46 静かに暮らしたいだけなんです
領主様の言葉に、私はとうとう来たかーと内心ため息をつきながら領主様の前のソファに座った。
「まず、最初に確認させてもらいたい。サキ、君は何者だ?」
何者ってそんな直球で来られてもなあ。
「私は自分のことをただの一般庶民だと思っているのでそれ以外の答えは持ち合わせていません」
「ふむ。では次。シルバーウルフだと思っていたそれがフェンリルだというのは本当かい?」
「私にはわかりませんが、イヴァン本人が自分はフェンリルだと言っていました」
「なるほど。ではどうしてシルバーウルフだと言ったんだい?」
「私は一度もイヴァンのことをシルバーウルフだと言ったことはありません」
ここでエドさんが、
「確かにサキは一度もシルバーウルフだとは言ってないな。俺たちが勝手にシルバーウルフだと決めつけていた。サキはただ、否定しなかっただけだ」
はい、その通りです。
エドさん、ごめんなさい。
「では、何故フェンリルだと言わなかった?」
「イヴァンがフェンリルは滅多なことで人前に姿を現さないからフェンリルだと知れたら大変なことになるって言ったからです。冒険者ならみんな従魔を連れているから魔狼のふりをすれば問題ないって。まあ、実際は大アリでしたけどね。でももし、フェンリルだと最初から告げても問題にならないのなら、今こうして尋問されることもなかったはずですよね」
一拍の間を置いて、領主様がふうーと長いため息をつく。
「本当にサキは聡いなあ。確かにフェンリルだとわかれば街は大騒ぎだ。それどころか王宮にも報告せねばならん重大事項だ。さらに水の精霊まで姿を現したとなれば・・・。サキ、あれは本当に水の精霊なのか?」
領主様がいつの間にか戻ってきてイヴァンの頭の上でとぐろを巻くアクエを指差して聞く。
「イヴァンも水の精霊だと言っていましたけど。ラシュートの水の森を住処にしてるはずのアクエが何故嘆きの森でグリーントレントに囚われていたのかは知らないけどって」
私の言葉にマルクルさんが、
「グリーントレントに囚われていた?」
「はい。グリーントレントに囚われていたせいで魔力を吸い取られ、あんなに小さくなったみたいです」
そうよね?とアクエを見るとうんうんと頷いている。
「もしかしてそのせいで人や魔物が自由に出入りできたんじゃ・・・」
マルクルさんの言葉にウッドさんも、
「その可能性はありますね。常に一定量の魔力が供給されるなら他の獲物を狙う必要はなくなる」
「グリーントレントがいなくなった今、嘆きの森はただの森になる。しばらくは定期的に森を巡回して様子を見た方がいいですね」
グリセス様がそう言って何かを考え始めたけど、きっと騎士様方の今後の予定を考えているんだろう。
「さて、とりあえず今一番の問題は精霊方のことだが・・・。精霊が現れたとなれば王宮に報告する必要がある」
「報告したらどうなるんですか?」
「王宮から人がやって来るだろうな」
「やって来たとしてイヴァンたちに何をさせるんですか?」
「いくら王宮の人間でも精霊を従わせることなどできないだろう。だが、もし国が精霊の加護を受けていると内外に証明できれば列国の中の立場も強固なものになるだろうな」
「あまり知らなくて申し訳ないんですけど、この国は弱い国なのですか?」
「はっきり聞くねえ」
ハハハと苦笑いを浮かべた領主様は、
「弱くもないが強くもないといったところか。一番強いとされているのはオラン帝国だ。あそこは強い軍隊を保有している。残りの国はまあ、似たり寄ったりだな」
「そうですか」
確か前にイヴァンがオラン帝国は領土が狭く資源も乏しいって言っていた気がする。
「グルノーバル王国は食料や資源の豊かな国なんですか?」
「まあ、それなりにな。ベステルオースに近い地域は鉄鉱石など鉱物資源が取れるし、ラシュートに近い地域、この辺りも含めて農業が盛んだ。国の中央はいろいろな産業が発展している。ちなみにベステルオースは鉱物資源の豊かな国だが、代わりに農作物は取れない。ラシュートは織物や工芸品などの産業が発展しているし、アルクマールは広大な緑が広がる田園地帯で農業が盛んな国だ。しかしこの二つの国では、鉱物資源は全く取れない。オラン帝国は領土も狭く作物の育たない土地の上、鉱物資源もない。あるのは軍隊だけだ。・・・なんだか歴史の教師になった気分だな」
領主様の言葉に、私は素直に謝った。
「本当に何も知らなくて申し訳ありません」
私でも知らないことを知っているくせにサキは不思議な子だねえ、と領主様が小さく呟く。
私は少し考えてさらに質問を重ねる。
「オラン帝国は他の国を配下に治める意志を持っているんですか?いわゆる戦争などの武力行使で」
「さあ、わからない。今のところ表立った動きはないが例の魔物の違法取引の件もある。誰が何の目的でかわからない以上何とも言えないな。ただ、オラン帝国の上層部は魔物の違法取引の件は否定しているし、各国との友好関係も維持していきたいと言っているらしい。もちろん、他の国も戦争などは望んでいない。まあ、こんな辺境に住む私のところに入って来る情報など微々たるものだし、王宮の偉いさんが何を考えているかなんぞ私には皆目見当がつかないがな」
「そうですね。領主という立場上、口にできないこともたくさんあるでしょうしね」
資源の乏しい国は資源の豊富な国を手に入れたいと思うはず。
特に食糧難の国は。
向こうの世界でもそれを理由に戦争が起こったこともあったはずだ。
「サキ、本当に君は何者なんだ?」
「だからただの庶民です」
領主様の言葉も適当に聞き流し、考えてみる。
この先、オラン帝国の食料事情によっては戦争が起こるかもしれない。
でも起こらないかもしれない。
私は王宮の人間じゃないのでわからない。
でもわかっていることはイヴァンを巻き込みたくないし、私も巻き込まれたくない。
今現在、すぐそこに敵国の軍隊が迫ってきているならともかく、そうでないのなら・・・。
「領主様。ここにフェンリルなんていないことにしてください。イヴァンも私も面倒なことに巻き込まれたくないので」
ときっぱり私が言うと領主様は頭をポリポリと掻いてそう言われてもなあ・・・とブツブツ呟いている。
「イヴァンは話しませんから王宮の人が来ても意思の疎通はできませんよ」
「サキがいるじゃないか」
「だから私を巻き込まないでください。第一、私がイヴァンの言葉を正しく伝えるとは限らないじゃないですか」
「サキは嘘なんかつかないだろう?」
「何を言ってるんですか。人間なんて平気で噓をつく生き物ですよ」
「サキも噓をついているのかい?」
「もちろんついてますよ。人間ですもの」
領主様の目をしっかり見つめたまま、にっこり笑って言った。
「サキ、君は本当に十八才なのか?私は一体誰と話しているんだ?」
アラフィフのおばさんとですよ。
とにかく私はこれ以上目立ちたくないし、王宮の人間なんかと関わりたくない。
イヴァンと二人、静かに暮らしたいだけだ。
どうすればいいの・・・?




