42 見るだけなら平気なんです、見るだけなら
大急ぎで解体の終わった魔物を浄化魔法で浄化していく。
こうすると跡形もなく消えるので他の魔物を引き寄せることもないそうだ。
結局、魔力が回復しなかったティーナさんの代わりに私が浄化魔法をかけていく。
ふと、ティーナさんもサクラから魔力をもらえばよかったのではと思ったので、後で聞いてみたら従魔契約しているレインさん以外に魔力は渡せないそうだ。
そういうものなのか。
白蛇は魔力をもらっていたけど、精霊だから別ってことなのね。
なんとか浄化も終わった頃には日も傾きかけていた。
急いで嘆きの森を出ようと移動すると白蛇もついてきた。
『何故お前がついてくる?さっさと自分の森へ帰れ』
「まだ魔力が足りぬと言うておろう。もう少し魔力が回復せぬと森に帰ることもできぬ」
『ふんっ』
森から出る頃にはかなり薄暗くなっており、野宿の用意をしておらず、真っ暗な中街まで帰るのは危険なので、ここから近い領主様の城に向かうことになった。
城なら日が沈むまでに着けるらしい。
イヴァンならあっという間に家に帰れるけど、私たちは半ば強制的に城に連れていかれることになった。
諦めていつものようにイヴァンに跨ろうとした私の腕に、突然白蛇が巻き付いてきたので思わず叫んでしまった。
ヘビを含め爬虫類は見るくらいなら平気だけど、巻き付かれて嬉しいかというとまた別問題だ。
最初に連れてこられたくらいの小さなサイズになって腕に巻き付く白蛇にイヴァンが、
『お前は何をしている?サキから離れろ』
「嫌だ。我も一緒に行く」
『離れろ』
何だか終わりのない押し問答が繰り返されそうなので、私はイヴァンに、
「悪いことをしないなら一緒に行ってもいいんじゃないの?」
イヴァンは嫌そうな顔をしたけどそれ以上何も言わなかったので、白蛇に一緒に行ってもいいから腕から離れてくれるようお願いして、結局イヴァンの背中に落ち着いた。
私も白蛇をつぶさないようにイヴァンに跨ろうとしたら、またしてもにゅっと腕が伸びてきて、気がつくと馬上の人になっていた。
肩越しに振り返るとグリセス様だった。
「もうすぐ日が落ちて暗くなります。暗くなると危ないですからね」
そう言ってにっこり微笑まれた。
だから危ないのはあなたの笑顔なんですって。
グリセス様の馬に乗せられたまま、城に向かう私は背中が気になって仕方がない。
イケメンと体を密着させていると思うと、心臓がドキドキして落ち着かないのだ。
イケメンには免疫がないんですっ。
嘆きの森までエドさんに乗せてもらって今と同じように体が密着してても気にはならなかった。
だって、エドさんてお父さんみたいなんだもの。
死んだ夫だってイケメンとは言い難い、普通の顔だったし。
精神的疲労を感じながらも、やっとたどり着いた領主様のお城はそれはもう西洋の城そのものだった。
沈みかけた太陽のオレンジの光を受けて輝くそれは貴族の城に相応しい重厚な外観の白亜の城だった。
あんぐり口を開けたまま一言も発せないでいると、グリセス様が私を馬から降ろしながら、
「サキ、これを貴女に見せたかったのです。いかがですか?我が城の自慢の一つなんですが」
「本当に綺麗です。夕日が当たって輝くお城なんて初めて見ました」
オレンジに染まる白亜の城をうっとり眺めながら私は言った。
「気に入っていただけて何よりです。さあ、城に案内いたしましょう」
通用門を通って城の中に入るとすでに連絡がいっていたようで、そこにはたくさんの人がいた。
一番前には金髪を頭の上に一つに結い、青い瞳をした、豪華なドレスを着た女性が立っていた。
その女性と言葉を交わした領主様は私を呼ぶと、妻のミレーヌだと紹介してくれた。
やっぱりグリセス様はお母様似だったらしい。
緊張しながら正しくできているのかもわからないままにカーテシーをし、夫人に挨拶をした。
「お初にお目にかかります。サキと申します」
「まあ、あなたがサキさんなのね。ニコライの妻ミレーヌよ。会えて嬉しいわ。シルバーウルフを従魔にしていると聞いて興味津々でしたのよ。こちらがシルバーウル・・・キャーッ!」
イヴァンを見るや否やミレーヌ夫人は盛大な悲鳴を上げて倒れた。
見るとイヴァンの頭にはとぐろを巻いて赤い瞳でミレーヌ夫人を見つめる白蛇がいた。
なんだかその絵、すごくシュールなんですけど。
私は慌てて白蛇にもっと小さくなれないの?と聞いた。
ヘビをはじめとする爬虫類が苦手な人は多いだろう。
「魔力不足ゆえ大きくはなれぬが小さくなる分には問題ない」
そう言うなり白蛇は手のひらサイズの小さな蛇になった。
そしてそのままイヴァンの毛の中に潜り込んだ。
城の中へ運び込まれるミレーヌ夫人を見送りながら私は領主様に謝った。
「本当に申し訳ありません。気が利かなくて・・・」
「いや、サキのせいではない。私もうっかりしていたよ。サキが気にすることではないからね。
デルトラ、みんなを案内してくれ」
領主様は後ろに控えていた白髪交じりのダンディなおじさまにそう言うと、
「サキ、また後で」
と言い残し颯爽と城の中へ入って行った。
騎士様方は元々この城に常駐されている方々なので、エドさんをはじめとする警備隊の皆さんとドラゴンナイト、フェアリーウィングの面々と一緒にどこかへ姿を消した。
これから馬の世話をするらしい。
残された私たちはこの城の執事デルトラさんに城の一角に案内された。
グリセス様も一緒だったけど、途中で別れた。
自室に戻るらしい。
私とイヴァンが案内された部屋はとても豪華な客室で、ソファテーブルが置かれている応接間兼リビングのような部屋に、扉続きで寝室、その奥にトイレとバスがあった。
寝室には天蓋付きの、大人が三人は寝転べるくらい広いベッドが置かれ、白と茶色を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋だった。
紺色のお仕着せと白いエプロンをつけたメイドさんにお風呂が沸いてますからどうぞと勧められ、喜んで入らせてもらう。
入浴の手伝いをするというメイドさんをやんわりかつきっぱり断り一人でのんびりバスタイムだ。
イヴァンはというとさっさと浄化魔法でさっぱりしている。
バスタブはいわゆる猫足でホテル気分に浸れてテンションがあがる。
身体的な疲れも精神的な疲れも吹き飛ぶようだ。
気になっていたこの世界のシャンプー事情だけど、固形石鹼と液体石鹼、たぶんシャンプー的なものの二つが置いてあったので、体を洗う固形石鹼と髪を洗う液体石鹼だと思われる。
コンディショナー的なものはないらしい。
昨日、リタさんたちに髪を褒められたのも頷ける。
やっぱりシャンプーだけではパサパサになっちゃうものね。
たまにだけどトリートメントだってしてるし。
のんびりバスタイムを満喫し、心も体もリフレッシュした私はその後地獄を見る羽目になった。
浴室から出るとタオルを持ったメイドさんが二人がかりで体を拭いたり、髪を乾かしたりしてくれた。
自分でできますと断ったけど拒否され今に至る。
今まで自分が着ていた服を浄化魔法で綺麗にしたのでそれを着るつもりでいたら、寝室に連れて行かれクローゼットから好きな服を選ぶように言われた。
目の前にあるのは豪華なドレスばかりだ。
なので、もう一度自分の服を着ますと言ったけど聞き流された。
仕方なく一番シンプルな淡い黄色のドレスを選んだ。
するとまたしても二人がかりでコルセットをギュウギュウに締め付けられた。
少し緩めにしておきますねと言われたけど、これのどこが緩めなのかさっぱりわからない。
黄色のドレスを着せられた後は、鏡の前に座らされ髪をセットしてもらった。
髪を丁寧にすいた後、耳から上の部分を一つにまとめてハーフアップにして、アップにした部分を編みこむという手の込みようだ。
さらに薄く化粧まで。
鏡に映っているのはどこのお嬢様だというくらい可憐な少女だった。
ホント、誰よこれ。
高校生の頃の私はこんなにかわいくなかったわよ。
若返る過程で何か手違いでもあったのかしら。
でも化粧一つでこんなに変わるものなのね。
普段の私は一日中家に籠って出かけない日は基礎化粧品のみで、ちょっと買い物だ何だと出かける日はさらっとファンデーションをつけるくらいだった。
ただ、シミやシワが気になりだしたので、よく効きますと勧められた基礎化粧品を使ってはいたけど、それだけだ。
化粧ってすごいっ。
いや、メイドさんたちの腕が素晴らしいのか。




