閑話 エド①
「隊長」
西門横にある警備隊の詰所で書類仕事を片付けている俺に、今日の門番に当たっているモリドが声をかけてきた。
モリドはまだ20才そこそこの若者だが、日々の訓練も欠かさない真面目な男で、俺もモリドにはかなり期待をかけている。
「何だ?」
俺は書類から目を離さずに返事をする。
「忙しいのにすみません。実はさっきから街に入って来る者たちがシルバーウルフのような大きな魔物を従えた子供がカイセリの街に向かっていると口々に言ってるんですが・・・」
「は?シルバーウルフだと?」
俺はここで初めてモリドを見た。
モリドも困惑した表情を浮かべながら
「はい。言っているのが一人や二人ではないので確かな話だとは思います。12~3才くらいの女の子が銀色の狼のような大きな魔物と一緒にこちらに向かって歩いていると。初めて見るシルバーウルフに怖がっている者もいます」
銀色の狼・・・シルバーウルフ。
もうここ何十年も見かけたという話は聞かない強力な魔物。
シルバーウルフの牙を使った結界はAランクの魔物すら破ることができない強固なもので、シルバーウルフを求めこぞってシルバーウルフを狩ったためいなくなったと言われている。
まあ、本当かどうかわからんが。
だが実際シルバーウルフの牙の魔具はかなりの高値で取引されていて、貴族でもなかなか手に入らないらしい。
それにシルバーウルフの特徴としてその凶暴さも挙げられる。
鋭い牙や爪に加え、その凶暴な性格とでAランクに挙げられる魔物だ。
そんなシルバーウルフを子供が連れているだと?
「その子がシルバーウルフを従魔にしているということか?モリド、悪いがその子が来たらすぐにここへシルバーウルフと一緒に連れて来てくれ。騒ぎになっても困るからな」
「わかりました」
そう言ってモリドは門番に戻っていった。
本当なのか?
子供がシルバーウルフを従魔にするなど。
そのことが気になってしまい、俺は書類仕事が手につかなくなった。
程なくモリドが例の子供とシルバーウルフを連れてきた。
俺の息子と変わらなさそうな年の女の子は珍しい黒髪と琥珀色の瞳を持つ可憐な少女だった。
その傍らには銀色の狼。
俺は詰所の入り口近くにある小部屋の椅子に彼女を座らせ、名前を名乗った。
「俺はカイセリの街の警備隊隊長のエドだ。君は?」
その子は俺をしっかり見ながら
「サキです」
と名乗った。
「サキ、そのシルバーウルフは君の従魔で間違いないか?」
俺が聞くと、サキは少し不安げな表情を浮かべながら
「イヴァンは私の従魔ですが、何か?」
イヴァンというのがシルバーウルフの名前か。
「君より先に街に入ってきた者から何件も大きなシルバーウルフらしき魔物を連れた子供が街道を歩いていると報告があったんだ。中には初めて見るシルバーウルフに怯えている者もいてな。最近では従魔を連れている者も少ない上に冒険者や騎士でもなけりゃこんな大型の、それもAランクの魔物を間近で見る機会はほとんどない。もちろんこの街の冒険者の中には小さな従魔なら連れている者もいるが、このサイズの従魔はいない。そこそこ魔物に慣れている街の人間でも凶暴と名高いシルバーウルフは怖いらしい」
俺の言葉にサキはさらに不安そうに眉を寄せ、おずおずと聞いてくる。
「この子と一緒には街には入れないということでしょうか?」
「いや、禁止されているわけではないので、入れないわけではない。ところでこの街には何のために?」
「ギルドに登録しようかと思って」
登録?
「冒険者になるのかい?」
「ええ、まあ。でも商業ギルドにも登録しようと思っています」
サキの返事を聞いた俺はなるべく優しく聞こえるように
「どっちのギルドも十五才にならないと登録はできないぞ。見たところ子供のようだが・・・」
今年十三才になる俺の息子と変わらないように見えるサキは小さくため息をつくと
「私、成人はしているので・・・」
と言った。
成人している!?
嘘だろ。
どう見ても十二~三才にしか見えんぞ。
まあ、ギルドで登録してみりゃわかることだ。
とりあえず、俺も一緒に行った方が良さそうだな。
このままじゃ街中大騒ぎになりそうだからな。
詰所を出て、近くにいた奴に冒険者ギルドまで言ってくると告げるとシルバーウルフを連れたサキと一緒にギルドに向かう。
俺たちの後ろをシルバーウルフがおとなしくついてくる。
本当に凶暴とされるあのシルバーウルフか?
「このシルバーウルフはおとなしいな。人間の言葉も理解しているようだし」
「ええ、とても賢いんです。ちゃんと私の言葉も理解してくれています」
信じられん。
しかし、俺も一緒に来て正解だったな。
周りを見るとシルバーウルフを見た街の人間が騒いでいる。
俺が一緒にいなけりゃどうなっていたことか。
サキはというと街が珍しいのかあちこちきょろきょろと見回している。
街を知らない?
「サキは今までどこにいたんだ?シルバーウルフを連れていたら噂の一つでも聞こえてきそうなもんなのにな」
と俺が問うと、サキは少し俯いて
「風の森のもっとずっと南にある森で生まれてからずっと暮らしていましたが両親が亡くなって・・・。話に聞いたことしかない街に行ってみたくてイヴァンと一緒に森から出てきました」
「ずっと森で暮らしてたのか?じゃあその森でシルバーウルフを?」
「ええ、自給自足の生活で森で薬草を採取したり、弱い魔物を狩ったりして暮らしていました。ある日オークに襲われたところをイヴァンに助けてもらったんです。それからずっと一緒です」
なんてこった。
こんな小さい子が一人で。
俺、こういう話に弱いんだよ。
「小さいのに苦労したんだなあ。えらかったなあ。よくがんばったなあ」
そう言いながらサキの頭を撫でてやった。
ギルドに入った俺たちは思った通り、注目の的だ。
この時間だから冒険者はそう多くはないが、それでもいないわけではない。
睨みを利かせながら受付にいたロザリーに、サキの冒険者登録と従魔登録を頼む。
サキはというとビビッてる様子が顔に出ている。
こいつらホント見た目こえーからなあ。
サキはロザリーから登録用紙を受け取ると何やら書き始めた。
ふうん。
読み書きはできるんだな。
読み書きのできねー奴なんざいくらでもいるってえのに、どこで習ったんだ?
だが、そんな疑問なんざ吹き飛ぶようなことが起こった。
サキがギルドカード作成のために血を一滴水晶体に落とすと、水晶体の中で金色、緑、茶色の三色がぐるぐる渦を巻きだしたからだ。
「これは・・・サキは三属性持ちなのか?」
俺の言葉に我に返ったロザリーが席を立った。
冒険者ギルドのギルマス、マルクルを呼びに行ったんだろう。
「すごいな、サキ。三つも属性を持つ者は少ない上に一つは光属性だ。回復や浄化ができる光属性持ちはなかなかいない。冒険者どもから引っ張りだこになるぞ」
俺はサキにしか聞こえないように忠告した。
「中には怪しい奴らもいるから気をつけろよ。お前みたいな新人は軽く見られがちだからな」
そんな不安そうな顔をさせたかったわけじゃないが、身を守るには必要なことだしな。
「お待たせしました」
ロザリーがマルクルを連れて戻ってきた。
「まだ子供じゃねえか。登録はまだ無理だろ」
俺も正直半信半疑だ。
「ギルドカードはもう作ったのか?」
ロザリーが慌てて作ったそれをマルクルに差し出す。
「サキ、女、十八才・・・じゅうはちぃ!?」
マルクルの野太い声が響き渡り、俺たちは一斉にサキを見た。
見えん。
十八才になんか全く見えん。
先月十六才になったばかりの俺の息子の方が年上に見えるぞ。
気を取り直したマルクルは、早速サキをここに引き留めようとあれこれサキに説明しているが肝心のサキの方が理解できてなさそうだ。
「ストップ。少し落ち着け、マルクル。サキが困ってる」
もっといろいろ頼みたそうなマルクルだが、サキの様子を見て諦めたようだ。
すると、ロザリーが
「サキさんは従魔の登録がまだお済みではないので、手続きを進めてもよろしいでしょうか」
「嬢ちゃんには従魔がいるのか?」
「はい。シルバーウルフだそうです」
ロザリーの返答にマルクルはカウンターの下を覗き込み驚きの声を上げる。
マルクルは俺を見るが、俺だって信じられん。
ともかくサキの冒険者登録と従魔登録は完了だ。
なら俺もそろそろ詰所に戻るか。
「俺はそろそろ詰所に戻るがサキはどうする?宿が必要ならギルド直営の宿があるからマルクルに聞けばいい。冒険者価格で泊まれるぞ」
「ここに来るまでにお金を全部使い果たしてしまって宿に泊まるお金もないので、とりあえず今から出来そうな依頼を探してみようかなーなんて」
と笑いながら言うサキに俺は、金がないなら俺ん家に泊まるか?と言いかけていかんいかん、新人冒険者を甘やかしても本人のためにならんと言葉を飲み込んだ。
「そうか、わかった。じゃあ俺は戻るが、困ったことがあったら俺のところに来い。いつでも相談に乗るからな」
俺はそう言うとギルドを後にした。
どうしてか、ほっとけねえんだよなあ。