3 聖域なんかに住んでもいいんでしょうか
私の家が出現した場所はちょうど森の中のぽっかりと開いた空間だったので、太陽の光もリビングの大きな窓から入ってくる。
窓辺にサンキャッチャーを吊り下げているので、いくつものクリスタルガラスが太陽の光を受けて輝き、部屋中に虹色の光を作り出していて癒しの空間になっている。
ちなみにサンキャッチャーとはクリスタルガラスなどで作られた飾り玉を連ねた光のインテリアで、クリスタルガラスに太陽の光が当たると日光を分散させて、たくさんの虹のような光のカケラを部屋に作り出してくれる。
幸運を運ぶとも言われ、風水などでは家の運気を上げるのに使われたりすることもあるそうだ。
キラキラ輝く小さな虹を見ながらフェンリルさんが
『何故、虹が家の中にあるのだ?』
と不思議そうだ。
七色の光のカケラを浴びながら、フェンリルさんの側のソファに座り、フェンリルさんに聞いてみた。
「ここはどこなんですか?日本のどこかですか?」
フェンリルさんはユラユラ揺れる虹を目で追いながら、面倒くさそうに答えてくれる。
『ここはオルテンブルク大陸にあるグルノーバル王国と隣国ラシュートとの国境に近い風の森と呼ばれる聖域だ。日本という地名は聞いたこともないな』
私だって、オルテンブルク大陸もグルノーバル王国もラシュートも聞いたことがないよ。
さらに聞くと、このオルテンブルク大陸にはオラン帝国を中心に風の国グルノーバル、水の国ラシュート、緑の国アルクマール、火の国ベステルオースの5つの国があり、領土が狭く資源も乏しいオラン帝国が一番の強国だそうだ。
何もない分、強力な軍隊を保有しているらしい。
なんかもうどっかで聞いたような話だよね。
ええーと、つまり。
ここは姪の和奏がものすごくハマってた異世界ということだろうか。
いわゆる異世界トリップ。
和奏に薦められて、私もよくこの手の小説は読んだけど、実際に自分が体験するとは思わなかった。
私の若返りもその副産物なのかな?
全く現実感ないけど。
「さっきからあなたの言葉が頭に響いてくるのはどうして?」
『いわゆる念話と呼ばれるものだ』
念話…。
これがよく小説なんかに出てくる頭の中でする会話。
あれ?もしかして…。
『私の声、聞こえますか?』
試しに口に出さずに話してみると
『なんだ?』
「すごい!ちゃんと会話できたわっ」
たったこれだけのやり取りなのにちょっと感動した。
ああ、これぞファンタジー。
『たかが、念話で何を感動しておるのだ?』
あいかわらず面倒くさそうなフェンリルさんだ。
「たかがって、私のいた世界では念話なんてできる人はいませんよ。もう内緒話し放題ですね」
でも慣れてないから念話って難しいなあ。
特に最近は一人でいることが多かったから独り言が増えてたし。
決して年のせいではない。
ふんっ。
「そういえば、フェンリルさんは人間の言葉が話せるんですね」
『だてに千年も生きておらぬ』
おお!
ってあれ?
「ところでフェンリルさんは何語を話してます?」
『…オルテンブルク大陸の公用語だが?』
フェンリルさんは何を言ってるというような顔で私を見た。
当然、私は日本語を話している。
でも言葉がわかるということは、異世界トリップのテンプレ、言語チートってやつね。
この年で一から言葉を覚えるなんて無理だもの。
意思の疎通ができて本当によかったわ。
それともう一つ気になっていることがある。
さっきフェンリルさんが言ってた魔力という言葉だ。
「この世界には魔法が存在するのですか?」
『…。この世界の人間は多かれ少なかれ皆魔力を持って生まれてくる。火をつけたり、灯りをともしたりするだけの魔力があれば生活するのには困らぬし、大きな魔力を持つ者は魔術師となる者も多い』
へぇ。
やっぱり魔法が存在する世界なんだ。
これまた異世界トリップのテンプレだよね。
「フェンリルさん、さっき私に魔力の気配がどうのこうのと言ってましたが、どういうことでしょう?」
期待を胸に私の瞳はキラキラ輝いているに違いない(笑)
『お前にも魔力の流れが見えるから何かしらの適性があるのだろう』
「いわゆる火の属性とか水の属性とかのことですか?」
『そうだ』
まさしくファンタジーの世界だわ。
練習すれば私にも使えるようになるのかしら。
使ってみたいっ。
『冒険者ギルドに行けば、どんな適性があるのか調べてもらえるはずだ』
「ギルド!」
あぁ、待って。
「冒険者ギルドがあるってことはこの世界には魔物がいたりしますか?」
『ああ、いるな』
フェンリルさんは何を当たり前のことを言ってるみたいな顔で私を見る。
狼なのになんとなく表情が分かっておもしろい。
「この辺りを歩いているといきなり襲われたりしますか?」
『それはない。魔物は聖域に入れぬゆえ、この辺りにはおらぬ』
そうなんだ。
少しホッとする。
さっきはよく考えもせず森の中に入っちゃったけど、ここが聖域じゃなければ襲われていたかもしれないんだ。
私、これからどうなっちゃうんだろう。
元の世界に帰れないのかなあ。
もう二度と恵里や和奏、洸大に会えないのかなあ。
そんなことを考えたら、少し泣きそうになった。
『元の世界?お前はこの国の人間ではないのか?さっきからおかしなことばかり聞いてくると思っていたが』
今まで面倒くさそうに相手をしてくれていたフェンリルさんが俄かに興味を持ったようだ。
なので、私は今までの事を簡単に説明した。
夫を亡くしたこと、朝起きたら若返っていたこと、いつの間にかこの場所に家ごと来ていたこと、森の奥が気になって入って行ったら湖を見つけたこと、そこでフェンリルさんに会ったことなど、そんなに話すことはなかったけれど、フェンリルさんは興味深げに聞いていた。
『うむ。もしかすると精霊王に呼ばれたのやもしれぬな。彼の王は…』
フェンリルさんは少し躊躇したのち、チラリと私を見て言い放った。
『いたずらを好むのでな』
「イタズラかーい!」
思わず突っ込んだ私は悪くないと思う。