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のんびりまったり異世界生活  作者: 和奏
第三章 こうなったら異世界生活を楽しみます
155/160

26 ドムス市長2

 街はいつもと同じ日常が広がっていた。

 イヴァンと一緒に市場を歩いていると、「今日はオレンの実が安いよ」だとか「美味いコカトリスの肉が入った」だとか店の人たちが声をかけてくる。

 立ち止まっておしゃべりをしたり、ときには値切ったり、顔見知りに会えば噂話に花を咲かせたりして。

 今ではイヴァンを怖がる人の方が少ない。

 イヴァンも私も少しずつではあるけれど、カイセリの街に受け入れられてきたようで、とても嬉しい。

 にこにこ笑いながら歩いていると、突然呼び止められた。

 きたか!?と一瞬警戒するけれど、呼び止めた相手はこの先の金物店の若旦那だった。

 急に子供が熱を出したらしい。

 一緒について行き、無事治療を終えると、治療費は後で教会に払いに行くけどお礼代わりにこれをとたくさんの林檎を渡された。

 赤く色づきとても美味しそうな林檎だった。

 そんな風に何事もなく過ぎて行き、気がつけばお昼の時間になろうとしていた。

 広場のベンチに座り、どこでお昼を食べようかとイヴァンと相談していると、唐突にその人は私の前に現れた。

 ドムス市長だ。


「こんにちは」


 ドムス市長は人のいい笑顔で話しかけてきた。

 まさかこんな人目につく広場のど真ん中で接触してくるとは思っていなかったのでどうしようかとオロオロする私を、知らない人が話しかけてきたせいだと思ったのか、ドムス市長はさらに深い笑みを浮かべ挨拶してきた。


「初めまして。私はこの街の市長をしているドムスだ。君の噂はいろいろ聞いているよ。街のために治療師として力を貸してくれているんだってね。本当に助かるよ。君には一度会いたいと思っていたんだが、なかなか時間が取れなくて。まさかこんな場所で会えるなんて思わなかったよ。まあ、私が市所の執務室から出ることがないからだがね」


 あまりににこにこと話しかけられるので、私もつい同じように微笑みながら、


「初めまして。サキです。おかげさまで私も街の住人の一人として楽しく過ごさせていただいています」


「もうこの街には慣れたかい?この街の人間はいいやつばかりだろう?この街を守ることが私の役目だがいろいろ問題が起こって頭が痛いよ」


 あははと笑う市長に笑みを返しながら、小さな緊張が走る。


 いろいろな問題って私とイヴァン絡みのこの件よね。

 何も知らなければ人のいいおじ様って感じだけど、本当に良い人なのか、良い人のフリをしているだけなのか…。

 でも本当に良い人だったとしても、少なくとも私とイヴァンを犠牲にしようとしているんだから、私にとっては良い人ではないわ。


「ところで、ここで何を?日向ぼっこには少々暑いだろう?」


「えぇ。市場へ買い物に来ました。今日、ダグルさんのお店で新作のパンが発売されると聞いたので」


 ダグルさんとはこの街で一番美味しいと評判のパン屋の店主だ。

 肉や野菜をたっぷり使った新作パンが出るらしい。


「ほお。ダグルのパン屋か。あそこのパンは美味しいね。私もたまに昼飯用に買ってきてもらうんだが。サキはもう食べたのかい?」


「いえ、これからです」


 なんたってたった今、新作のパンが出ることを思い出したんだもの。


「それなら私も一緒に行ってもいいかい?ちょうど私も昼飯を買おうと思っていたところでな。まあ、若いお嬢さんは私みたいなおじさんと一緒に歩きたくないかもしれないがね」


 少し出始めたお腹をポンポンと叩きながら笑う市長に、とうとう来たわねと緊張しつつも頷き、立ち上がるとドムス市長と一緒に歩き始めた。

 ドムス市長が私に接触したことは念話でユラに伝えたので、今頃西門に集まっているエドさんたちにも緊張が走っていることだろう。


 一緒に歩いていると、街の人たちがドムス市長に親し気に話しかけてくる。

 街の人たちがドムス市長を慕っているのがよくわかる。


 これが本当の顔なのか、表の顔なのか。

 表の顔だとしたらすごい演技力だわ。

 主役は張れなくても名脇役にはなれそうな。

 あれ?

 ドムス市長、顔色が悪い?

 それに疲れているような…。

 そうか、これから人一人…と精霊を誘拐するんだもの、当然よね。


「あぁ、やっぱり並んでいるな」


 ドムス市長の視線の先には行列ができているダグルさんのパン屋があった。

 二人で最後尾に並ぶ。

 並んで待っている間、ドムス市長は私の知らない街のことをいろいろ教えてくれた。


 これじゃあ、ただの親切なおじさんだわ。

 市長という権力も振りかざさず、ちゃんと並んで待っているし。

 それとも親切なフリをして私を油断させようって魂胆かしら。


 顔には笑みを浮かべながら、頭の中では疑ってかかる。


「次の方どうぞ」


 私たちの番になり、ドムス市長は新作の、レタスのようなシャキシャキと歯ごたえのあるフリタスの他二~三種類の野菜にステーキサイズの大きなマッドブルの肉を一枚どんっと挟んだパンとサンドイッチを選ぶと会計を済ませた。

 私はというと、新作パンのボリュームがありすぎて買うかどうか迷っていた。


 絶対食べきれない。

 イヴァンたちもきっと食べてくれない。

 私の手作りじゃないから。

 どうしよう。

 あっ、食べてくれる人、いた。


 私は新作パンを一つだけ買って店の外へ出た。

 先に外へ出ていたドムス市長は、紙袋を手にする私に、


「なかなかのボリュームのパンだったねえ。でも美味しそうだ」


「ドムス市長、ありがとうございました。私の分まで支払っていただいて…」


 そうなのだ。

 会計をしようとしたら、お店の人に「もうドムス市長から代金はいただいています」と言われたのだ。


「かまわないよ。こんな美人に奢れるなんて私はラッキーだ。それじゃあ、私は執務室に戻って食べることにするよ。仕事も溜まっているからね」


 そう言ってドムス市長はくるりと背を向けて去って行く。

 去って…行く。

 去って…。


「ちょっと待ってくださいっ」


 思わず私はドムス市長を呼び止めた。

 歩みを止め、こちらを振り返ったドムス市長がどうした?とこちらを見る。


 どうして一人で行くんですか!

 脅迫されているのに大丈夫なんですか!

 誘拐される気満々の私はどうすればいいんですか!


 もうパニックである。


「ド、ドムス市長。あ、あの、私…とイヴァンに何か用があるのではないですか?」


 驚いた顔をするドムス市長にしどろもどろで話しかける。


「そ、その、何だか顔色が悪いというか、お疲れというか、治療が必要なんじゃないかなって少し思いまして…」


 明らかに挙動不審な私を見て、ドムス市長が眉をひそめる。


「…確かに仕事が溜まっていて疲れ気味ではあるが…」


 キョロキョロと視線が定まらない私を見るドムス市長の目に警戒の色が浮かぶ。


 そうでしょうとも。

 私自身、ただいま絶賛怪しい人になりきり中だって自覚してますから。

 でもね。

 ここで何事もなく立ち去られては今後の計画が狂うわけですよ。

 私、誘拐されます!計画が。

 そもそもドムス市長は私…とイヴァンを連れて行かなくても大丈夫なんですか?

 謎の男はどうするんですか?

 街の人たちに何かあってからでは遅いんですよ?


『お前に何かあっても困るだろう』


 ふと、イヴァンの声が聞こえた。


 え?

 今の、本当にイヴァンの声?

 イヴァンがそんな優しい言葉をかけてくれるなんて…。

 きっと空耳ね。

 イヴァンに限ってそんなこと言うはずないもの。


 そう結論づけたところで、ぐるるっという唸り声とともに、隣から殺気が飛んで来た。


 あっ、空耳じゃなかったのね。

 もう、冗談よーなんて笑いながら、誤魔化す(きっと誤魔化せてないと思うけど)。


 黙って私を見つめるドムス市長に意識を戻すと、


「私…というかイヴァンが必要なんじゃないですか?行きましょうか、ドムス市長」


 私は目を見張るドムス市長の腕を取るとさっさと歩き出した。

 少し歩いたところで立ち止まると、ドムス市長の方を見た。


「ところで、どこへ行けばいいんでしたっけ?」


 腹を抱えて笑い転げるドムス市長を、私は茫然と見ている。


 そんなに笑いますか!?


 やがて周囲の注目を集めていることに気づくと、笑うのを止め、まだ茫然とする私に言った。


「場所を移そうか。ここでは目立ちすぎる」


 あなたのせいですけどね。


 心の中でつぶやくも、それについては異論はないのでドムス市長の後について歩いて行く。

 アレスさんたちが一緒だという安心と少しの緊張感とともに。


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