30 イヴァンにおやつの時間は必要不可欠なのです!
「嘆きの森だと!?」
「シルバーウルフって喋れるの?」
「上位魔物ともなれば意思の疎通が図れるのか?」
「・・・」
もしかしてやらかしちゃったんでしょうか、私・・・。
「サキ。嘆きの森にいるというのは本当か?」
隣に座るエドさんが真剣な顔で聞くので、もう一度イヴァンに目を向けると、
『五日ほど前には確かに気配はあった。今はどうかわからぬ』
面倒くさそうにイヴァンが答える。
「五日前には気配があったけど、今はわからないと言っています」
もういいよね。
今さらイヴァンと会話できること、誤魔化すの無理だよね。
「五日前?ならまだ間に合うか。あの冒険者どもはいろいろ理由をつけて街から出さないようにしているからな」
とエドさんが言えば、マルクルさんが、
「いや、冒険者パーティー以外にも仲間がいれば、仲間が帰って来ないのを不審に思って逃げる算段をしているかもしれねえ。早急に対処しねえと」
「しかし、嘆きの森ですか・・・。それは盲点でしたね。あそこは人が近寄らない場所だと思い込んでいましたから」
とスタンさん。
「嘆きの森に入った人間が無事でいられるのか?あそこに入り込んだ人間は一生、出られねえと言われているし、実際戻ってきた奴はいない。それなのにそいつらはそんな所に出入りしているのか?」
フェアリーウィングのガレルさん。
嘆きの森ってそんなに怖い所なの?
あーあれか。
磁力か何かの影響で人の方向感覚が狂って、同じ所をぐるぐる回って結局一生出られない的な森。
『そうではない』
イヴァンの否定する声に、またしても思考ダダ洩れなんだと少々ヘコむ。
『あの森には昔からグリーントレントが住んでいる』
『グリーントレント?』
『植物系の魔物だ。奴は森に入り込んできた人間や魔物を引き寄せ食らう。定住すればそこに根を張り動かぬので、森の外に出ることはないがな』
『へえ、そうなんだ。じゃあ害はないの?』
『なくはない。成長すれば体から種を飛ばし、その種が根付くとそこが新しいグリーントレントの住処となる。もし街中で種が根付けばあっという間に街が消える』
「大丈夫なの?ここまで飛んできたりしないの?」
『さあな。今はまだ成長しきれてないのか種は飛ばしておらんが先のことはわからん』
「それってほっといたら大変なことになるんじゃないの?」
『我には関係ない』
「それはひどいよ、イヴァン」
私が抗議してもイヴァンは大きなあくびを一つしただけで完全無視だ。
「サキ?何がひどいんだ?シルバーウルフは何と言っている?」
それまで黙ったままだった領主様が興味深げに話しかけてきた。
いつの間にか声に出していたようだ。
「嘆きの森には昔からグリーントレントが住んでいて、今はまだ種を飛ばしていないけどこの先のことはわからないって」
イヴァンの言葉を伝えるとその場がシーンと静まった。
「た、大変じゃないのっ!急いで何とかしなくちゃ」
リタさんが慌てふためいた様子で言うと、それを皮切りにみんなが騒ぎ出したけど、
「静まれっ!」
マルクルさんの鶴の一声で場が静まる。
「サキ、もう一度聞く。本当に嘆きの森にはグリーントレントが住んでいるんだな?間違いないな?」
イヴァン?
『ああ、間違いない』
「間違いないそうです」
小さなざわめきが起きる。
なんでもグリーントレントはAランクの魔物でAランクのパーティでもなかなか狩るのは難しいらしい。
「グリーントレントまで出てきたのであれば、このメンバーでは人数不足かもしれませんね」
グリセス様の一声で皆が黙り込む。
「マルクル、他にAランク、Bランクのパーティは集められないのかい?」
領主様の問いかけにマルクルさんはうーんと唸りながら、Bランクなら何とかなるかもしれねえが、確実じゃねえし・・・と考え込んだ。
「ねえ、イヴァン。何とかならないの?」
『ならぬこともないが、我には関係ない』
「でも、前に協力してくれるって言ったよね?」
『グリーントレント退治は聞いていない』
「・・・」
私が絶句していると、突然イヴァンが立ち上がり、
『サキ。おやつの時間だ。帰るぞ』
と言い出した。
突然立ち上がったイヴァンにびっくりしたマルクルさんだったけど、コホンと咳払いを一つすると、
「シルバーウルフはどうした?」
と聞かれたが、おやつの時間なので帰りますとも言えず、おやつの時間にしてもいいですかとも聞けず、あーとかうーとか唸っていると、領主様が優しく聞いてくださった。
「どうした?サキ。シルバーウルフが怒っているように見えるんだが」
確かにイヴァンは目付きが鋭いので見ようによっては怒っているようにも見えるけど、実際はおやつが食べたいと子供のように駄々をこねているだけだ。
「正直に言ってくれ。ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。シルバーウルフの協力は不可欠だ」
さあ、何でも言ってくれというような顔で私を見る領主様に私も覚悟を決めた。
「こんな時に申し訳ありません。・・・おやつの時間にしてもいいですか?」
「・・・は?」
何とも間抜けな顔の領主様を尻目に、私はポンチョの下のアイテムバッグからそっとペーパーバックを取り出した。
中身は昨日の夜、お風呂に入る前に思いついて焼いておいた抹茶クッキーだ。
湯せんで溶かしたバターに小麦粉、砂糖、抹茶パウダーを混ぜてオーブンで焼いただけの簡単クッキー。
イヴァンのことだから昨日のようにおやつの時間がきたら家に帰るとうるさいに違いないと用意しておいたのだ。
話し合いが終わっていれば帰れるだろうけど、途中なら帰れるかどうかわからなかったからね。
昨日も焼きあがったクッキーの匂いに釣られて食わせろとうるさいイヴァンを宥め、何とかクッキーを死守したのだ。
ペーパーバックの中からいくつか抹茶クッキーを取り出すとイヴァンの前に置く。
イヴァンは美味しそうにガツガツ平らげていく。
周りではその様子を皆が啞然とした表情で見ていた。
すると銀髪翠眼の美丈夫、えーと確かレインさんだったよね。
一度にたくさんの人を紹介されたので、私の頭はいっぱいいっぱいだったが、この美丈夫はレインさんで間違いないはずだ。
そのレインさんが、驚いた顔で聞いてきた。
「それは従魔用の食べ物ですか?」
「従魔用とかじゃなくて、ただのクッキーですよ」
「つまり人間の食べ物を従魔が食べていると?」
「ええ、そうです」
私が答えるとレインさんは信じられないといった表情で私を見ている。
・・・またやらかした?
と、その時。
「俺にもそのクッキーを一枚食わせてくれ」
声の主を見ると、大剣を背負った赤髪のアレスさんだった。
いつの間にか私の近くまで来ていて、ギョッとした顔をしている周囲の人たちをまるっと無視し、私の持っているペーパーバックへと手を伸ばした。
一枚取り出すと何のためらいもなく口へ放り込む。
ボリボリと噛み砕いて飲み込むと
「美味いな」
と言ってニヤッと笑った。
アレスさんて笑うと目付きの悪さが半減するのねなんて考えていたら、
「おい、こら、ちょっと待てっ」
アレスさんの後ろからレインさんの焦った声が聞こえてきた。
レインさんの方を見ると、何やらレインさんの左肩の辺りがもぞもぞ動いている。
「元に戻って」というレインさんの声を無視してフードの下からひょっこり現れたものに、私は視線を逸らすことができなかった。
「それは・・・」




