40 私は聖女でも賢者でもないただのおばさんです
四十八年間、平々凡々な人生を歩んできた。
それがいきなり異世界へトリップしたり、突然若返ったり、精霊と一緒に暮らすことになったりと普通ではないことを体験したけど、中心にあるのはやっぱり半世紀近くを普通に生きてきた私だ。
世界を救うべく召喚された聖女でもなければ、滅びゆくしかない世界を異世界の知識で救ってくれと頼まれたわけでもない。
気がついたらこの世界にいた。
ただそれだけだ。
強いて言うなら見た目は子供でも中身はアラフィフのおばさんだということ。
私自身はどこにでもいる普通のおばさんだと思っているけど、他の人から見たら変な子に見えるんだろうなあ。
「シルバーウルフがいなくても十分立派にやっていける子だと、私は思うがなあ」
領主様の言葉に思わず、
「それって褒め言葉ですか?」
この年になると、そんなに褒められることってないからね。
領主様は優しく笑って、サクラの頭を撫でていた手で、今度は私の頭を撫でながら、
「もちろん」
何だか自分の存在を認めてもらえたような気がして、嬉しくなってにへらと笑ってしまったら、何故か感極まった様子の領主様がガバッと私に抱きついてきた。
「ぐえっ」
思わず変な声が出た。
いや、それより変態おやじがここにいる。
するとどこからかグリセス様が飛んできてグイっと領主様を引きはがし、少し遅れてレインさんが大丈夫ですか?と声をかけてきた。
「大丈夫です。ちょっとびっくりしただけで・・・」
私がそう言うと、領主様は悪びれず、
「仕方ないだろ。サキがかわいかったんだから」
「おいっ。こいつぶん殴ってもいいか?」
私の後ろから怒気をはらんだアレスさんの声が聞こえた。
アレスさん、仮にも領主様ですよ、貴族様ですよ。
こいつとかぶん殴るとか大丈夫ですか?
「ええ、許可します。というか私も手伝います」
えっと、グリセス様?
お父様ですよ?
大丈夫ですか?
おたおたしている私に領主様は、
「本当にサキはかわいいねえ。どうだい。やっぱりうちの子にならないかい?」
とニコニコ笑っておっしゃった。
何だかよくわからない戦いが始まろうとしたその時、マルクルさんの声がした。
「サキ、すまんが頼みがある。お前のアイテムバッグを使わせてもらえないか?」
マルクルさんの言葉を聞いた私は慌てて誤魔化そうとした。
だって周りにはたくさん人がいるんだもの。
「ア、アイテムバッグって・・・」
「もうバレてるだろう。だってお前隠そうとしてなかったみてえだし」
はい?
「お前、さっきこいつに焼き菓子やらサンドイッチやら出してただろ?あんだけの量が入った鞄なんて持ってるようには見えなかったし、それに最初に出した焼き菓子、出来立てのようにアツアツだった。朝一で焼いたにしたってあんなアツアツの状態で出すのは不可能だ。時間停止魔法も付いてるんだろう?」
そっと他の人を見回すと、領主様をはじめその場にいる人は皆一様に頷いている。
ガーン。
言われてみればその通りだ。
なんてバカなの、私って。
領主様、買い被りすぎでした。
私はただのバカです。
あまりの情けなさにうるうるさせていると、
「サ、サキ。大丈夫だ。アイテムバッグくらい俺たちも持ってるぞ。さすがに時間停止魔法までは付いてないが・・・」
とアレスさんが言えば、グリセス様も、
「そうですよ、サキ。持つのを禁止されているわけじゃないですし、少し時間停止魔法が珍しいだけで・・・」
とフォローしてくれる。
いや、フォローになってないから。
けれど、ここに空気を読まないやつがいた。
「いやーそんな顔もかわいいねえ。やっぱり私の娘に・・・」
最後まで言い終わらないうちにゴインと音がして、領主様が頭を抱えて蹲った。
「お前はうるさいんだよ」
マルクルさんだった。
ここにもいたよ。
本当に殴ったよ。
仮にも領主様だよ。
「こいつらの中にキングボアとスチールバードがいたんだ。こいつらは滅多にお目にかかれないAランクのレアものだ。この二匹はできれば肉も持って帰りたい。最高級品の肉だからな。つうことでサキのアイテムバッグの出番だ。もちろん、バッグの容量もあるだろうから二匹も入らねえならどちらか一匹でもいい。ダメか?」
前にイヴァンに見た目以上に入るとは聞いたけど、どうなんだろう。
イヴァンを見ると、
『問題ない。まださらに入れられるぞ』
アップルパイとサンドイッチを全部平らげて満足そうだ。
「二匹入れてもまだ余裕だそうですよ」
と私が言うと、お前どんだけ魔力量多いんだよっと呆れられた。
そっか、見た目以上に入るというのはつまり魔力量が多いってことなのか。
「じゃあ、マトルトサーペントとマーダーグリズリーも頼む」
ということで私のアイテムバッグの中に、レッドボアをもっと大きくした金色のキングボア、ロックバードという空飛ぶ魔物の体を鋼で覆ったスチールバード、まだら模様の蛇の魔物マトルトサーペント、ヒグマをもっと大きく凶暴にしたようなマーダーグリズリーが収納された。
どれもAランクの魔物だそうで、取れる素材も特別ならその肉も格別らしい。
「よし、これで鮮度も保てるから問題なしだ。もちろんこいつらはシルバーウルフが倒した魔物だから報酬も期待しててくれよ」
マルクルさんはとても満足そうにガハハと笑った。
・・・最高級のお肉・・・。
「マルクルさん。報酬はいりませんから代わりにそのお肉を少しだけ分けていただけませんか?手のひらにのるくらいの少しの量でいいんですけど」
「ん?そりゃまあ、かまわんが・・・」
「本当ですか?わーい。嬉しいなあ」
私があまりにもにこにこ嬉しそうにしていたからか、
「そ、そうだよな。レッドボアの肉すら食ったことがねえって言ってたもんな。よし、好きなだけ持ってけ」
とマルクルさんには何だか不憫な子扱いされたけど、最高級肉の前では気にならない。
ただ、蛇のお肉は微妙だけど。
「本当に少しずつでいいですからね。味見がしたいだけなので。ふふ。楽しみだなあ」
私がお肉っお肉っと浮かれていると、突然レインさんの焦った声が聞こえた。




