31 残された謎
振り向くと、それは領主様だった。
「無事でよかった、我が娘よ」
腕を広げて抱きつこうとする領主様をかわし、更に領主様の言葉もまるっと無視すると、
「領主様もいらしてたのですね」
領主様は行き場を失った両腕をそっと下ろしつつ、
「あぁ。さっきここへ着いたんだが、どこへ加勢に向かえばいいのかと考えていたところだ。それで、どうなった?」
私が口を開くよりも先にマルクルさんが話しに割って入ってきた。
「領主。その話は俺からする。いろいろとヤバい。場所を移そう」
領主様へはマルクルさんが説明してくれるようなので、私は風の森へ帰ろうとしたらガシッと腕を掴まれた。
「帰れるわけねえだろ、サキ」
いい笑顔でマルクルさんに凄まれた私は、「ははっ」と乾いた笑いを浮かべ、目を逸らした。
やっぱりダメか。
心の中でため息を一つ吐くと、素直にマルクルさんについて行く。
ギルドの二階にある会議室に関係者が全員集まると、何があったのか状況確認が始まった。
最初はもちろん、ドムス市長だ。
事の発端からラルパ前市長の死など知っていることを全部話し終えたとき、
「嘘だっ。親父が殺された!?」
男の人が勢いよく立ち上がる。
誰かが呼んだのだろう、声の主はセルジュさんだった。
当事者の一人なのだから当然と言えば当然だ。
「セルジュ!本当に無事だったんだなっ。よかった。これで私の肩の荷も下りる」
「まさか…。そんなこと…」
茫然とするセルジュさんにアレスさんが声をかける。
「市長は嘘は言ってねえと思う。自分自身を犠牲にしてでもこの街を守ろうとした。もちろん、お前のこともな」
「そんな…。じゃあ俺は何も知らず、ドムスの親父に復讐しようとしていたのか」
セルジュさんは両手で顔を覆い、崩れ落ちるように椅子に腰かけた。
そんなセルジュさんを労わるようにドムス市長は彼の肩にそっと手を置いた。
セルジュさんの中のドムス市長に対するわだかまりもこれで解けるはず。
ドムス市長は役目をセルジュさんに譲り、自分はセルジュさんの補佐として街のために働こうと思っているのだろう。
二人はもう大丈夫だ。
一つ問題が解決してホッとする私の耳にマルクルさんの大きな声が届く。
「今から俺が把握していることを話すが、全て知っているわけじゃねえ。それぞれわかっている者が補足してくれ」
そう言うとマルクルさんは話し始めた。
だいたいのことはすでにマルクルさんの耳に入っていたようで、補足することといえば私がバルバドに連れ去られたときのことくらいだった。
それもたいして話せることもなく、目的は私ではなくイヴァンであること、バルバドが魔法に特化した特殊な一族であることなどほんの少しのことだけだ。
「目的がサキではなくシルバーウルフ?これはどういうことだ?」
領主様の疑問に私が答える。
「たぶんですが、バルバドにはイヴァンの結界を使って守りたいものがあるみたいです。それがなんなのかはわかりませんが…。とても大切な何かだと思います」
「大切な何か…。それがわかれば対策も立てやすくなるんだがな」
領主様の疑問に誰も答えることができず、場は微妙な空気に包まれた。
そんな空気を払うかのように、
「これ以上この街に危害が及ぶのは避けねばならん。至急王宮と連絡を取り対処する。それまでは各自気を引き締めてこの街を守ってほしい。まだバルバドなる犯罪者が捕まっていないからな。冒険者はすでに請け負った仕事があれば仕方がないが、何もなければしばらくの間、この街の常時雇用とする。報酬は俺が出すから心配はいらん。皆、街のために力を貸してくれ」
頭を下げる領主様を見て、私はあわてて立ち上がった。
元はといえば私とイヴァンが原因なのだ。
領主様が謝ることではない。
「私たちのせいでご迷惑をおかけして申し訳ありませんっ」
同じように頭を下げる私に、領主様は優しく声をかけてくれる。
「サキのせいではないよ」
「でも…」
「たまたま途中から目的がサキとシルバーウルフになっただけで、決してサキとシルバーウルフがいたからというわけではない。むしろ君たちがいなければ気がついたときにはどうなっていたことか。この事件がこうやって明るみに出たことはある意味よかったと思う。早期に対策が立てられるからね。だからサキが気にすることではないんだ」
そう言ってもらえたことは嬉しいけれど、問題はまだ解決していないので気持ちがすっきりしたわけではない。
私とイヴァンがいることで、またみんなに迷惑をかけるかもしれないと思うと気が重い。
だから領主様が「このことは王宮に報告する」と言ったときも、「王宮から連絡があるまで我が城に滞在してもらう」と言ったときも断れなかった。
仕方…ないよね。
領主様やマルクルさんたちが街の警備や私たちの警護の話し合いをしている間、私は部屋の隅で大人しく待っていた。
その時同じく隅の方で難しそうな顔をしているハリーさんを見つけた。
ハリーさんもいたんだ。
そりゃAランクの冒険者だものね。
じっと見ていた私の視線に気づいたのか、ハリーさんがこちらを向いた。
視線が合ってしまったので、軽く頭を下げた。
すると少し逡巡する様子を見せたものの、すっと立ち上がって私の方へ歩いてきた。
「サキ。怪我はなさそうだが大丈夫だっただろうか。その…変な目に…あったりだとか…」
「大丈夫です。怖い思いはしましたけど無事です」
「そうか。それはよかった」
心からホッとする様子のハリーさんに引っかかりを感じながらも、笑顔を見せる彼に、
「大変なことに巻き込んでしまって本当にごめんなさい」
「…謝るのは俺の方だ。本当にすまない」
「え?」
「次は必ず俺が守るから。約束する」
それだけ言うと、ハリーさんは行ってしまった。
今のはどういう意味かしら。
どうして謝られたのかもわからないし、それより俺が守るって…。
ハリーさんみたいなイケメンに言われたら、乙女なら誰でもトキメキそうなものだけど、ハリーさんの言葉にそんなものは感じられなかった。
むしろ使命みたいな…。
ハリーさんはバルバドを知っている?
どういう人間なのか知っていて、バルバドから私を守るって言っているように聞こえたけど。
二人はどういう関係なのかしら。
わからないわ。
立ち去るハリーさんの後ろ姿を見ながら考え込む私に、エドさんが話しかけてきた。
「おっ。やっぱりお前もああいう色男が好みなのか?」
からかうような口調のエドさんを軽く睨むと、
「違いますっ。ちょっと考え事をしていただけですっ。それより今後のこと、どうなりました?」
「警備隊と冒険者の半分は街の警備に当たる。残りの冒険者はサキと共に領主の城で王宮からの指示があるまで待機だ」
「そうですか。でも領主様の城へ行くより風の森にいた方がよくないですか?誰も入ってこれませんから安全だと思うんですけど」
「ダメだ」
後ろから聞こえてきた声に振り向くと、にこやかに笑う領主様が立っていた。
「確かに風の森は安全かもしれんが、絶対とは言い切れない。そうだろう?シルバーウルフの結界だって破られたんだ。我々が知らない所で何かが起こっても何もできない。それならうちの城に、目に見える場所にいてくれる方が安心だ。城には優秀な騎士団もいるし、今は特に警備体制は万全だ。だから何も心配せずに城に来ればいい」
「わかりました。領主様のおっしゃる通りにします」
あまりわがままを言うのもよくないのかもしれない。
本当に私のことを心配してくれているんだもの。
それにどうしても風の森に帰りたくなったら転移魔法を使えばいいわ。
必要な物を取りに帰るくらい構わないわよね。
こうして私たちは領主様の城に滞在することになった。
この先、怒涛の日々が待っているとも知らずに。
とりあえず終了です。次章はいつになるのやら…。なるべく早く皆様にお目にかかれるように頑張ります。