27 最後の晩餐!?
連れて来られたのはドムス市長の執務室だった。
もちろん、姿を消しているヴォルとアレスさんもいる。
ドムス市長に促され執務室の立派なソファに座ると、ドムス市長は手ずからたんぽぽコーヒーを入れてくれた。
「これは君が作ったんだってね。一度飲んで以来病みつきになってしまって。本当に良いものを作ってくれたよ」
こんなにたんぽぽコーヒーを気に入ってもらえるなんて何とも嬉しい限りだ。
「先ずは腹ごしらえをしようか。肉が固くなる前に食べんとな」
私の向かいのソファに腰を下ろしたドムス市長は、ガサゴソと紙袋から新作ステーキパンを取り出すと大きく口を開けてかぶりついた。
「うん、美味い。どうした?君は食べないのかい?」
二口目を頬張りながら、ドムス市長は私の膝の上にある紙袋を指差した。
「一人で食べるにはボリュームがありすぎるので…」
「なら、シルバーウルフに分けてやったらどうだい?肉なら食べるだろう?」
「イヴァンは私の作った物しか食べないんです。他の人が作ったものは美味しくないとか言って…。イヴァンには別に私の作った物を用意してあるので、これは別の人に食べてもらおうかと」
「別の人?」
「えぇ。いいですよね」
私は後ろを振り向いて言った。
「しょうがねえなぁ。こんなこと、打ち合わせにはなかっただろう?」
そう言いながらアレスさんが姿を現した。
でもヴォルは姿を消したままだ。
ヴォルの存在はまだ隠しておいた方がいいということだろう。
三口目にかじりついていたドムス市長はしばらくそのまま固まっていたけれど、かじりついた三口目を急いで飲み込むと口早に言った。
「ア、アレス!?どうしてここに?いや、急に現れたように見えたぞ!どういうことだ!?」
「先ずは食おうぜ。俺も腹ペコなんだ」
私の隣にどかりと腰を下ろしたアレスさんは、私の膝の上にある紙袋を取り上げるとステーキパンを取り出し食べ始めた。
アレスさんの食べっぷりを眺めていたドムス市長もやがて食事を再開した。
私はアイテムバッグからイヴァンたちのために作ったミートパイを取り出すと、イヴァンの前に置いた。
そしてドムス市長にバレないようにヴォルにも渡した。
もちろん、イヴァンの後ろでこっそり人型に戻ったシロにも。
私もお腹がすいたのでミートパイを食べようと取り出すと、あっという間にパンを食べ終わったアレスさんが手を出してきた。
「俺にもくれ」
ミートパイを手渡すと、サクッといい音を立ててアレスさんが食べる。
私も同じようにサクッと食べる。
ドムス市長も欲しそうな顔をするので、一つ手渡した。
あぁ、美味しい。
みんなでサクッと食べていると、幸せな気分になって何のためにここへ来たのかを忘れてしまいそうになる。
お腹を満たしすっかりまどろんでいると、申し訳なさそうにドムス市長に声をかけられた。
「そろそろ腹を割って話をしようか。いつもなら食後はのんびりすることを推奨するんだが、今日ばかりはそんなことも言ってられんようだ」
私とアレスさんは目を合わせ、頷くと、アレスさんが切り出した。
「市長と顔に模様のある男はどういった関係だ?」
ドムス市長は一瞬だけ驚いた顔をし、ふうと息を吐いた。
「そうか。あの男のことも知っているのか。さすがAランクの冒険者だな。あの男―バルバドはある日前市長ラルパの前に現れた。街の人間を人質に魔物を生け捕りにして渡せと要求してきた。それと魔力の多い人間、特に子供もだ。魔物の売買も人身売買も禁止されている。だからラルパは断った。違法行為に手は貸せないと。するとその三日後、辺境にある村が襲われた。アレス、お前も知っているだろう?ダラルー村のことは」
「ダラルー村?あぁ、魔物に襲われて全滅した村だな。俺たちも魔物退治の依頼を受けて村周辺の魔物は狩ったが…まさか?」
「実際はあの男が魔物に村を襲わせたんだ」
「ひどいわ…。だけどどうして魔物はその男の命令に従うの?」
「「は?」」
アレスさんとドムス市長の声が重なった。
「お前がそれを言うか?」
呆れたようなアレスさんの声に私は首を傾げた。
「お前も魔物を従魔にしているだろう?そのバルバドという男も同じなんだろう」
あっそうか。
すっかり忘れていたけど、ニコは元々魔物だったわ。
だってもう家族みたいなものなんだもの。
てへぺろって若ければやるんだけど、中身はもうおばさんだから恥ずかしいのでやらないけど。
「じゃあたくさんの魔物を従魔にしてるってこと?」
「そうだろうな。しかしそんなにたくさんの魔物を従魔にすることは可能なのか?」
『可能だ。自分より強いと思えば相手が人間であろうと従う。魔物が強ければ強いほど主となる人間にもそれ以上の強さが求められる。そして従魔にすればその従魔に魔力を分け与えねばならぬ。自分の魔力が足りねば他から持ってきてでもな』
「つまり魔力があればたくさんの魔物を従魔にできるってこと?」
『ああ。ちなみにサキの魔力量ならどんな魔物でも従魔にできるぞ』
「いえ、もう十分です」
「何が目的かわからんが、バルバドは従魔を増やしたい。たくさんの従魔に与える魔力の不足分を補うために魔力の多い子供を欲しがっているということか?」
『そうだろうな。大人より肉の柔らかい子供を魔物が好むのだろう』
「それって、子供を自分の従魔のえさにするってことなの?」
『ああ』
「なんてことなのっ。許せないわっ。子供をえさにするなんてっ」
「で、市長は貧しい村の子供をその男に売っていたのか?」
「そんなわけないだろうっ。あの男に子供を売ったことなど一度もないっ。私が気づいた子供たちは皆助けて別の街で保護してもらっている。ただ、私の知らないところで、人買いやあの男に売られた子供はいるかもしれんが」
よかった。
ドムス市長が悪い人じゃなくて。
私が心の中で安堵していると、この場に似合わないのんびりとしたシロの声がした。
「だが、この男が嘘をついていないとは限らぬ。全てを疑ってかかるというのが鉄則じゃ」
『サキは鈍いうえに甘い。この間食べた、歯がうずきそうになるくらい甘い水ようかんくらい甘いのだ。善人のふりをしているなど考えもせぬ』
今、私、ディスられたよね?
そうよね?
この間の水ようかんも、ちょっと砂糖の分量を間違えただけでしょ。
それに甘いって文句を言いつつ、嬉しそうに全部食べたわよね。
おかわりまでして。
イヴァンに文句を言おうと口を開きかけたとき、不思議そうにキョロキョロと周りを見回すドムス市長と目が合った。
「今、誰か別の人間の声が聞こえたような…」
しまった!
シロだ。
誤魔化さなくちゃと何か言おうとしたら、その前にアレスさんがドムス市長の言葉をガン無視して話し出した。
「セルジュは市長が黒幕だと言っていたが、それは誤解ということか?自分は市長に嵌められたとも言っていたな」
「ラルパは表向きは馬車の暴走による事故死とされているが、本当はあの男に殺されたんだ」
「何だと?それは本当か?」
「ああ。あの男がそう言っていたからな。自分がやったと。セルジュは父親に似て真っ直ぐな男だ。跡を継いで市長になっても同じようにあいつの要求を断るだろう。なら待っているのは父親と同じ”死”だ。私はセルジュが生まれたときから知っている。息子同然にかわいがってきたつもりだ。うちの一人娘を嫁にやってもいいと思えるくらいにな。私はあいつに、セルジュに死んでほしくないんだよ。だからやってもいない罪を捏造して王都に送った。この街から遠ざけたんだ」
「その間に市長が自ら片を付けようとしたのか?」
「まあ、そういうことだ。だが、セルジュは逃げたと報告を受けた。その後の足取りが全くつかめん。無事でいるのかそれとも…うん?そういえば、アレス、今セルジュに聞いたとかなんとか言わなかったか?」
「ああ。セルジュは生きてる。この街に潜んで市長を捕まえる機会をうかがっている。あいつはバルバドとかいう男のことは知らないみたいだからな」
「本当かっ。そうか、セルジュは無事なんだな」
ほっとした様子のドムス市長を見ると、嘘は言っていないように思う。
本当に心配していたんだわ。
やっぱりいい人なのよ、ドムス市長は。
「つまらぬ」
ボソッとつぶやくシロの残念そうな声に苦笑いするしかない。
ドラマの見過ぎよ。
『何故、悪役のままでおらぬのだ。これでは少しも面白くないではないか』
イヴァンまで。
「ところで、市長はバルバド相手にどう決着をつけるつもりなんだ?何か手はあるのか?」
「あの男は狡猾で残忍な男だ。そのうえ魔力も多く強い。それにひきかえ私は平均並みの魔力しか持っておらん。だが私の家にはちょっと変わった魔法が伝わっておってな。自らの命と引き換えに相手の記憶を奪うという魔法だ。目的がわからなくなればなんとかなるだろう?まあ、誰も使ったことがないから成功するかどうかはわからんがな。駄目なときは刺し違えても何とかするつもりだ」
「命を引き換えにって死ぬつもりなのか?」
「心配するな。妻と娘には今朝それとなく別れを伝えてきたし、最後の食事は幸運にもダグルの店の新作パンだ。しかも一人寂しく食べるのかと思っていたらこんな美人と一緒だったしな。まあ、むさくるしい男も一緒だったが。仕事の方も問題なく引き継げるようにしたところだ。だから何も心残りはないよ」
「ダメですっ」
気がつけば吹っ切れたように微笑むドムス市長に、私は大声を出していた。
「絶対ダメですっ。そんなことをしなくても策はあるんですから」
思わずソファから立ち上がり、ドムス市長を睨みつけるように見つめたけれど、感情のままに握りしめた両手のこぶしに気づくと、急に恥ずかしくなりそっと手を下げソファに座り直した。
そんな私に代わってアレスさんが今の状況をドムス市長に説明した。
作戦を聞いたドムス市長は驚きを隠せない様子で目を見開いて何度も私たちを見てつぶやいた。
「まさか、そんなことになっているとは…」
ふうとため息をつき、ソファに深く腰掛けたドムス市長はしんみりと、でもどこか嬉しそうに言った。
「私には何も見えていなかったんだなあ。ラルパの仇を討ち、ラルパに代わって街の人間を守るのは自分しかいないと思い込んでおった。この街にはこんなに頼りになる人間がたくさんいたのにな。私は市長失格だ。こんなにもこの街を大切に思っている仲間に気づかんとは…。やはり私は市長など向いてはおらん。市長を補佐するくらいがちょうどいい。まあ、先ずは全てのことに片を付けんとな」
さっきまでとは違うやる気に満ちたドムス市長と、これから起こるであろうこととドムス市長にしてほしいことを念入りに打ち合わせ、ある程度まとまったところで、朝からずっと西門の辺りで待機しているはずのエドさんに連絡を取る。
こちらの状況を説明してさらに細かい打ち合わせを済ませると敵陣に乗り込む手筈は整った。
いよいよだと思うと体に緊張が走る。
魔物相手もそれなりに緊張していたけれど、相手が人間だと思うとまた違う緊張感がある。
できれば相手の命までは奪いたくないけれど、相手の出方によってはそんなことも言ってられないだろう。
できるだけ穏便に済ませられたらいいのだけど。
小さくため息をつく。
『殺るか殺られるかの二択だ。あきらめろ』
「我らにとって最優先はサキを守ること。相手のことなどどうでも良い」
「魔物やろうが、人間やろうが、悪者は成敗されるっちゅうのがお約束や」
いつの間にか探偵から正義の味方にジョブチェンジしたらしいイヴァンたちだけど、彼らの言う通りだ。
私だって、街の人たちを守りたい。
それにあの男は、私たちに何か良くないことを手伝わせようとしているに違いない。
誰かを傷つけるような協力はしたくない。
「覚悟を決めるしかないわね」
自分に言い聞かせるかのように口に出してみる。
そして私たちはドムス市長とともに、約束の場所―ドムス市長の屋敷の裏庭へ乗り込んだのだった。