38 戦場にて
アレスさんに言われた通り、この場を動かず周りの様子を窺うと、魔物たちは死に物狂いで向かってきている。
先日の冒険者とレッドボアの戦いとは雲泥の差だ。
一度、魔物が私に向かって飛びかかってきたときは、もうダメだと思ったけどイヴァンの結界に阻まれて私に触れることもできなかった。
その後も何度か同じことがあったけど、結界に守られている私は傷一つつくことなく周りを観察する余裕も出てきた。
よく見ると騎士様や警備隊の方の中には血を流しながら戦っている人もいる。
こんなに遠くては治すことも出来ないし、逆に近づきすぎると迷惑になる。
何かできないかと考え、土魔法を使うことを思いついた。
前は身を守るために壁を作る練習をしていたけど、壁を作るより魔力が少なくて楽な方法を見つけたので、こっそり練習していたのだ。
早速試してみよう。
ちょうど目の前の、腕を怪我している騎士様にレッドボアによく似た、でもそれより一回り大きい茶色の魔物が突進してきた。
「落とし穴っ!」
タイミングを見計らって叫ぶと、ボコッと地面が陥没して、できた穴の中へ茶色の魔物が吸い込まれていった。
そう、その名の通り落とし穴だ。
空を飛ぶ魔物には効かないけど、獣系の魔物なら有効だ。
驚いている騎士様に駆け寄り怪我の手当をする。
後は怪我の治った騎士様に任せて他の人のところへ。
イヴァンは、私を中心に結界を張ってくれたので、私が動いても結界から外れることもなく、何の問題もなかった。
すごいよ、イヴァン。
とにかく皆さんの邪魔にならないようにだけ気をつけて、なるべくこの辺りを中心に(でないと後でアレスさんに怒られそうだから)私のやれることをやった。
何とか魔物たちを一掃できたところで、今度は私が怪我した人たちを治療して回った。
死人が出なくて幸いだった。
怪我人の治療を終えた私たちは、さらに森の奥へと向かった。
その時、私たちの背後を、私たちが向かった先とは反対の森の奥へ、白い何かがすっと消えていったのに気づいた者はいなかった。
ただ一人、イヴァンを除いて。
グリーントレントのいた場所から十五分くらい歩いた所にその廃村はあった。
しかし、今は討伐隊と魔物たちとの戦いで、多少は形を残していたであろう建物も跡形もなく壊されていた。
ここからでもわかるほど怪我人も出ているようだ。
すると、アレスさんが何かに気がついた。
「ティーナの様子がおかしい」
指差された方を見ると、建物の残骸の陰にティーナさんが蹲っている。
その横でシェリーさんが必死に弓矢を放ち、応戦していた。
「魔力切れを起こしかけてるな。大変だ。加勢するぞ」
アレスさんを先頭に騎士団、警備隊の皆さんが突撃していく。
私とイヴァンはティーナさんの側に駆け寄った。
「ティーナさん、大丈夫ですか?」
私たちの姿を認めたティーナさんは、
「ごめんなさい。魔力を使い過ぎただけ。それよりグリーントレントはどうなったの?」
「大丈夫です。イヴァンとアレスさんが頑張ってやっつけてくれました」
「そう。よかったわ」
ティーナさんは一息つくと、
「でもここはおびただしい数の魔物の巣窟になっていて、冒険者の仲間だろうと思われる人間もほとんどが死んでいたの。たった一人まだ息のあった人間を問い詰めたら制御ができなくなったと言い残してこと切れたわ。何があったかよくわからないけど、とにかくこの魔物たちを何とかしないと・・・」
「わかりました。ティーナさんはここにいてください。イヴァン、ティーナさんに結界が張れる?」
『ああ、問題ない』
その間に私はすぐそばにいるシェリーさんに近づき邪魔にならないようにヒールをかけた。
シェリーさんもかなり負傷していたのだ。
「シェリーさん、ティーナさんにはイヴァンに結界を張ってもらいましたからもう大丈夫です」
それだけ伝えるとそのまま建物らしき残骸の後ろを通って戦闘がよく見える場所へ移動した。
「イヴァン、私は大丈夫だからみんなの加勢をしてあげて。終わったら、サンドイッチでもアップルパイでも食べさせてあげるから」
そう言うと、イヴァンは颯爽と一番戦闘の激しい場所へと駆け出して行った。
「イヴァンも気をつけてっ」
イヴァンを見送った私はなんとか怪我人を治せないものかと考えた。
怪我をしたままだと動作が鈍り、さらに怪我をするという悪循環があるように思う。
だからといって一人一人ヒールをかけて回るのも邪魔になるだけだ。
私はもう一度ティーナさんのところに戻り、遠くからでもヒールをかける方法がないか聞いてみた。
ヒールより上位魔法のキュアというのがあるらしい。
これは広範囲にわたってヒールがかけられるそうだ。
ティーナさんもこれを使って治療していたそうだけど消費魔力が多すぎて、結果現在魔力切れの状態らしい。
なら私もどれくらいできるかわからないけど、やれるだけやってみよう。
今度は裏手を通らず、そのまま広場らしき場所へ出る。
広場のど真ん中に立ち尽くす私に気づいたグリセス様やエドさんが隠れていろと気遣ってくれているけどそんな二人も血塗れだ。
二人に大丈夫だというように手を振ると、キュアの発動を試みる。
その間に何匹かの魔物が私に向かって攻撃を仕掛けてきたけど、もちろんイヴァンの結界のおかげで触れることさえできなかった。
どうか怪我が治りますように。
みんなが元気になりますように。
祈るように囁き、右の手のひらに集まった魔力を、右手を空に突き上げて解放した。
「キュア!」
唱えた途端、右手から光の柱が噴き出し、そして光の粒となって降り注いだ。
これがキュアなのかわからないけど、ともかく光の粒を受けた人たちの怪我も治り、また戦えるようになったので良しとしよう。
ただ、広範囲といってもここで戦っている全ての人たちには届かなかったので、場所を移し同じことを繰り返す。
時折、突進系の魔物を落とし穴に落としたり、空を飛んでいる魔物にかまいたちを放ったりしながらみんなの邪魔にならないよう援護する。
ドラゴンナイトやフェアリーウィングの面々だけでなく領主様やマルクルさんも満身創痍の状態だった。
視界の端に、領主様の背中に向かって何だかよくわからないムカデのような虫の体に羽が生えた魔物が突っ込んで行ったのが見えたので、咄嗟に斜めに土壁を作り、その傾斜に沿って飛んで行った魔物に向かってかまいたちを放つ。
よかった。
領主様は無事だ。
そんな中でもアレスさんは、さっき死にかけたとは思えないほどの勢いで例の大剣を振り回し、魔物を屠っている。
脳筋?
いやいや、そんな失礼なことを考えている場合じゃない。
見ると、畑があったと思しき場所で、ナイスバディなビキニアーマー戦士のリタさんがアレスさんに負けず劣らずの勢いで魔物を切り裂いていく。
すごいっ。
リタさんって二刀流だったんだ。
リタさんは両手それぞれに剣を持ち、女性とは思えない豪快な剣さばきで次々と片付けていく。
そんなリタさんの背中を守っているのがガレルさんだ。
二人の戦いぶりから、そうやってずっと戦ってきたんだろうなと思った。
リタさんたちの近くに移動しキュアを唱える。
光の粒に驚いたリタさんたちだけど、私の姿を認めると片手をあげて合図してくれた。
みんなで力を合わせて魔物を殲滅していく。
特にイヴァンの活躍はすごかった。
みんなが手こずっている大型の魔物に向かって行っては自身の牙で首元に喰らいつく。
空を飛ぶ魔物にも見事な跳躍力を見せて飛びかかり地面へ引きずり降ろしてはとどめを刺していた。
そんなにアップルパイが食べたいのかな。
それともいちご大福?
どっちでもいいや。
好きなだけ食べさせてあげよう。
でも怪我だけはしないでね。




