34 マントが欲しい
防具のお店に着くと、アレスさんが店のおじさんに私に合う防具を出してくれるように頼んでくれた。
店のおじさんお薦めの胸当てと小手を購入し、店を後にする。
イヴァンには店の外で待っててもらったので問題なく買い物ができた。
代金は全部で金貨二枚。
銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚。
おおまかだが、銅貨一枚が百円として、金貨二枚は二万円くらいだと思う。
これでもアレスさんの顔パスで少しおまけしてくれたのだ。
アレスさんに感謝しつつ、ついでにもう一つ頼み事をする。
胸当てを試着したときに、黒いてるてるポンチョを改めて見たが、やっぱりてるてる坊主にしか見えなかった。
なので、レインさんやアンナさんが着てたようなフード付きマントが欲しいなと思ったのだ。
アレスさんに頼んで、マントを売っているお店に連れてきてもらった。
さっきのお店でもマントは売っていたけど、悲しいかな、全て大人用で私にはサイズが合わなかった。
ええ、そうなんですよ。
この世界では私の身長は子供並みなんですよっ。
子供扱いなんですよっ。
うるうる。
なので、仕方なく子供用のマントを買いにきたのだ。
だがっ!
しかしっ!
子供用なので、色がピンクとか青とか黄色とか、とにかくカラフルな色のマントしかなかった。
魔術師のマントと言えば黒とかグレーとか濃緑とか、そういう渋い色を想像していたので、カラフルな色のマントは受け入れられぬっとばかりに買うのを諦めようとしたとき、アレスさんがどこからか一枚のマントを持ってきた。
「これなんかどうだ?」
アレスさんの声に振り向いた私は口を開けたまま固まった。
どれくらいそうしていたかわからないけど、アレスさんの、
「おっ、声も出ないくらい気に入ったのか。じゃあこれにするか」
の言葉にハッと我に返り、そして全力で拒否した。
「嫌ですっ。結構ですっ。遠慮しますっ」
アレスさんが手にしているそれは、フリルやレースやリボンが満載の、それはそれは乙女チックな真っ赤なマントだった。
いや、それはないだろう。
小中学生の子が着たらすごくかわいいと思うけど、アラフィフのおばさんにはきついです。
何かがガリガリ削られそうです。
「似合うと思うぞ」「いえ、そんな問題じゃないです」と二人で押し問答していると、店の奥から店主の奥様らしきおばさんが出てきて声をかけてくれた。
「これなんかいかがですか?」
おばさんが手にしているのは明け方に近い夜空のような紺色のマントだった。
黒色ほど濃くなくて、でも青色ほど鮮やかでもなくて、絶妙な色合いがとてもしっくりくる。
試着させてもらうと大きさもぴったりだった。
長さもくるぶしが隠れるくらいでちょうどいい。
「これがいいですっ。これください」
マントはこのまま着て帰りますとお店のおばさんに伝えたら、今まで着ていたマントはどうしますか?布地も縫製もとても良いのでよかったら金貨一枚で買い取りますよと言われた。
新しいマントがあれば、もうてるてるポンチョは必要ないので買い取ってもらうことにする。
マントの代金が金貨二枚なので差し引き金貨一枚。
ここの物価から考えて少々お高いような気もしたけど、何でも内側に魔石が縫い込まれていて、多少の雨なら濡れないしそうそうのことでは破れない強度もあるそうだ。
なるほどと納得してアイテムバッグからがま口財布を取り出し、支払おうとしたら、何故かアレスさんが「俺が払う」と言い出して「払ってもらう理由がないので結構です」と私が言っても「俺に出させてくれ」と言ってきかない。
またしても二人で押し問答しているとアレスさんがポツリと呟いた。
「久しぶりに食ったクッキーが美味かったからその礼だ」
え?
クッキー?
気を取られた一瞬の隙にアレスさんはさっさと支払いを済ませてしまった。
ここまでくるとあまりごちゃごちゃ言うのも反対に悪い気がして、結局アレスさんに甘えることにした。
「ありがとうございます」
アレスさんに深々と頭を下げてお礼を言う。
「いや、気にするな。俺が払いたかっただけだ」
「代わりと言ってはなんですが、また何か作ってきますね」
「ああ、楽しみにしている」
何だかアレスさんも嬉しそうだからいいか。
それから私たちは店の外で待っていたイヴァンとともに門へ向かって歩き出した。
未だに野宿は危ないからダメだとか家に来いだとかやいやいうるさいアレスさんの話は無視して、レンガ造りのかわいい家や店が立ち並ぶ街並みを眺める。
ヨーロッパの田舎町に来たみたい。
そう、イギリスのウェールズ地方のような。
二十年ほど前、新婚旅行先にイギリスを選んだ。
ロンドン市内の観光が多かったけど、何日目かのときにロンドンから列車で二時間で行けるウェールズ地方へと足を延ばした。
ロンドンと同じ速さで時が流れているとは思えないほどゆったりとした所だった。
牧草地らしき所で羊がのんびり草を食んだり、大きな湖からは心地良い風が吹いてきたり、あちらこちらにある森で森林浴を楽しんだり。
心が洗われる時間だった。
そしてこの世界はその時のゆったりとした風景を思い出させる。
「年を取ったらこんな所でのんびり二人で暮らしたいね」って言ったのはあの人の方なのに。
「・・い、サキ?聞いてるか?サキ?」
ふっと我に返るとアレスさんが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
しまった。
いつの間にか昔の思い出に浸りすぎていたらしい。
「ごめんなさい。考え事してて」
えへへと誤魔化しておく。
何か言いたそうな顔をしたアレスさんだったが、結局何も言わなかった。
アレスさんたちドラゴンナイトの皆さんはここ数年この街を拠点に活動しているらしく、時々アレスさんの知り合いらしき人が挨拶してくれたり、イヴァンにびっくりしたり、中にはアレスさんをからかって楽しんでいる人もいた。
ちゃんと街に溶け込めたら楽しいんだろうな。
門に着いても危ないだの何だの言ってくるアレスさんだったが、私が折れなかったので渋々諦めてくれたようだ。
「今日はありがとうございました。大切に着させていただきます。ではまた明日」
「ああ、また明日。気をつけるんだぞ。変な奴らに引っかかるなよ」
心配してくれるアレスさんにちょっぴり心がほっこりするのを感じながら手を振った。
門のところにいたモリドさんにも手を振って外へ出ると、一番星の輝く空を見てイヴァンが背中に乗れと言う。
明日のことを考えると我儘ばかりも言ってられない。
イヴァンに跨り、首にギュッと抱きつくと固く目を閉じた。




