23 貴族じゃないです、ただの庶民です
「それから昨日のレッドボア騒ぎはこの地を治める領主の耳にも入っていて、ぜひお前さんに会って礼がしたいと言っている」
マルクルさんの目がどうする?と言っているが、私としては遠慮したい。
できるだけひっそりと生きていきたい。
「会わないとダメでしょうか?できれば遠慮したいのですが・・・」
私の返答に、マルクルさんが何かを言うより先にエドさんが、
「サキ、そんなに心配しなくても大丈夫だ。確かに相手は貴族様だが、この地を治めるブレンナー伯爵は気さくな方だから悪いようにはしないぞ。さっきも言ったが、お偉いさんと顔を繋いでおくことは悪いことじゃない。後々サキのためにもなるはずだ」
ああ、そうか。
エドさんは一般庶民の私が貴族に会うなんておこがましいから遠慮したいって言ってると思ってるんだ。
確かにそれもないわけじゃないけど。
でもなあ・・・。
足元に寝そべるイヴァンに目をやるとこちらに視線を向けることなく、
『サキの好きにすればいい』
聞こえてきたイヴァンの声にグダグダ言ってても仕方ないかと、
「わかりました。会った方がいいなら会います。でもイヴァンも一緒でいいですか?ダメなら会いません」
一息にそう言うとマルクルさんを見る。
「ああ、問題ない。どうせシルバーウルフにも会いたいと言っていたからな」
そうなんだ。
イヴァンもしっかり入ってたんだ。
「そんなにシルバーウルフって珍しいんですか?領主様が会いたいって言うなんて」
私の言葉にマルクルさんとエドさんが顔を見合わせる。
「世間知らずもここまで来ると心配だな。いくらずっと森の中で暮らしてたとはいえ・・・」
「ならエド、お前がサキの保護者代わりとして面倒見てやれ。もちろん、必要なら俺も手伝うぞ」
これは喜んでいいのか悲しむべきなのか・・・。
そんな私の胸の内はおかまいなしにマルクルさんはシルバーウルフについて教えてくれた。
「もう何十年もシルバーウルフは見かけないな。噂によるともっと南の方へ移動したとか隣国ラシュートに行ったとかオラン帝国との全面戦争の時にオラン帝国に全滅させられたとかいろいろ聞くが、詳しいことはわからん。シルバーウルフの牙は魔具として使えば強力な結界を張れるから牙目当てに狩り尽くされたのかもしれんしな。まあ、本来魔物はどこからともなく生まれてくるものだからいなくなること自体考えられないんだが。大体俺だってシルバーウルフを見たのは子供の頃以来だ。それに本来シルバーウルフは凶暴な魔物なのに従魔契約できていることが信じられん」
はい、ごめんなさい。
シルバーウルフじゃないです。
フェンリルです。
言えないことだらけでなんだかいたたまれない。
「じゃあ、詳しいことが決まったらまた連絡するから宿なり家なりが決まったら教えてくれ」
マルクルさんの言葉に私は少し考えて
「宿なんですが、街の人たちを怖がらせるのも申し訳ないのでまだしばらくは野宿しようと思います」
また帰って来ないってエドさんたちを心配させるのも悪いので先に言っておく。
「このギルド直営の宿ならそんなに気を使なくてもいいぞ。宿代もさっきのレッドボアの代金で問題なく払えるだろう。まあ、このシルバーウルフと一緒じゃちょっと手狭になるがな」
「ありがとうございます。でもイヴァンの方が落ち着かないようなので・・・」
すっかり寛いでいるイヴァンを尻目に、あくまでもイヴァンのためだと言い張る。
苦しい言い訳だとしても折れるわけにはいかない。
私は自分のベッドで寝たいのだ。
それにお泊りの用意もしてないし。
「しかし、この辺りは比較的安全だとはいっても全く危険がないわけでもない。現にレッドボア騒ぎが起きてるしな」
「サキ、マルクルの言う通り、外に比べて中は安全だ。宿が嫌なら今すぐは無理でも家を借りるとか考えた方がいい。それまではシルバーウルフにも我慢してもらってだな」
「心配してくださって本当にありがとうございます。でもイヴァンは結界も張れるので外でも大丈夫です。その・・・私も急にたくさんの人を見て落ち着かないのはイヴァンと同じで・・・」
さりげなく森の中でひっそり暮らしていた田舎娘だから都会にはなかなか慣れないんだよーという雰囲気を出してみた。
二人はそれでも何とか宿に泊まるように勧めてくれたけど、私が折れなかったので結局諦めたようだ。
本当にごめんなさい。
心の中で何度も謝っていると何か考えている様子だったマルクルさんが、
「もしかしてお前は訳ありか?」
と聞いてきた。
訳あり?
「その、なんだ。人には言えないような秘密があるとか・・・」
えっ?
異世界人ってバレたの?
動揺が顔に出ていたのだろう。
マルクルさんは、やはりなと呟いて、
「貴族の落とし胤といったところか」
えっ?
貴族?
「そうなのか? どうりで何か普通の娘とは雰囲気が違うと思ったんだよ。なんかこう品があるっていうか……」
エドさんがそうならそうと言ってくれればよかったのにと言いながらマルクルさんと頷き合っている。
えっ?
私、何も言ってないですよ?
「アイテムバッグといい、シルバーウルフの首元の宝石といい、庶民にゃなかなか手に入らねえもん持ってるもんなあ」
うんうんと頷きながらエドさんも、
「紫の宝石もただのガラスだって言って誤魔化そうとするし、さっきも当たり前のようにアイテムバッグ出してくるし、庶民の感覚じゃねえなと思ったんだよな。サキが必死に隠そうとしてるからあんまり突っ込むのも悪いかと思ってそれ以上聞かないようにしてたんだが・・・」
えっ?
何で二人して納得してるの?
「ちょっと待ってください。私、貴族じゃないです!ただの一般庶民ですからっ!」
貴族のふりをするつもりは全くないので全力で否定させてもらう。
「おお、わかった、わかった。心配しなくても言いふらしたりしねえよ。なっマルクル?」
「ああ、そんなつもりはない。俺からしたらお前はただの新人冒険者に過ぎん」
「いや、だからっ、そうじゃなくてっ」
私の抵抗も虚しく二人の中では私は貴族の落胤という出自の訳あり冒険者と位置付けされた。
何故そうなった?




