31 パンダですっ!ピンクですっ!
レインさんの肩から現れたものは・・・どう見てもパンダだった。
そう、パンダよ、パンダ。
丸くてタレ目が愛くるしい動物園の人気者、パンダ。
ただ一つ違うのは本来黒いはずの耳や目の周り、手の色がピンクだった。
とてもきれいな桜色。
足は見えないけど、この際ピンクでも何でもいい。
どっちにしろこのパンダの愛くるしさは変わらない。
「なんで、ここにパンダが?」
『それはドスディモラスというBランクの魔物だ。魔力を吸収したり放出したりできる。おそらくそこの魔術師の魔力が少なくなってきたらドスディモラスから補えるように訓練してあるのだろう』
ドスディモラス?
なんて、なんてかわいくない名前なのっ!
パンダなのにっ!
ピンクなのにっ!
私が心の中で憤慨していると、ピンクのパンダもどきが私の方に手を伸ばしてきた。
無意識に私も手を伸ばすとピンクのパンダもどきは私の人差し指を両手でちょこんとさわり、ブンブンと振り回した。
何これ、何これっ。
かわいすぎるっ。
悶絶している私にピンクのパンダもどきはキュウと鳴いた。
・・・死んだと思った。
もうかわいすぎてかわいすぎて、どうしてやろうかと考えていると、今度は私の腕を伝って私の方にやってきた。
「おい、ドスディモラス?」
レインさんの焦った声も聞こえていない私の頭の中は、パンダもどきが私の腕の中にいる、それだけしかない。
思わず、ギュッと抱きしめるとキュウと鳴いた。
!!!
テンションマックスの私はとんでもなく締まりのない顔をしていたようで、イヴァンの『サキ、顔がヘンだぞ』の声にハッとして周りを見回すと皆にサッと視線を逸らされた。
よっぽど変な顔をしていたらしい。
気をつけなければっ。
そんな私にかまわず、ピンクのパンダもどきはキュウキュウ鳴きながらペーパーバックを指差す。
「もしかして、クッキーが食べたいの?」
と聞くとキュウと返事が返ってきた。
許可をもらうべくレインさんの方を見ると、困ったような顔をしているので、
「毒なんか入ってませんよ?」
と申告してみた。
「いや、毒が入っていないのはアレスが何ともないようなのでわかっていますが、このドスディモラスは魔力を糧にしているので、人間の食べる物を口にしたことがありません。欲しがる様子もありませんでしたし。なので、食べさせても良いものなのか、ちょっとわかりかねるのですが・・・」
なるほど、そうなのか。
食べなれない物を食べさせてお腹でも壊したら大変だしね。
イヴァンは平気だったけど。
「ごめんね。食べたことのない物を食べてお腹でも壊したら大変だから我慢してね」
パンダもどきの頭を撫でてあげると、突然パンダもどきがギャーと叫んで、目に見えない何かを放出した。
何?
何が起こったの?
「ドスディモラス、落ち着けっ。落ち着くんだっ」
レインさんの声も聞こえていないようで、何かを出し続けている。
魔力・・・?
私がそう思った直後、イヴァンの咆哮が辺りの空気を震わせた。
あまりの迫力に皆が息を詰めてイヴァンの様子を見守る中、イヴァンはしれっとした顔で、
『サキ、おかわり』
と言った。
私が脱力したのは言うまでもない。
イヴァンに文句の一つでもと思い口を開きかけたちょうどその時、キューンと声がしたのでパンダもどきを見ると、大粒の涙をポロポロこぼしながら泣いていた。
それを見た私は思わず、イヴァンを叱りつけていた。
「イヴァン!ダメでしょっ。かわいそうにこの子泣いちゃったじゃないのっ。こんな小さい子をいじめるなんて・・・」
『何を言っているのだ、お前は。あのままではそこのドスディモラスは魔力が枯渇して死ぬところだったぞ。まあ、あれが死のうと我には関係ないがうるさかったのでな』
「え?そうだったの?」
確かにいつの間にかパンダもどきの魔力の放出は止まっていた。
泣いているパンダもどきをレインさんに手渡すと、私はイヴァンの首に抱きついて謝った。
「ごめんなさいっ。知らなくてっ」
『気にするな。それよりおかわりだ』
「・・・」
そう、これがイヴァン。
ゴーイングマイウェイよ。
と自分でも何を言っているのかわからないまま、イヴァンの前にクッキーを置く。
するとイヴァンはクッキーを一枚口に銜えると、のそりのそりとパンダもどきの前に行き、そっと差し出した。
え?
びっくりしていたパンダもどきもハッと我に返ると、恐る恐るクッキーに手を伸ばした。
パンダもどきがクッキーを受け取ると、イヴァンは何事もなかったかのように踵を返し、元の場所に戻るとクッキーを食べ始めた。
それを見たパンダもどきもクッキーをそっと口に持っていくとパクリと一口ほおばった。
美味しかったのか、食べられたことが嬉しかったのか、幸せオーラ全開でクッキーを食べている。
さすがにレインさんももう止めることはなかった。
しばらくイヴァンの頭を撫でながら、和みの時間を堪能していると、パンッパンッと手を叩く音と領主様の声が聞こえた。
「私たちも少し休憩しようか」
その言葉に張り詰めていた空気が消え、皆ホッとした表情になった。
あれ?
和んでたの私だけ?
領主様の言葉にマルクルさんが素早く反応し、リンジーさんに新しくお茶を入れるように頼んでいた。
すぐさまリンジーさんがお盆を持って部屋に入ってきて、最初に入れてくれたお茶のコップを回収していく。
私も自分のコップとエドさん、スタンさんの分のコップを持って(お盆なしではこれが限界だ)、入り口近くの机に置くとリンジーさんに声をかけた。
「ここに置いておきますね」
マルクルさんがサキは何もしなくてもいいぞと言ってくれたが、特別なことをしたつもりもないので、何もしてませんよと笑っておいた。
エドさんの隣に戻ろうとしたら、レインさんがおずおずと話しかけてきた。
「たぶん、間違ってないと思いますが、シルバーウルフは私のドスディモラスを助けてくれたんでしょうか?」
「あのままだと魔力が枯渇して死ぬところだったと言ってました。まあ、本人はうるさかったから止めただけだと言ってますけどね」
私が笑って言えば、
「助けてもらったお礼を伝えてほしいのですが・・・」
「なら直接イヴァンに言ってあげてください」
レインさんはしばらく逡巡していたが、やがてイヴァンの前に行くと、
「ドスディモラスを助けてもらってありがとうございました」
とそれはそれは丁寧にイヴァンにお礼を言った。
イヴァンはふんっと鼻を鳴らしただけで知らんぷりをしているけど、
「大丈夫ですよ、レインさん。イヴァンは照れてるだけですから」
私の言葉にレインさんは破顔しながら、私にもお礼を言ってくれた。
イケメンの笑顔は破壊力ありすぎだよっ。
内心ドキドキしながら、顔が赤くなってないといいなと思った私です。




