって怖いものは怖い。
そんないろんな感情がエドさんの言葉で涙とともに一気に体の外へ溢れ出した。
どれくらい泣いていたのかわからないけど、泣き過ぎて頭が痛い。
でも心の中はスッキリした。
そっとエドさんの胸から顔を上げると、案の定エドさんの服は私から出た涙やら何やらいろいろなもので酷い有様だった。
「エドさん、ごめんなさい」
私はエドさんに謝って、浄化魔法をかけた。
「気にするな。それより落ち着いたか?」
「はい。ご迷惑をおかけしてすみません」
四十八才にもなって人前で大泣きするなんて恥ずかしすぎて顔を上げられない。
あの人が死んだ時でさえ、人前では泣かなかったのに。
家に帰って一人になったときは思いきり泣いたけど。
ああ、どうしたらいいんだろう。
いたたまれない。
年下の男の人の胸に縋り付いて泣くなんて。
頭の中をいろんな感情がぐるぐる回って、自分の膝の辺りを見つめながらおろおろしていると、ポンポンと頭を撫でてくれる手があった。
見上げるとエドさんだ。
エドさんの茶色の瞳が大丈夫だと言ってくれている気がした。
何だかまた涙が出そうだと思ったとき、ひょっこりアクエが顔をのぞかせた。
「サキ、契約の続きをしても良いか?」
ふふ。
なんだかなあ。
「うん、いいわよ」
手のひらをアクエに向けるとアクエが額をくっつけてきた。
イヴァンの時と同じように、ピカッと一瞬光が走ったかと思うとすぐに消えた。
「完了だ。これで我もサキの従魔だな」
なんだかアクエも嬉しそうだからまあいいか。
「サキ、我にも名前をつけてくれ」
「名前?そうねえ。白蛇だからシロでどう?」
安易な名付けと言われようと覚えやすい方がいい。
「うむ。シロか。こやつほど格好良さはないがまあ良い」
少し和んできたところで領主様が遠慮がちに口を挟んできた。
「王宮への報告だが・・・」
忘れてた。
アクエ生贄作戦は失敗したしな。
「領主、王宮には報告しなくてもいいんじゃねえか。どうせこんなことを報告しても王宮の人間だって半信半疑だろうよ。精霊が二人も姿を現してさらに人間の従魔になったなんて。それにこの姿のサキが見つかってみろ。確実にサキは王宮に拉致されていいように使われるぞ。今までも散々辛い思いしてきたんだからこれ以上サキに辛い思いはさせたくねえ」
「・・・エドさんっ」
もう今更だと思い、私は思いきりエドさんに抱きついた。
すると何故か領主様が、
「エドばかりずるいぞ。私だってサキを辛い目に合わせたいわけじゃない。むしろ、私もサキにギュッとしてほしい」
領主様の変態発言に両横から拳が飛んだ。
グリセス様とマルクルさんだ。
「「いい加減にしろっ」」
こぼれそうだった涙も思わず引っ込んだ。
領主様、生きてますか?
「まあ、俺にとってもサキは将来有望な新人冒険者だ。ちょっと心配なところもあるが、カイセリの冒険者ギルドには必要なんだよな。もちろん、そこの精霊たちも含めて。だから王宮なんかに連れて行かれるのはできれば遠慮してえ。これが俺の気持ちだ」
とマルクルさんが言えば、グリセス様も、
「そうですね。できればサキには近くにいてほしいです。やっぱりここに一緒に住んではどうですか?ここなら私たちもいろいろ対応できますし。ちょっと変態おやじもいますが、これはこっちで何とかしますから」
とおっしゃってくださったが、何気に領主様の扱いが酷い。
続いてリタさんたち女性陣も、
「私たちもサキにいてほしい。だってまだスベスベお肌の秘密を聞いてないし」
「髪のお手入れ方法も知りたいし」
「サキは私が結婚するまで面倒を見る義務があるんだから勝手にどこかへ行かれては困るわ」
いや、リタさん。
いつの間に私はそんな義務を負っていたんでしょうか。
さらにアンナさんの謎発言。
「私も誰がサキを射止めるのか気になるわあ」
・・・何の話だ。
「はいっ、はいっ。俺もサキのこと尊敬するっす。精霊相手でも怯まず、地獄へ叩き落すあの素晴らしい手腕に感動したっす。これからサキのこと姐御って呼んでもいいっすか?」
どこの組の人間だよ、私。
ロックさん、何かを間違えてると思う。
「私もサキには側にいていただきたいですね。サクラもサキのことを気に入っているようですし。もっとドスディモラスの生態について教えていただけると助かります」
それはもう眩しいくらいの笑顔でレインさんは言った。
だからイケメンの笑顔は危険なんだって。
それに私はドスディモラスの生態なんて知らないよ?
ウッドさんもガレルさんもスタンさんも私のしたいようにすればいいと言ってくれる。
もう我慢しなくてもいいって。
ただ、アレスさんだけが「俺のせいですまなかった」と頭を下げた。
何故謝られたのかわからない。
でも本気でそう思っているらしいことは伝わってきた。
私、何かされたっけ?




