閑話 大矢 亘
それは突然の出来事だった。
子供が車道へ飛び出し、そこへ信号を無視したトラックが猛スピードで突っ込んできたのを目にした瞬間、体が勝手に動いていた。
子供を突き飛ばし、その直後激しい衝撃が体を襲った。
私が覚えているのはここまでだった。
次に目が覚めた時、私は何もない空間をゆらゆら漂っていた。
ここはどこだ?
病院じゃないな。
やっぱり私は死んだのか?
きょろきょろする私の前に、突然目が眩むほどの光の塊が現れ、徐々に光が薄れるとそこには白いワンピースのような服を着た金髪美女がいた。
金髪美女は神だと名乗った。
頭大丈夫か?と思った瞬間、失礼なことを言わないでと怒られた。
私の思考が読まれたらしい。
神と名乗る美女がいきなり私に頭を下げた。
何でも私が助けた子供は彼女の子で、一人で勝手に地球に遊びに来てしまったらしく、彼女が気がついた時にはもう私は死んでしまっていたらしい。
よく見ると、彼女の足の辺りにひっついて顔をこちらに向けている子供がいる。
確かにさっき、私が助けた子供だ。
不安そうな顔をするその子に、大丈夫だったかい?怪我はしてないか?思い切り突き飛ばして悪かったねと声をかけるとその子はにっこり笑ってくれた。
かわいいな。
早紀は私の子を産めなかったことを酷く気にしていた。
私が子供好きなことを知っていたからだ。
若い頃は不妊治療にも通っていたが、精神的にも経済的にも負担が大きく、早紀の辛い顔を見るのが嫌だった私はある日早紀に、子供がいなくてもこの先ずっと二人で生きていけたらそれでいいと伝えた。
早紀は号泣し、泣き止んだ後、本当にいいの?と聞くので早紀がいてくれたら充分幸せだと答えるとまた号泣した。
仕事が忙しくてなかなか二人でのんびりすることも出来なかったがあと少しで定年だし、定年になったら早紀と二人で旅行に行ったり、美味しいものを食べ歩いたり、一緒にできる趣味を見つけて、のんびりまったり生きて行こうと思っていたのに。
こんなことになるなんて。
もっと早紀と一緒にいればよかった。
そんなことを考えていると、金髪美女が
「本当にごめんなさい。うちの息子のせいで、まだ死ぬ予定でなかったあなたを死なせてしまいました。なのでもう一度、一から始めてみませんか?ただもう地球には戻してあげられませんので他の世界でということになりますが」
「一から始める?」
「はい。地球とは異なる世界で、その世界の住人として生まれ人生を歩んでいくことになります。いわゆる転生ですね。転生先は剣と魔法の世界です。いかがですか?」
異世界転生?
和奏ちゃんに薦められて早紀がよく読んでた本にそんな設定のものがあったな。
「もし、断ればどうなりますか?」
「輪廻の輪に入れず、魂が消滅してしまいます」
「しかし転生したとしても、もう妻には、早紀には会えないんでしょう?早紀がいないのなら転生する意味がありません」
私が言うと、神と名乗る美女は何やら少し考えていたが、やがて
「わかりました。ではこうしましょう。あなたが転生する世界にあなたの奥様、早紀さんを連れて行きましょう。それでどうですか?」
「連れて行く?」
「ええ、あなたはもう魂だけの存在ですので、転生して生まれなおすしか生きる方法はありませんが、早紀さんはまだ生きています。ですのでそのままあなたの転生する世界に転移させます。これなら一緒に生きていくことができるでしょう?」
「ちょっと待ってください。私はその世界で赤ん坊として生まれて成長していくのでしょう?でも早紀は?48才のまま転移するってことですか?赤ん坊の私と早紀が一緒に生きていくというのは親子としてですか?私は早紀と親子になりたいわけじゃないっ」
私の言葉に、今気づいたみたいな顔をする自称神を睨みつけると
「ちょ、ちょっと待って。大丈夫。大丈夫だから。転移といってもそう簡単にできることじゃないから時間がかかるし、その間にあなたは大きくなるわ。早紀さんの方もまかせて。転移したらしたでそれぞれの世界を安定させたりだとかいろいろあるけど、心配しなくても大丈夫よ。・・・たぶん」
だんだん、怪しくなる自称神に
「私と早紀が再会する方法がそれしかないのであれば受け入れます。ただし、必ず早紀と会えるようにしてください。それから突然転移させられた早紀が危険な目に合わないように、生活にも困らないようにしてください」
私の頼みに自称神は二つ返事でまかせてと自分の胸をたたいた。
本当に大丈夫か?
「あなたにも私の加護をつけておくわ。それと記憶も必要だろうからそのままにしておくわね。もちろん、早紀さんにも・・・ふふふ。あなたも楽しみにしていてちょうだい。あら、そろそろ時間みたいね。もう二度と会うことはないと思うけど、頑張って生きてね。でないと早紀さんはあなたのいない世界に転移することになっちゃうわよ」
何っ!?
くそっ。
絶対生きてやる。
薄れゆく意識の中、最後に子供の声が聞こえた気がした。
「おじさん、ありがと。僕からも加護をあげるね」
そして私の意識は深い闇の中に沈んで行った。




