41 ジャイアントパンダ出現
「サクラ?おい、どうした?サクラ?」
見ると何だかサクラの様子がおかしい。
「イヴァン、サクラはどうしたの?体調が悪いの?」
『ん?ああ、巨大化するんだろう。もうそろそろそんな時期だとは思っていたが』
「どういうこと?」
『ドスディモラスは100年生きると上位魔物に進化する。進化すると巨大化する。そのドスディモラスはそろそろ巨大化する頃だと思っておった』
ええーと、つまり。
パンダがジャイアントパンダになるってこと?
いやいや、元々パンダはジャイアントパンダだし、でもこっちのパンダはパンダじゃないし。
多少パニックになりつつ、どれくらい大きくなるのか尋ねるとうちの家くらい大きくなるという。
「大変っ!なんでもっと早く言ってくれなかったの?レインさんっ。危険なので今すぐサクラから離れてくださいっ」
そう言うなり私はレインさんからサクラを奪い取ると、誰もいない広場の中央に置き大声で叫んだ。
「死にたくなかったら今すぐ離れてくださいっ」
何が起こっているのか理解できないレインさんに説明するより先にサクラに変化が訪れた。
みんなが唖然として見守る中、サクラの体がどんどん大きくなって、気がつくと二階建ての家くらいの大きさになっていた。
「これはどういうことでしょうか?」
レインさんのつぶやきに、私はイヴァンの言葉を伝える。
「イヴァンが言うにはドスディモラスという魔物は100年生きると上位魔物に進化するそうです。その進化が巨大化するということらしいです」
「・・・知らなかった。そんな話は聞いたことがありませんでした」
レインさんだけでなく他の方々も同じだったらしく、ジャイアントパンダになったサクラを見ながら口々に何かを呟いている。
イヴァンの説明によると、このドスディモラスという魔物は魔力を出し入れするしか能がなく、攻撃の手段も持たないため、たいてい100年生きる前に他の魔物に食べられたり、冒険者に狩られたりするそうだ。
なので、巨大化したドスディモラスを目にするのは非常に珍しいことらしい。
「それでサクラは巨大化したままなのでしょうか?」
レインさんの問いにイヴァンは、
『魔力を吸い取らねばこのままだな』
「いつもレインさんはサクラから魔力をもらってるでしょ。今回も同じようにすればいいってこと?」
『方法は一緒だが、魔力の量が桁違いだ。あの大きさまで戻そうと思えばかなりの魔力を放出させねばならん。人間では無理だな。自力で放出することも出来ようが、どれくらい時間がかかるか予想もつかぬ』
レインさんにイヴァンの言葉を伝えつつ、さらに質問する。
「じゃあ、どうすればサクラを元の大きさに戻せるの?」
『元に戻すのか?これだけ大きいと二度と魔力切れの心配をしなくてもいいぞ』
レインさんに確認するとやっぱり戻せるのなら元の大きさに戻して欲しいそうだ。
「これだけ大きいと街にも連れて帰れませんから」
うんうんと私は頷くとイヴァンに向き直り、
「何とか元に戻す方法はないの?」
『どうしても元に戻したいのであれば・・・』
そう言うとイヴァンはさっと森の中へ入って行ったかと思うと、一瞬で白い何かを銜えて戻ってきた。
そしてそれを私の前にポイっと放り投げた。
その白いものを確認した私は、
「わー。イヴァン、ダメよ。白い蛇は神様のお使いって言われているの。いじめちゃダメっ」
私の前に投げられたそれは小さな白い蛇だった。
その白い蛇を逃げられないように片足で踏んづけたままイヴァンは、
『サキ、勘違いするな。こやつは水の精霊アクエ。本来はそこのドスディモラスほどの大きさの大蛇だ。それが先ほどのグリーントレントに魔力を吸い取られてこのザマだ。こやつが元の姿に戻るにはかなりの魔力が必要になる。ラシュートの水の森を住処としているこやつが何故こんなところでグリーントレントに囚われていたのかは知らぬがちょうどよかろう。元に戻したいのであればこやつに魔力を吸い取ってもらえ』
イヴァンに踏んづけられている白い蛇をじっと見つめる。
これが精霊?
まぶたのない真っ赤な瞳のその蛇はイヴァンから逃れようとジタバタするけど上手くいかない。
「元の姿に戻りたいの?」
そっと私が聞くとはっきり頭を縦に振って頷いた。
「レインさん、この蛇ならサクラを元に戻すことができるそうです」
イヴァンの足から何とか抜け出した白蛇はジャイアントパンダと化したサクラに近づくとそう長くはない毛の中に頭を突っ込んだ。
しばらく様子を見ていると少しずつサクラの体が縮んでいった。
それに合わせて白蛇の体が大きくなるのかと思えば・・・あまり変わらない。
それでもサクラの体が元に戻る頃には白蛇はニシキヘビくらいのサイズになっていた。
「まだまだ魔力が足りぬ」
白蛇がしゃべった!?
「人間の言葉を話せるのか?」
領主様をはじめみんなが驚いていると、
「魔力が足りぬゆえ、元の姿に戻れぬ。この大きさでは話すのがやっとだ」
真っ赤な瞳でイヴァンを睨みつけたまま、
「フェンリル、お前の魔力を我によこせ」
『ふざけるな。何故我がお前なんぞに魔力を分け与えねばならん』
「同じ精霊同士、助け合うのも必要だろう」
『冗談ではない。サキ、ドスディモラスも元に戻ったことだし、もうここには用がないだろう。家に帰るぞ』
「イヴァン、ほっといていいの?仲間なんでしょ?」
『仲間などではない。我ら精霊は他の精霊と関わることはない。他の精霊の手を借りるなぞ以ての外だ』
「そ、そうなんだ。じゃあ白蛇さん、何とか頑張って元に戻ってくださいね。
あの、マルクルさん、私たちそろそろ帰りますね。預かったお肉は明日ギルドへ持っていきますから」
そう言ってさっさとこの場から離れようとしていた私は・・・失敗した。
「待て、サキ。聞きたいことが山ほどある。その白蛇のこともだが、シルバーウルフだと思ってたやつのことも」
がっしりマルクルさんに腕を掴まれ逃げられなかった私は観念した。
「今すぐ問い詰めてえとこだが、このままだと街に着く前に日が暮れちまう。とりあえず街に帰ってからだ。逃げるなよ」
強面のマルクルさんに睨まれて私は頷くしかなかった。




