閑話 マルクル
俺が執務室で仕事をしていると受付のダーナが来て、エドとサキが来たと告げる。
そうか、サキは何ともなかったんだな。
俺は立ち上がると隣の部屋にいるリンジーにお茶の用意を頼んでから一階に降りる。
降りた先ではちょうどサキが依頼の報酬を受け取ったところで、サキは報酬をそのままマントの下の鞄に入れた。
本来ならするはずの硬貨のぶつかる音がしない。
「おっ、アイテムバッグか。まあ、アイテムバッグ持ちだとは思ってたがな。それよりサキ、無事で何よりだ」
「ご心配かけてすみませんでしたっ」
サキは俺の顔を見るなり、ガバッと頭を下げて謝った。
確かにいい子だよな。
今時こんな素直な子も珍しい。
エドが気に入るのもわかるな。
「いや、まあ無事ならそれでいい。時たま新人冒険者の中には、自分の力量もわからず自惚れて自分の手に負えない上位魔物に突っ込んで行って無駄死にする奴もいるんだよ。まあ、お前にはシルバーウルフがいるから心配はいらねえと思っていたが。とりあえず、こっちに来てもらえるか?エド、お前もだ」
執務室のソファに座らせるとまず、昨日のレッドボアの件を伝える。
買取代金が金貨六枚だと伝えてもサキはキョトンとしているだけだ。
これでもけっこう色をつけたんだけどな。
するとサキは、
「あの・・・レッドボアの肉って食べられるんですよね?」
は?
「私の住んでた所にはレッドボアはいなかったので食べたことがなくて。一度食べてみたいなあって思ったんですが・・・。少しだけ分けてもらうことってできますか?」
食べたことがない?
レッドボアの肉を?
レッドボアの肉はホーンラビットやマッドブルと同じ手軽に手に入る一般的な肉だ。
エドが驚いた顔でサキを見ているが、きっと俺も同じような顔をしているんだろう。
好きなだけ持っていけばいいと言うと少しでいいと返ってくる。
結局銀貨五枚分のレッドボアの肉を持ち帰ることになったので、包むようにリンジーに頼んでおく。
「それから昨日のレッドボア騒ぎはこの地を治める領主の耳にも入っていて、ぜひお前さんに会って礼がしたいと言っている」
少し考えるように顔を伏せていたサキは、顔を上げて俺を見ると遠慮がちに、
「あのー、会わないとダメでしょうか?できれば遠慮したいのですが・・・」
俺が口を開く前にエドが心配するなだとかブレンナー伯爵は貴族だが気さくだから大丈夫だとかサキのためにもなるなどと言って説得している。
しばらく考えていたサキだが、結局シルバーウルフが一緒なら会ってもいいと言ってくれた。
領主はシルバーウルフに会いたいんだから何の問題もない。
するとサキは首を傾げて、
「そんなにシルバーウルフって珍しいんですか?」
思わずエドを見ると、俺を見るエドと目が合った。
思ったことは同じようだ。
「世間知らずもここまでくると心配だな。いくらずっと森の中で暮らしていたとはいえ・・・」
エドの言葉に俺も激しく同意する。
サキがずっと森で暮らしていて両親が死んだから街へ出てきたという話はエドから聞いていたから、
「ならお前がサキの保護者代わりとして面倒見てやれ。もちろん、必要なら俺も手伝うぞ」
ギルマスとしての俺にとってはサキの魔法属性やシルバーウルフの存在が重要かつ必要だが、俺個人としては純粋にサキが心配だった。
俺もエドのこと言えねえな。
もう何十年もシルバーウルフは見かけないし、俺も見たのは子供の頃以来だと言えばサキは酷く驚いていた。
俺からしたら凶暴だと名高いシルバーウルフを従魔にしている方が驚きだ。
「じゃあ詳しいことが決まったらまた連絡するから、宿なり家なりが決まったら教えてくれ」
俺がそう言うとサキは少し考えてから、
「宿なんですが、街の人たちを怖がらせるのも申し訳ないので、まだしばらくは野宿しようと思います」
と言うので、俺とエドが必死にギルド直営の宿ならそんなに気を使わなくていいとか、街の外は全く危険がないわけじゃない、中の方が安全だと説得しようとしたが、結局サキは首を縦に振らなかった。
意外と頑固な娘だ。
何か他に理由があるのか?
街の人間と関わりたくない理由が・・・。
そんなことを考えていると、ついポロっと口から出ちまった。
「もしかしてお前は訳ありか?人には言えないような秘密があるとか・・・」
本来冒険者の素性や過去は詮索しねえことになっている。
もちろん、犯罪歴は別だが。
しまったと思った時にはもう遅かったが、明らかに動揺しているサキを見て、
「やはりな。貴族の落し胤といったところか」
俺がつぶやくとエドも、
「そうなのか? どうりでなんか普通の娘とは雰囲気が違うと思ったんだよ。なんかこう品があるっていうか……」
「アイテムバッグといい、シルバーウルフの首元の宝石といい、庶民にゃなかなか手に入らねえもん持ってるもんなあ」
「紫の宝石もただのガラスだって言って誤魔化そうとするし、さっきも当たり前のようにアイテムバッグ出してくるし、庶民の感覚じゃねえなと思ったんだよな。サキが必死に隠そうとしているからあんまり突っ込むのも悪いかと思ってそれ以上聞かないようにしてたんだが・・・」
俺とエドがそう結論付けたところでサキが、
「私、貴族じゃないですからっ!ただの一般庶民ですからっ!」
と全力で否定してきたが、そう簡単に認めるわけにはいかねえもんなあ。
わかってるって、俺たちは何も言うつもりはねえ。
俺たちの気持ちをわかってくれたのかサキは諦めて今度は、
「どうして私がアイテムバッグを持っているとわかったんですか?」
俺が手ぶらで野宿する奴なんかいねえだろと言うとサキはショックを受けたような顔をしてアイテムバッグは珍しいのか聞いてくる。
金さえ出せば買える代物だと言うとサキは何やら考え込んでいたが、突然サキの足元に寝そべっていたシルバーウルフが立ち上がった。
するとサキが帰ると言い出したので、俺たちは慌てて大事な用件を切り出した。
昨日、レッドボアに追いかけられていた馬車に乗っていたのが魔物の違法取引をしていると噂のある冒険者パーティーであること。
以前にも街の中で似たような事件が起き、街の住人が危険に晒されたこと。
ギルドや警備隊でも調べているが証拠が掴めないこと。
などエドがかいつまんで説明した。
「シルバーウルフなら同じ魔物同士、魔物が集められているアジトが特定できるんじゃないかと思うんだが・・・。だから協力してもらえないか?」
「もちろん、サキが受けてくれるならギルドからの指名依頼扱いさせてもらう。どうだろうか?」
俺が言うとサキは、
「わかりました。協力させていただきます」
と笑って言ってくれた。
明日の午後からの作戦会議に参加してもらう約束をしてサキは帰って行った。
本当にいい子なんだよな。
冒険者ならまず、依頼料がいくらなのか、危険度はどれくらいなのか確認して場合によっちゃ依頼料を吹っかけてくる奴だっているのに、サキはそんなこと一切口にしなかった。
俺たちに協力したい、ただそれだけだった。
でもいい子なだけじゃ冒険者はやってけねえ。
今回のことはサキにとっても成長するいいチャンスだ。
サキには一流の冒険者になってほしいと思う反面、優しすぎて遅かれ早かれ潰れちまうんじゃないかという不安もある。
どうかサキがずっと笑っていられるようにと、俺はそっとサキと同じ髪の色を持つ月の女神に祈った。




