21 心配かけてごめんなさい
気を取り直して街へ向かって歩き始める。
さりげなく旅人に混じって歩いていると、程なくカイセリの街の門が見えた。
昨日作ったばかりの身分証を片手に街へ入る人たちの列に並ぼうとすると、
「サキッ!」
と私を呼ぶ声が聞こえた。
そっちへ目を向けると大勢の人の中に見知った顔を見つけた。
エドさんだ。
エドさんは慌ててこちらに走ってくると、
「生きてたかっ!大丈夫だったか?怪我はしてないか?とりあえずこっちに来てくれ。聞きたいこともあるし」
昨日と同じく門の横の詰所に連れていかれ、やはり昨日と同じように椅子に座らされた。
もちろん、イヴァンは私の隣に鎮座している。
私が椅子に座ると、エドさんにものすごい勢いで質問攻めにされた。
「サキ、昨日はどこにいたんだ?何故、街に帰って来なかった?怪我でもしてたのか?昨日の巨大なレッドボアを倒すようにそこのシルバーウルフに頼んでくれたのはサキだろう?それなのに倒すだけ倒したらシルバーウルフはいなくなるし、サキは帰って来ねえし。サキを追って行った冒険者どもを問い詰めても皆レッドボアの群れを相手にしているうちにいなくなったとしか言わない。シルバーウルフがいるからそう簡単にはサキに手は出せねえと踏んでほっといたら行方不明だ。本当に心配したんだぞ」
最初はエドさんの勢いに引き気味だった私も、エドさんが本気で心配してくれていたんだとわかると本当に申し訳ない気持ちになった。
と同時に赤の他人の、昨日知り合ったばかりの私をそこまで心配してくれたことが嬉しくもあった。
「心配かけて本当にごめんなさいっ」
私は机につくくらい頭を下げた。
「いや、お前が無事ならそれでいいんだ。それで昨日の夜はどうしたんだ?野宿か?」
「えっ?」
私はエドさんの顔をまじまじ見て、
「あーっっ!」
と声を大にして叫んだ。
「な、何だ?」
急に大きな声を出した私にびっくりしたエドさんをよそに私は頭を抱えた。
しまった。
うっかりしてた。
私はただ、自分の家に帰っただけのつもりだったけど、エドさんからしたら街の宿に泊まるための資金を稼ぎに近くの森へ出かけたはずの私がいつまでたっても戻らないし、レッドボア騒ぎもあったから余計に私に何かあったのかと心配してくれたんだ。
うわーっ。
本当に申し訳ないことしちゃったっ。
「あ、あの、えーと、こ、ここまでほとんど野宿だったので、野宿には慣れてます。イヴァンもいたので、宿には泊まらない方がいいかなーなんて思ってしまって・・・」
しどろもどろで言い訳をする。
だって本当のことは言えない。
「ふう、そうか。つまり街の人間に気を使ってくれたんだな。サキは小さいのに優しいなあ」
いえ、私、見た目は子供、中身はただのおばさんですからっ!
ついでに言えば、頭脳もただのおばさんですからっ!
「その上、あの巨大なレッドボアも・・・」
「いえ、何だか街に向かって一直線に進んでいたように思えたので、あのままだと街の中に突っ込んで行って街の人が怪我をするか城壁が破壊されるか、とにかく大変なことになるんじゃないかって思って。それでイヴァンに頼んだんです。私じゃどうにもできないので。でも街の人たちに何もなくてよかったです」
「ああ、本当にサキのおかげで助かった。あのまま突っ込んでこられたら、いったいどれだけ被害があったかわからない。街の人間を代表して言うよ。ありがとう」
そう言ってエドさんが頭を下げてくれた。
「とんでもないです。こちらこそ心配をかけてすみませんでした。昨日知り合ったばかりの赤の他人の私を心配してくれる人がいるなんて思いもしなくて・・・。だからこんなに気にかけてもらってすごく嬉しいです」
にっこり笑って言う私に、エドさんは少し照れたように
「いやあ、うちの息子と同じくらいの年の子が一人でって思ったら何となくほっとけなくてな。まあ、実際はうちの息子より年上だし賢いシルバーウルフもいるから何の心配もいらなかったってわけだが」
と言って、あははと笑った。
「そうそう、それでだ。昨日倒したレッドボアだが、倒したのはそこのシルバーウルフだ。ということはあのレッドボアはサキのものだ。昨日のうちに冒険者ギルドに運び込んで解体作業を進めているはずだから、マルクルに聞いてみるといい。それとここの領主が街を救ってくれたサキに対して礼がしたいと言ってるそうだ。まあ、サキの安否を確認してからでないと話が進められんとマルクルが言っていたから、それもマルクルに聞いてみてくれ。よし、とりあえず、冒険者ギルドに行くか」
「待ってください。お礼とかいりませんから。そんなつもりじゃなかったし」
だから、目立ちたくないんですって。
それなのに領主からお礼とか・・・いらんっ!
大体、街を救ったっていくらなんでも大袈裟すぎるでしょ。
「新人冒険者が何を遠慮してんだよ。こういう時は素直に受け取っとくもんだ。領主とも縁ができるし箔も付く。レッドボアの買取代金も手に入っていいことだらけだ。これでしばらく野宿せずに済むだろう?」
いやいや、そうじゃないんです。
家に帰りたいんです。
目立ちたくないんです。
はっきり言えないのがもどかしい。
「じゃあ、ギルドに行くぞ」
あーとかうーとかしか言わない私とイヴァンを連れて詰所を出たエドさんは、近くにいた人に声をかけてからギルドへ向かって歩きだした。
「お仕事はいいんですか?」
「ああ、大丈夫だ。気にするな。それより、そのシルバーウルフの首にかかっているのは首輪か?昨日はなかったよな」
「はい。首輪というか首飾り的な?とりあえず、私の従魔だということがわかれば街の人も少しは安心できるかなと思って」
「なるほどな。まあ、これも慣れだと思うがなあ。しかしその首元の宝石は見事だな」
えっ?宝石?
イヴァンの首元にはスワロのクリスタルガラスでできたトップが燦然と輝いている。
もちろん、宝石ではなくガラスなので安価なものだ。
ただのガラスではあるが、製造技術、カッティング技術の高さで有名な彼の会社の製品なので、中には騙される人もいるかもしれないけど。
「これは宝石なんかじゃないです。ただのガラスですよ」
両手をブンブン振って否定する。
「ガラス?これが?」
驚いたエドさんはイヴァンの首元をガン見してこれがガラスなんて信じられんとかなんとか呟いている。
これもマズかったの?
本当に小学生のお小遣いで買えるような安価なものなんだけど。
技術力の違い・・・なんだろうな。
実際、街の建物にはめられている窓ガラスはそんなに透明度も高くない。
すりガラスほど不透明ではないが、薄汚れた感じの窓である。
うーん、このペンダントトップ、目立つなら外した方がいいのかな。
でもイヴァンはやたらと気に入ったみたいだし・・・どうしよう。
するとどこからともなくルーナオレリアうんぬんという言葉が聞こえてきた。
エドさんの耳にも入ったようで
「そういえば、サキの髪の色は真っ黒だな」
「黒髪って珍しいですか?」
「ああ、ほとんど見かけねえなあ」
やっぱりそうなんだ。
昨日から街の人をたくさん見かけるが、金髪、赤毛、茶髪の人が多く黒髪は全く見なかった。
「これで目の色まで黒かったらまさに月の女神だな」
あははと笑うエドさんに、私は顔を引きつらせながら
本当は瞳の色も黒いんですっ。
でも女神なんかじゃないんですっ。
ただのおばさんなんですっ。
と心の中で絶叫していた。




