15 やっぱりイヴァンは強くて優しい
とりあえず、家に帰ることにした私たちは、門のところで新しい身分証を見せて通してもらい街の外に出た。
門に入るときに最初に声をかけてきた門番さんがいて
「おう、無事に登録できたんだってな。よかったな」
と声をかけてくれた。
お礼を言って通り過ぎようとしたら、遠くにエドさんの姿が見えたので手を振ったら気づいたエドさんが手を振り返してくれた。
街道を風の森に向かって、てくてく歩いているとあちらこちらで冒険者らしき人たちを目にする。
イヴァンいわく、何とか私を引き込もうと隙を窺っているそうだ。
でもイヴァンがいるから近寄りたくても近寄れない。
結果、私たちと同じようにのんびりゆっくり歩くしかなくて。
うーん、どうしよう。
このまま風の森までついてこられても困るしなあ。
『我が追い払うか』
「冒険者同士の喧嘩って規則違反じゃなかった?」
『我がしてもダメなのか?」
「ダメでしょ。私の従魔ってことになってるわけだし」
『うーむ』
私とイヴァンがひそひそ相談していると、突然前方から地響きが聞こえてきた。
前を見ると大量の砂埃が舞い上がっている。
「えっ、何なの?」
見ていると砂埃の中から一台の馬車が飛び出してきた。
暴走しているようにも見える。
慌てて街道の端に身を寄せてやり過ごそうとしたとき、イヴァンが
『ん?この気配は・・・』
よく聞こえなかったので、もう一度と促すつもりで目をやると同時に
「死にたくなかったらどけーっっ!」
馬車から怒鳴り声がした。
『・・・レッドボアだ。普段この辺りにはいないはずだが・・・』
ちょうどその時、目の前をボロボロの馬車が疾走していく。
そしてその後を巨大な赤い猪が追いかけて行った。
今の何?
猪みたいに見えたけど。
『猪の魔物だな。・・・ん?まだ来るぞ』
イヴァンの声に前方を見ると、さらに地響きと共に砂埃を巻き上げ何かがやってくる。
『レッドボアの群れか?』
突然のことに私はおろおろするしかなかったけど、私たちの後をついてきていた冒険者たちは手際よくレッドボアの群れを片付けていった。
「ねえ、さっき馬車の後を追いかけていった大きなレッドボア、あのままの速度で突っ込んだら街が大変なことになるんじゃない?」
『まあ、そうだな。ギルドに連絡がいくよりレッドボアが街に突っ込む方が先だろうな』
・・・。
「ねえ、イヴァンって強いんだよね」
チラッとイヴァンを見ながら言う。
『・・・何だ?我に我と関係のない者を助けろというのか?』
「だって、このままだとエドさんや門番さんが大変なことになりそうなんだもの。いろいろ親切にしてもらったのに・・・」
私を見ながら、イヴァンは深々とため息をついて
『サキ。そこの木立の陰に隠れておけ。今は冒険者どももレッドボアの相手でこちらに注目しておらんが、我がお前の側にいないとわかればここぞとばかりに寄ってくるぞ。一応、結界も張っておく。すぐに戻るからそこから動くでないぞ』
そう言ってイヴァンは街の方へ駆け出していくと、あっという間に見えなくなった。
さすが風の精霊。
イヴァンがいなくなった後、私はイヴァンに言われた通り木立の陰でじっとしていた。
でもただ待っているだけじゃ暇なので木々の隙間からそっと冒険者たちの様子を観察していた。
彼らは屠ったレッドボアを、討伐部位がどうの、素材がどうの、魔石がどうの、肉がどうのと言いながら素早く解体していく。
どうやらレッドボアは討伐依頼があれば牙が討伐部位となり、依頼がなければ毛皮と一緒に素材として売ることができるようだ。
その上、何体かのレッドボアからは小さいけど魔石も出てきたようでこれも売却できるらしい。
肉も食用としてこの国では馴染みのある食材のようで、売る分と食べる分の配分はどうする?と言いながら袋に入れていた。
肉を売るなら新鮮なうちでないと買いたたかれるから急いで街に戻らないと・・・などと話していてやっと私がいなくなったことに気づいたようだ。
しかし、今回は肉や素材を売ることを優先したようで急ぎ足で街に戻っていく。
他の冒険者たちも同じで、気がつけば皆いなくなっていた。
「・・・そして誰もいなくなった・・・」
私が読んだ小説の中にも狩った獲物を解体して素材やら食用やらに分けていくシーンがあったな。
私でも訓練すれば小さな魔物くらいなら狩れるようになるってイヴァンは言ってたから、もし狩れるようになったら鮮度のことも考えると解体することも覚えないといけないってことよね。
それにイヴァンのことだからやろうと思えばレッドボアよりも大きな魔物も簡単に狩ることができるはずだ。
そうなったら、それも私が解体・・・。
鶏だって捌いたことがないのに、私にできるかなあ。
ちょっと不安・・・。
うん、しばらくは魔物の討伐依頼は受けないでおこう。
例え、イヴァンがやりたいって言っても。
薬草採取でちまちまとお金を稼いでここで必要な経費を賄おう。
そしてそのうち、冒険者よりも商人の比重を大きくして平和に暮らしていこう。
うん、そうしよう。
それがいい。
平和が一番。
『サキ、どうした?』
私が自分の考えにうんうん頷いているとイヴァンの声が聞こえた。
見ると、目の前にイヴァンがいた。
「わっ!びっくりした!脅かさないでよ、もう」
はあと胸をなでおろす私にイヴァンが
『レッドボアを片付けてきてやったというのに、何だその言い草は・・・』
不満そうなイヴァンに
「ごめんなさい。ちょっと考え事してたからびっくりしちゃったの。で、街は大丈夫だった?」
『ああ。街へ入る前に片付けたが、面倒だからそのままにしてきた。一人にしたお前が心配だったからな』
「ありがとう、イヴァン」
イヴァンの言葉に胸が温かくなり、イヴァンの首元に抱きつく。
イヴァンから少し血の匂いがして、これがこの世界の現実なんだとちょっぴり切なくなった。
『・・・帰るか』
「うん、そうだね」
そうして私たちは誰もいなくなった道を、我が家目指して帰ったのだった。
街で大変な騒ぎが起きていたとも知らずに。