32 お茶の時間にしましょう
リンジーさんが新しく入れてくれたお茶はやっぱり薄いハーブティーのような味で、ちょっと物足りない。
お茶請けがあればと思った瞬間、
「サキ、クッキーはもう残ってないのか?」
見るとアレスさんが期待に満ちた目で私を見ている。
抹茶クッキーならまだたくさん残っている。
大食らいのイヴァンがどのくらい食べるのかわからなかったので、かなり多めに焼いておいたのだ。
それより何だろ、今何か違和感が・・・。
「ありますよ。食べますか?」
「ああ」
嬉しそうなアレスさんにクッキーを渡しながら違和感の正体について考えてみるがわからない。
「私もいただいてもいいでしょうか?」
「もちろんですよ」
レインさんもやっぱり、パンダもどきが美味しそうに食べていたので気になるのかな。
「じゃあ、私も」
リタさんが手を振っている。
すると他のみなさんも食べたいと言い出したので、皆に配って回った。
もちろん、領主様やグリセス様にも。
素人が作ったクッキーだから貴族のお二人の口に合うかわからないけど、そこはもう我慢してもらうしかない。
イヴァンが我の分はもうないのかと聞くので少し残っていた分をイヴァンの前に置く。
パンダもどきも食べるかなと思って目をやると、レインさんが小さく割って分けてあげていた。
なんとも微笑ましい。
そんなことをしているうちに違和感のことは忘れてしまっていた。
席に戻って、さあ食べるぞとクッキーに手を伸ばそうとしたら、あちこちで美味いという声が上がった。
よかった、よかった。
すると今まで我関せず状態だったサラトスさんが、このクッキーの緑色は何の色ですか?と聞いてきた。
領主様やグリセス様も緑色のクッキーなど今まで食べたことがないと言う。
「お茶の葉ですよ」
私が答えるとあまりにも意外だったようで、サラトスさんを初め、皆がびっくりしている。
ここではお茶として飲む以外の用途は珍しいということか。
あのハーブティーじゃあクッキーに混ぜてもねえ。
ただ、アレスさんだけはびっくりした様子がなかった。
あんまり関心ないのかな。
「お茶の葉・・・ですか」
「ええ、そうです。乾燥させたお茶の葉をすりつぶして粉にしたものを混ぜて焼いてあります」
あまり詳しく説明しなくてもいいだろう。
日本茶みたいなものがあるかどうかわからないからね。
「なるほど・・・。では、このほのかな甘さは?もしかして砂糖ですか?」
「ええ、そうですけど」
と答えてから、しまったと内心頭を抱えてしまう。
イヴァンが前に砂糖は貴族くらいしか口にできない高級品だって言ってたっけ。
「砂糖はなかなか手に入らない高級品です。どこで手に入れられたのですか?」
なんかもう尋問みたいになってるよ。
単にどこで手に入れたのかを知りたいだけなのか、どこかで盗んできたのかと暗に疑われているのか。
入手先は地球ですと言うわけにもいかず、かといって盗んだと疑われたままなのも嫌だ。
「確かにこの甘さは砂糖ですが、サラトスさんが思っている砂糖とは少し違うと思います」
「違う?」
「ええ」
そう、実際に昨日使ったのは白砂糖でも三温糖でもない甜菜糖という砂糖だ。
体に良いと言われ流行った、砂糖大根と呼ばれる野菜から作られる砂糖だ。
最近、イヴァンのおやつのために砂糖を大量に消費している上、買い置きがあると思っていたのになくて、結局白砂糖の代わりに甜菜糖を使って作ったのだ。
「違うとはどういう意味ですか?」
「つまり、思ってもみなかったものが砂糖の代わりになるかもしれないということです」
探せばこの世界にも砂糖大根のようなものがあるかもしれない。
この世界を知らない私にはこれ以上何も言えないけど。
「はちみつですか?」
この世界にもはちみつはあるんだ。
「いえ、違います」
「そうですね。少し違うと思いました。では・・・」
尚も言い募ろうとするサラトスさんを遮るようにイヴァンが、
『おかわり』
と言い放った。
「まだ食べる気なの?夜ご飯食べれなくても知らないわよ」
『おやつは別腹だ』
「だから別腹って何っ!?」
悪びれずにそう言うイヴァンに私は自分の分のクッキーを差し出した。
なんだかんだ言っても結局私はイヴァンに甘いのだ。
突然の私とイヴァンのじゃれ合いに気勢をそがれたのか、サラトスさんはそれ以上突っ込んでこなかった。
すると領主様が楽しそうに、
「サキはシルバーウルフと仲がいいんだな。羨ましいぞ。私にもこんな従魔がいれば毎日が楽しいだろうに」
「たった一人の家族ですからね」
私が笑ってそう言えば、領主様は一瞬悲しげな顔をしたが、良いことを思いついたとでもいうように言葉を重ねた。
「サキ。私の娘にならんかね?」
「・・・はい?」
「一人じゃ寂しいだろう。城に来れば誰かしら話し相手もいるし、身の安全も確保されるぞ。まあ、シルバーウルフがいればその辺は問題なかろうが。どうだ?悪い話じゃないだろう?」
にこにこ笑いながらおっしゃる領主様に、私は両手だけではなく頭までブンブン振って、
「お気持ちだけで結構ですっ」
と断った。
だって、私、根っからの庶民ですからっ!
するとグリセス様まで、
「遠慮することはありませんよ。姉三人も嫁に行ってしまって、話し相手がいなくて母が寂しがっていますからね。母の相手をしていただけると私も助かります。城にいると母が私に構ってくるので大変なんです」
にこにこ笑顔でおっしゃる。
やっぱり笑顔は似てるわね。
「まあ、父はそのシルバーウルフが目当てなんでしょうけど」
「そんなことはないぞ。私だってサキを心配しているんだ。こんなに小さいのに一人なんてかわいそうだろ」
グリセス様の言葉にすかさず領主様が反論する。
何とも微笑ましい親子のじゃれ合いだが、本当に私のことを心配してくれているんだろうなと思う。
まあ、理由はわかってたけどね。
だから、私、小さくありませんからっ。
いや、背は小さいですけど、中身はおばさんですからっ。
何とも和やかな(?)休憩時間だったが、マルクルさんの続きを始めるぞの合図にまた先ほどの緊張感が戻ってくる。
「さっき、確認したらBランクのパーティが1組、明後日依頼を終えて帰ってくる。だが、その足ですぐに連れて行っても役に立つかどうかわからん。それにあまり評判の良くないパーティーだしなあ」
マルクルさんの言葉にグリセス様が、
「城から第二騎士団も派遣しましょう。少し城の警備が手薄になりますが」
王都に騎士の派遣を要請しようとか、近くの領主に援軍を頼もうとか、いろいろ意見が出るがなかなかまとまらない。
「イヴァン。ね、お願い。協力してあげて。何とかならない?」
両手を合わせてお願いする私に、イヴァンはあくびをしながら面倒くさそうに、
『グリーントレントを結界に閉じ込めて火を放てばよかろう。種を飛ばす前の今なら、他の場所に被害が及ぶこともないだろう』
「そんなことができるの?」
「そんなこととはどんなことだ?」
気がつくと皆が私とイヴァンに注目していた。
「イヴァンが言うにはグリーントレントを結界に閉じ込めて火をつければいいって。種を飛ばす前の今がチャンスだと」
「簡単に言うが、グリーントレントを結界に閉じ込めるためにはかなりの人数の魔術師が必要になるし、その魔術師も足りない。さらに言えば、グリーントレントの元へたどり着く前に意識を乗っ取られる可能性もある」
エドさんの言葉にイヴァンを見るが、全く興味がなさそうだ。
「イヴァンならできるの?」
『できぬわけがなかろう。我は偉大なフェンリルだからな』
「じゃあやってみて。お願い、イヴァン。その代わり、イヴァンの好きな物何でも作ってあげる」
『本当か?なら我はまたいちご大福が食べたい。あれを作ってくれ』
「そんなに気に入ったの?あれ・・・。わかった。じゃあ今度は黒バージョンだけじゃなくて白バージョンも作ってあげる」
そう言うと、俄然やる気を出したイヴァンは今すぐにでも向かいそうな勢いでいつ行くんだ、今か?とうるさい。
「エドさん、イヴァンが結界を張ってくれるそうです」
「本当か?シルバーウルフが何を作ってくれと言ったのかすごく気になるがまあいい。なら後は火魔法だが、この中に使える奴の一人や二人いるだろう」
大剣使いのアレスさんは火魔法が使えるそうだ。
それからレインさんは風魔法と水魔法が使える二属性持ちの人だった。
二属性でも十分珍しいらしい。
これでグリーントレントは何とかなりそうだが、後は魔物の違法取引の方だ。
グリーントレントの相手をしている間に逃げられては元も子もない。
なので、同時決行となった。




