26 甘い魔力と回復魔法
ステーキを作るべく冷蔵庫からレッドボアの肉を取り出すと、大きな塊二枚と小さめ一枚を切り出す。
今回はレッドボアの肉の味を確かめたいのでシンプルに塩だけ振る。
でも塩は岩塩にしてみた。
フライパンを熱し油を引いたら静かにお肉をフライパンに置く。
片面が焼けたらそっと裏返し、アルミ箔をのせ、軽くふたをする。
アルミ箔をのせるのは水分を逃がさないためだそうでこうした方が美味しくなるって前にテレビの料理番組で言っていた。
焼きあがったらアルミ箔ごと取り出ししばらく休ませる。
休ませた後にカットした方が旨味成分が流れないそうだ。
まあ、牛ステーキの焼き方であって、レッドボアの場合はどうなのか食べてみなくちゃわからないけどね。
お肉を休ませている間に付け合わせを作る。
昨日ネットスーパーで買ったじゃがいもが新じゃがだったので、新じゃがのチーズ炒めにしよう。
新じゃがはよく洗って皮付きのまま一口大に切る。
耐熱容器に新じゃがを入れラップをかけてレンジでチン。
熱したフライパンにバターを入れて新じゃがを炒め、粉チーズを振りかける。
お皿に盛ってお好みで柚子胡椒を振りかけて完成。
柚子胡椒のかわりに山椒でも美味しい。
後は大活躍のインスタントのコーンポタージュスープ。
炊き立てのご飯を盛って並べたら完成。
イヴァンと一緒にテーブルに着き、
「『いただきます』」
『レッドボアの肉も美味いな』
私も一切れ食べてみたが、美味しかった。
牛よりも豚に近い?
少し薄味な気がしないでもないが、これくらいなら調理次第で何とでもなると思う。
『こっちも美味いぞ。少しピリッするが』
「柚子胡椒がかけてあるんだけど、やっぱり唐辛子は苦手?」
「このピリッとするのが唐辛子か?いや嫌いではないぞ』
レッドボアの肉を堪能しお腹いっぱいご飯を食べた後、私はコーヒーを入れて一休み。
コーヒーはいらないと言ったイヴァンは何故かそわそわ。
チラチラ私を見てくる。
何なの?
やがて痺れを切らしたイヴァンはおもむろに、
『サキ、デザートはないのか?』
えっ?
まだ食べるの?
『何を言っているのだ!一日の最後は甘い物だろう!』
知らないよっ、そんなのっ。
ってか、決定事項なの?それ・・・。
当たり前だろうという顔でこっちを見られても・・・何かあったかな?
その時、玄関でゴトンと音がした。
来たっ!
早速段ボールをキッチンまで運び、中身を取り出していく。
肉や魚、野菜に混じって取り出したのは・・・かりんとう。
いつでもおやつが作れるとは限らないからね。
はちみつ味のかりんとうをイヴァンの前に。
「どう?」
『ああ、美味いな。これは何だ?』
「かりんとうよ。サクサクして美味しいでしょ」
私も一つ摘んで口に入れる。
甘いはちみつとサクッとした食感が美味しくて、若い頃は一人で一袋食べてたなあと思い出す。
二つ目を取ろうと手を伸ばしたら、すでに半分が消えていた。
私が二つ目のかりんとうを食べ終わった頃にはかりんとうは全部なくなっていた。
「・・・」
『サキ、これは作れないのか?これも美味いがやはりサキが作った方が美味い気がする』
イヴァンに褒められてとても嬉しいが、買ったかりんとうはスーパーで買うにしては割と値の張るもので、私の手作りよりもずっと美味しいと思うんだけど。
『サキの手が入った方が美味しく感じるのだ。最初に食べたまんじゅうもかなり美味かったが、その後に食べたおはぎとやらの方がもっと美味かった。お前の手には何かあるのか?』
「何かって何もないよ」
自分の手を見ながら答えるけど、心当たりは全くない。
夕食後はイヴァンに回復魔法を教えてもらうことになっていたのでイヴァンと一緒にリビングのラグに座る。
『魔力の流れを感じられるか?』
「魔力の流れ・・・。血液みたいなものかな?」
でも、血液が流れてるって常日頃から感じてるわけじゃないし難しいな。
いや、ファンタジー小説の中でも言ってたじゃないの、大切なのはイメージだって。
何かが流れてるのをイメージすればいいのよ、たぶん。
イメージ、イメージ。
「・・・」
やっぱりあれかしら。
突然の豪雨でずぶ濡れになってるイメージ。
冷たい雨で体が冷えてしまって・・・ダメよ。
体を冷やすのは良くないわ、ここは暖かいシャワーを浴びるイメージで・・・。
でも体を温めるならお湯に浸かった方が温まるわね。
そう言えば、前に和奏に変わった入浴剤もらったっけ?
今夜使ってみよう。
・・・ってあれ?何してるんだっけ?
『・・・サキ。お前はやる気があるのか?』
「あります、あります。やる気は十分よっ!でも魔力のない世界に住んでたんだもの。いきなり魔力の流れを感じろって言われても難しいのよ」
しばらくあれこれ試しながら練習してみたけど、どうも上手く流れがつかめない。
何となく体の中心に温かい何かがあるような気はするんだけど・・・。
『仕方ないな。サキ、手のひらをこちらに』
イヴァンに言われて右の手のひらをイヴァンの方に向けるとイヴァンは自分の額を手のひらにくっつけてきた。
するとじんわり温かいものが流れ込んできた。
「これは?」
『それが魔力だ』
「・・・これが・・・魔力・・・」
温かい何かがゆっくり体の中を流れていくのがわかる。
その温かいものが何かを確かめようと神経を研ぎ澄ませていると、突然私の中心にあったものが弾けた。
弾けた途端、体中に温かい何かが駆け巡った。
『それがサキの魔力だ』
イヴァンの嬉しそうな声に、
「これが・・・私の・・・魔力・・・」
何だか不思議な感覚だ。
不快ではない。
むしろ心地良いものに包まれている感じだ。
『サキの魔力は・・・甘いな』
「えっ?魔力に味なんてあるの?」
『実際にあるわけじゃない。だが・・・サキらしい魔力だな』
これが私の魔力・・・。
『手のひらに魔力を集中させてみろ。集まってくるのがわかるか?』
手のひらに魔力・・・。
「うん、大丈夫。わかるよ」
『後は、傷を元に戻すイメージで魔力を解放すれば良い』
ふむふむ、これで解放すればいいのね。
でも実際に試してみなくちゃわからないわ。
なので、自分で試すことにした。
ナイフで少し自分の指先を切ってみる。
小さな痛みとともにプクッと小さな赤い玉のような血が出てくる。
「元に戻すイメージ・・・」
手のひらに意識を集中させると、ピカッと手のひらが光って一瞬後には痛みも傷も消えていた。
「これが回復魔法・・・」
もう少しだけイメトレをして今日の練習は終了。
明日は風魔法と土魔法を教えてくれるそうだ。
少し楽しみになってきた。
今日も湯船にお湯をためながらネットスーパーでお買い物。
バター、チーズ、玉ねぎ、小麦粉、りんご、卵、牛乳、インスタントのスープ。
本当はイヴァンのおやつも買うつもりだったけど、あんな風に言われちゃうと、じゃあ頑張って作ってみますかって思っちゃうよね。
後はお風呂の前に明日の朝食の準備。
といってもお米を炊飯器にセットするだけなんだけどね。
明日は和食にしようと思う。
よし、これでOK。
あっ、そうだ。
念のためにこれも用意しておこう。
なかなかいい感じね。
じゃあ今のうちに。
「イヴァン、今日こそ一緒にお風呂入ろう。おもしろいものがあるんだよ」
と誘うも一瞬で浄化魔法を使い、身ぎれいにしたイヴァンはふんっと鼻を鳴らすとリビングのラグの上に寝そべった。
「・・・」
ホントにもうっ。
なんでこうもお風呂嫌いなのかしら。
イヴァンを誘うのを諦め、一人で浴室に向かう。
湯船に入る前に墨汁を手に取った。
そう、習字の時間にお世話になってたアレですよ。
見た目はそのまんま墨汁で、実際真っ黒い液体が出てくる。
でも実は文具メーカーさんが作った入浴剤で、不思議なことにお湯に入れるとたちまち白くなって、かき混ぜると白い濁り湯になるの。
その上、墨汁からは想像できないヒノキのいい香りがして癒される。
もちろん、墨の匂いは全くしない。
ホント、不思議よね。
お風呂に浸かりながら魔力の流れを確認してみる。
一度感じられるようになると簡単に流れがわかるようになるし、一か所に集めるのも問題なくできる。
これならイヴァンが怪我をしても治してあげられるかな。




